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過保護な龍王と魔界の姫  作者: 猫まんま
仮面の男と、紅の姫
6/23

家族会議

 

 少し長い回想終了。

 リビングのテーブルを厳粛な雰囲気で囲む様子に、思わずここに来て初日の出来事を思い出してしまった。この、誰から話すかを譲り合っている感覚。

 少し早い朝食を食べ終わり、今は六時を回ったところ。

 夏休みの課題をどうするかなぁ、と現実逃避している龍弥以外の女子達は、皆気不味い雰囲気でめくばせをしている。

 初日と違って龍弥に非がある以上、あの時のように説明と注意だけで終わることはあり得ない。

 なお、結局初日にどうなったかと言うと、こんなやりとりがあった。


『サキュバス? それって、あの?』

『はい、そうです。種族解放した時、英梨さんは周囲の異性の思考能力を下げ、自身の性欲が増してしまうのです』

『で、でもあれ! これまで解放しても何もなかった。性欲も簡単に自制できるくらいのものだったんだもん! 今回だけおかしかった! 認識の改善を要求する!』

『解放されるのはサキュバスだけなのか?』

『……龍じゃなくてサキュバスだけ』

『なるほど……(どうやら、あのことはまだバレていないみたいだな)』


『あれ? そもそも何故種族解放をしようとしたんだ?』

『それが……使う気なんてなかった。ただ服の皺が気になって、着替えてたら……気づいたらあんなことを……』

『おい待て、何故そこで着替える』

『着替えている時点で、既にサキュバスとしての影響が出てしまっていたのでしょうね』

『……えーと…………つまり、なんらかの原因で催淫効果が出てしまい、そのせいで種族解放をして、さらにそこに拍車がかかったと』

『そういうことですね。しかし、その原因が不明ですよね……』

『一応予想はついているのでしょう? 英梨さん?』

『うぅ……一応、多分、龍弥のせい』

『『なるほど』』

『待つんだ。分からないのは俺だけ?』

『……そもそもサキュバスは、ある特定の一人に対してだけその効果を十全に発揮出来る。異性全てを誑かす性欲の魔物ではない』

『そのことはあまり知られていませんね。見境がないとその分敵も多くなって、子孫を残すのに不利だったと言われてるんですよ?』

『勿論、無関係の人にも魅了は効くから異性を誑かすというのも間違ってはいないわけ。だけど、多くのサキュバスは特定の人物と直接的な関わりがある時に、自分の力を発揮出来るのよ。だから……英梨さんをおかしくしたのは龍弥くんね。貴方のせいで英梨さんは大人に近づいたのよ』

『大人に近づいたって言っても、サキュバスとしてだろ? 誤解を招くようなことを言うな』

『龍弥、激しかった……。私、駄目って言ったのに……。龍弥の目、怖かった』

『特定の人物で俺に反応した…………あ、幼馴染だから反応したのか』

『……スルーされた…………』

『当たらずとも遠からずと言ったところね』

『はい、師匠だからだと思いますが……意味が少し違いそうですね……』

『ん? それは幼馴染ってことだろ? ……てか今なんて言った?』

『ふふ、言質はとりましたからね』

『え、言質?』

『くう、私がやろうと思ってたのに……。でも今更言っても……』

『な、なんか、私が忘れられてる気が……』


 あの時はそれなりに楽しかった。

 それに比べて、今のこの空気の重さや。

 情報交換どころか、場面の整理すらされていない。


「……そういえば、詳しく聞いていなかった。龍弥はこれまでどうしていた……? 昔に見たときより、明らかに強くなってる。龍弥の師匠とは、特に変なこともない……?」

 

 まずは世間話からか。

 妥当な判断と言える。

 

「まず、英梨と別れた二ヶ月後に里を追い出されて、色んな奴らに追われてた。勿論、追放された身だから龍族も頼れないどころか、命を狙われているまであったな」

「それは聞いたけど……龍弥の師匠との話が聞きたい」


 だが、英梨が聞きたかったのは、全く違う話らしい。

 正直、師匠……朧の話など聞いても何も面白くはないと思うが、別段龍弥に断る理由はない。


「師匠か……、そういえば、まだ話したことはなかったな。名前は夜叉堂朧。今は……会えないな」

「師匠と言うからには……お姉さんかしら?」

「義理の妹ということになっている」


 考えてみると、少し奇妙な気もするが。


「もうこの世にはいないんですね……」

「里を出て二年半だけだな。一緒にいれたのは。そのあとは基本的に一人だった」


(もうこの世に、と言うより今はこの世に、なんだけど……まあいいか)


 誤解もすぐに解けるだろうし、龍弥は特に正さなかった。


「里を出て一年? なら一年前……? むうぅ……悩ましい」


 眉間に皺を寄せて、何かを思案する英梨。

 朧とは夏の終わり頃を境に一度も会っていないから、英梨の認識で正しい。

 英梨は、自分が龍弥と再開したおよそ半年前まで、龍弥の隣に知らない女性がいたことが気になったのだが、勿論龍弥は分からず、首を傾げる。


「その時、龍弥君の師匠とは普段どんな生活を送っていたのかしら?」


 そこへ、茜がすかさずフォローに入った。


「えーと……色々大変だった。あ、でもやましいことは何もないからな⁉︎ 油断するとすぐに師匠ぶるから、本当に大変だったよ……」

「師匠ぶる? 彼女は師匠の師匠……り、龍弥……さん? の師匠ではないんですか?」

「わざわざ言い直す必要はないって。そうだな、師匠とは言ったけど、正直俺は朧って名前で呼んでる」


 最初の一月は呼び方で揉めたりもしたが、誰かに弟子入りする気のない龍弥は一歩も譲らず、結局彼女、夜叉堂朧が折れた。

 龍弥が彼女を師匠と呼んだのは、彼女に大嫌いと言われた日、二人が別れた日が最初で、それ以降龍弥が朧のことを話題に出したことはない。


「このことは、あまり詮索しないでくれると助かる……」

「…………何もないから……許す」

「お、おう。……その後、狼牙って奴と一緒に俺を狙う奴らの本拠地に乗り込んだ。まあ、既に潰されていたんだけど。それで、一応の安全が確保出来たから、こうしているんだ。だから荷物もほとんどなかったんだよ」

「…………壮絶ですね……」

「本当に一体何があった……? そもそも里を追い出されたって、私のせい……」


 命を狙われていたとは言え、それは朧のの秘密を知ろうとした奴らであって、まだ弱い頃は龍弥自身を狙われることはなかった。

 実はそこまで壮絶でもないのだが、二人はそうは思わなかったらしい。

 心配そうな目で、龍弥を見ていた。


「それは違うぞ英梨。おかげで朧と会えたし、謹慎処分に比べれば倍マシだ」

「追放の方が普通は重い罪なのよ……? 普通の人は……」


 呆れたような顔で茜が言うが、勿論結果論である。

 昔、龍の里で何があったのかは機会があれば話すことにしよう。

 そもそも、龍弥は里の奴らを恨んでいない。

 むしろ、好きだ。

 本当に危なかった時に助けてもらえなかった時は、流石にその対応に疑問を持ったりしたこともあったが、今ではそれも仕方がないと考えていた。


「だからあれだ。師匠、朧とは本当に何もないから。ただ、鍛錬に付き合ってもらっていただけだ」

「…………鍛錬?」

「ああ、お互い目隠しをした状態で、気配を頼りに模擬戦をしたりとか、技術を磨く鍛錬だな」


 ちなみに一番辛かったものは、投擲されるナイスを躱し続ける訓練だ。当たったら終わりのその訓練は、日を重ねるごとに時間が伸びていき……最後には丸一日やっていた。

 体力的にも、精神的にも疲れ果て、終わる頃には龍弥も朧も満身創痍だった。


「はぁーーー」


 愛衣が感心したように口を開ける。

 まるで、その鍛錬は思いつかなかったとでも思っていそうだ。

 ……私もやってみたいです! とか言いださないか心配だ。

 愛衣が何かを言い出す前に、さっさと話を終わらせるに限る。

 そう考えた龍弥は、茜に目配せをする。


「……あら…………。分かったわ」


 この黒髪の獣人さんはそのアイコンタクトで気付いたらしく、愛衣達が何かを提案する前に、自分から話を始めた。


「龍弥くんに、罰が必要だと思わない?」

「ブホッ! …………え?」


 お茶を口にした瞬間、見計らったからのように茜が突然変なことを言い出した。

 まさか、そんなことを言い出すとは思いもしなかった龍弥は、お茶を吹き出しそうになるのを堪えて何とか疑問っぽい何かを投げかけることが出来た。

 涙目なのは、勢いあまってお茶が気管の方に行ってしまったからだ。


「……罰?」

「ええ、そうよ」


 眉間に皺を寄せて繰り返す英梨に、茜が満面の笑みで肯定する。

 ……あ、これは何か企んでいるな、と龍弥は半ば本能で理解するが、生憎と気管に入ったお茶のせいで喋れるような状況じゃない。

 だが、英梨は「んん…………」と考え込んでおり、その表情はどうやら否定的な考えらしかった。


「罰と言いますが、具体的にはどのような?」

「そうねぇ…………」

 愛衣はどちらでもないようで、罰によって決めるといった感じだ。

 そうなると、英梨の意見によって、龍弥が罰を受けるか左右されることになる。

 それを、茜も理解しているのだろう。

 即ち、この戦い、英梨を制した者が制すと。

 なお、誤解なきように言っておくが、茜も怒られている側である。

 つまり、どちらかと言えば罰を受ける側であるので、龍弥とは立場的には味方の筈だ。

 この二人が対立していることに誰も疑問に持っていないが、これは実はおかしかったりする。


「……そうねぇ…………英梨さん、一つ良いかしら」

「……ん、罰には反対。何を言われても私は龍弥の味方に決めた」


 英梨が龍弥側に付くことを明らかにしたが、茜はその余裕を崩さない。

 英梨もまた、どんと来いとでも言うように、胸を張って待ち構える。

 が、茜が英梨へとゆっくり近づき、英梨に何かを耳打ちすると……。


「ーーーー」

「…………! ば、罰は必要っ!」

「⁉︎」


 茜に何かを耳打ちされたかと思うと、突然、英梨が罰を与えることに賛成し始めた。

 変わり身の早さに驚愕する龍弥を尻目に、三人の中では既に罰を与えることは確定したようで、


「そうね……。私達のお願いを一つずつ叶えるのはどうかしら?」


 どこから自信が湧いてくるのか、名案とばかりに茜が言う。

 名案じゃなくて迷案、何のための罰なのか分からない、と龍弥が思うのは、茜のお願いが容易に想像できるからだ。

 一緒に散歩とか、召使いのように身の回りのお世話をさせて、とかならまだマシ。

 一緒に散歩(リード付き)とか、身の回りのお世話(お仕置き付き)とかだと、社会的に死ねる。

 そもそも、何故茜が命令する立場にいるのか。

 茜も共犯者的立場の筈なのに。

 龍弥は今更になってそのことに気づいたが、時既に遅し。既にこの場は、三人が龍弥に罰を与えるという空気になっている。


「いや、でも、そうなると全員似たようなお願いになる気がしますね……」

「そ、そうだな、良くないと思うんだ」

「おやおや? 師匠は何を考えたのですか? まさか、私達が師匠の中で汚されて……!」

「り、龍弥⁉︎ わ、私達を……!」

「どっからどう見ても誤解だろ!」


 一気に騒がしくなるリビングだが、それによって、どこかピリピリしていた空気がなくなった。


「……」


 まさか、このことを見越して茜先輩は言ったのだろうか。

 だとすれば、本当にすごい人だが……。


  「そう…………お散歩……」


 どうやら過大評価だったようだ。

 心の底から残念そうな表情で落ち込まないで欲しい。

 一体これからどんな顔をして会えばいいんだ

 朝、顔を合わせるたび、頭の中にお散歩を希望する茜が思い浮かぶ生活。

 ……今とそこまで変わらないかも知れない。


「と、とにかく! 龍弥が欲情して、茜に襲いかからなければ良い!」

「大いなる誤解なんだけどな……うん、もうそれで良いや」


 痴漢の犯人に仕立て上げられる被害者はこんな気持ちなんだろうか。

 ちなみに、痴漢の有罪確定率は約九十九パーセントくらいらしい。

 取り敢えず全てを諦めた龍弥は、気分を紛らわそうとテレビを点け……。


「なあ?」

「どうしたのかしら、龍弥君」

 

 澄まし顔でお茶を啜るこの人を、心の底から殴りたいと思ったのは今日が初めてだ。

 ごめん嘘だ。毎日のようにある。


「龍弥? 一体何が…………!」

「あ、あれ? 携帯は……あ」


 同じく異変に気付いた英梨と愛衣が、錆びついたブリキ人形のような動きで茜先輩に目を向ける。


「い、一体どうしたの? そんな私を見つめられても困るのだけれど……私、男の子が好きで性癖は至ってノーマルよ?」


 そんな嘘はこの際どうでもいい。

 いや、百合だと言いたいわけではなく。

 大切なのは、今ここでゆっくりしていることだ。


「茜先輩」

「ど、どうしたのかしら?」

 

 ああ、この顔は本当に気づいていない。

 期末テスト学年二位の実力を持つのに何てアホな子なんだ。留年したとはいえ、それは獣人特有の事情があったらしく、一度も高校一年を経験せずの留年。

 頭はかなり良い筈だが、やはり世の中は勉強ではないらしい。


「なんで後十五分なんだよ⁉︎」


 夏休み、確かに今は夏休み。しかも土曜日。

 それでも、夏休みには補習というものがある。

 ある事情により必要な授業数を確保できなかった龍弥のクラスは、夏休み最初の一週間程度(土曜日含む)を使って補習が行われている。龍弥は既に補習を数日サボっているのだが(単純な欠席扱い)、流石に一週間休むのは色々と危険だ。

 家から学校まで、歩けば三十分。

 残り十五分で、着替えと登校。確実に遅刻する。


「し、しかも今週は遅刻強化期間……。月曜日の終業式が終わっても、今日は土曜日で週が変わってない……。この熱い中走ったら溶けちゃう…………」

「ああ、私がしっかりしていないがばかりに……すみません、皆さん……」

「茜……本当にお仕置きしたくなったよ」


 絶望感に打ちひしがれる、三人をよそに、既に着替えた茜先輩は満面の笑みで。


「図らずともお散歩になったわね」

 

 アンタは少し黙っててください。

 それが、三人の総意だった。



一人称で書きたい時もあれば、三人称で書きたい時もあって……もう一つの作品が一人称のせいで、時々混ざってますね…………

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