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過保護な龍王と魔界の姫  作者: 猫まんま
仮面の男と、紅の姫
7/23

セーフだけどアウト

 

 なんだ、あれは!

 鳥だ、飛行機だ、いや――だ!


 と、空を飛んでいたら言われそうな速度で、龍弥は道を走っていた。

 背中に茜を背負い、前には英梨を所謂お姫様抱っこという方法で抱えながら。


 人混みと出会えば、建物の壁を走ると言っても過言ではない挙動を見せ、誰もいなくなれば少しの加速時間で、音速に迫る速度を出す。

 無理矢理壁を走るほど混んでいなく、かと言って本気で走る訳にもいかない程度の人混みでも、その速度は車道をアクセルを全開で走る車とほとんど変わらない。いや、人二人を抱えているにも関わらず車よりも速い。

 これが、超速度型と言っても過言ではない龍弥の力である。無論、急停止急カーブは出来ないから戦闘で出すことの出来ない速度だが。

 ただ走るだけなら、戦闘時と違ってぶつからないことだけを考えれば良いのだ。簡単に言えば、陸上の選手だってボールを持って走るよりも普通に走った方が速いということだ。人間、何をするにも単純な方が上手くいくことが多い。

 ただ、驚くべきは、これでも龍弥の全力ではないことだ。

 種族解放はとある理由で必要最低限に済ませ、龍弥は夏休みの街を疾走する。

 ちなみに、最初の準備運動を兼ねた走り―それでもそこら辺の陸上短距離選手よりは速いが―をしていた時は楽しそうにしていた二人は、音速に至る前に半ば魂が抜けていたりする。


 ちなみに、愛衣は中学三年生で学校は今日から夏休みのため、今は家でゆっくりしている。世界トップレベルのスリルを味わえる龍弥から逃げたとも言う。

 もしかしたら、高校に勝手に来るかも知れないが……その時はその時だ。

 ……不思議なのは、中学生の愛衣をすんなり受け入れる、龍弥達の所属するGクラスの面々だが、まあ、彼らは基本変人なので考えるだけ無駄だ。


 とはいえ、愛衣が何もしていない訳ではない。

 こんなあり得ない挙動をする不審者を誰も通報しないのは、愛衣の魔術あってのことだ。魔法と違い道具や儀式を必要とする魔術は、術者の状態にあまり左右されず、こうして普通の人なら気絶しそうな速度の中でも安全に使うことが可能だ。

 ちなみに、二人は気絶していない。それが幸か不幸かは、彼女達のみぞ知るところだ。

 今、龍弥の額に貼っている呪符は、愛衣が作ってくれた特別なもので、時間制限のある使い切りだが、他の人が魔力を込めることで、龍弥にも使うことが出来るようになる。

 昔起こしたある事件で魔力回路を失い、魔法や魔術の使えない龍弥のために、愛衣が二ヶ月ほどかけて開発したものだ。

 今、呪符に込められている魔術は、認識阻害。魔力回路や適性の持たない人間には、術の対象者の姿を見えなくさせる魔術だ。


「龍弥くん……止まって…………」


 龍弥の背の上で苦しそうに茜が呻くが、龍弥には聞こえない。何故なら既に龍弥は音速の域に至っているからで、後ろから喋られても音が届かないのだ。


 前にいる英梨の声は聞こえるが、英梨は茜程辛くはない。背中にいる茜に比べて、腕の中の英梨の方が、龍弥が振動の配慮をしやすいというのもあるが、それ以上に龍弥の腕の中に抱えられているという幸せが、英梨の恐怖心を完全に上書きしてしまっていた。


 茜は、そんな乙女のように―事実乙女なのだが―目を輝かせて幸せといった英梨に気付いているが、何も言えない。たとえ言っとしても、物理的に伝わらないと分かっているからだ。

 だが、音速に至っている速度で壁蹴りして、壁を垂直に登るかのようにさらなる高みへ身を踊らせても、英梨が龍弥からさらに強く抱き締められることに喜んでいるのを見ては、聞こえないた分かっていても流石に一言言いたくなるというものだ。


「私だって……私だって……龍弥くんに抱き締められたいのに……」


 普段の、ふざけた態度で願う想い(性癖)とは全く逆方向の願い。


 ただ、茜にとって不幸だったのは、二人のことを夢中で見ていたせいか、周りを全く見ていなかったことだ。何故、龍弥が自殺志願者のように空を高く舞ったのか、そのことに茜の考えは及ばなかった。

 そして、もう一つ。周りの音は、風を切る音しか聞こえなかった茜は、イヤホンを外した後のように、大声でそれを言ってしまった。

 別にそれ自体は何も問題はない。


 ……どちらにせよ、二人には聞こえないもの。


 だが。


「「「「「…………」」」」」


 だが、目を瞑った茜の耳に届く沈黙は、明らかに二人分ではなかった。

 そして、もう一つ。あれほど聞こえていた風を切る音が全くしない。


 ……まさか。


 最悪の考えが茜の頭をよぎる。

 それを確認するために、茜は恐る恐る目を開け……。


「…………ヒッ……」


 龍弥を除く、茜達の所属するGクラスのメンバー全員が、自分を見ていた。

 ポカンとする者、ニヤニヤとする者、龍弥に嫉妬の目を向ける者、よくぞ言ったとばかりにサムズアップする者、目もくれずにカキ氷を食べる者……いや、全員ではなかったようだ。

 しかし、そのカキ氷を食べる男子も、食べ終わると同時、茜の方を見てサムズアップしてくる。してやったりのドヤ顔が、今の茜には少しうざったい。


 自分は、旧校舎の二階に事実上の()()をされているGクラスの教室で、皆に見守られながら

 龍弥に背負われていた。

 あの時、壁を蹴って宙を飛んだのは、新校舎の壁を蹴って恐らく窓から旧校舎に入ったのだろう。龍弥のことだ。寸分違わず、Gクラスにダイレクトインしたに違いない。


 茜にとって幸いなのは、龍弥の顔を見ないで済んだことか。


「…………」


 龍弥は英梨を床に降ろしたが、茜を降ろそうとはしなかった。


 ……なんで。


 茜の脳裏に浮かぶのは、飼い主になってくれた頼んだ時の龍弥の顔。あの時、龍弥は驚いていたものの特に茜を拒むことはなかった。茜が勇気を振り絞って言ったことを、しっかりと理解してくれていたからだ。


 ……だけど。


 今回は、前回とは全く違う。

 龍弥に何を言われてもおかしくない。

 受け入れてくれるか、手を振り払われるか、その二つだった前回とは違うのだ。拒絶、振り払うことで互いの手が触れてしまうことさえ、龍弥が嫌がれば。


 ……きっと、自分は……。


 東堂茜は、その残酷な未来に絶望した。

 見たくない。聞きたくない。


「……茜」


 龍弥の声音からは、何も予想がつかない。

 あくまで自然。それは、安心するのに十分だろう。普通なら。


 だが、茜は知っている。その自然体で、龍弥が静かな怒りを見せることがあると言うことを。

 かつて無謀にも、『このビッチが……! そうだ、彼氏、少しくらい分けてもらっても構わないよなぁ? 断ったらどうなるか、分かってんだろ、あ?』と言った奴がいた。

 龍弥が、しつこいナンパ男に言葉攻めにされている英梨を助けた時のことだ。二人は知らないが、その時茜は愛衣に頼まれた食材の買い出しの途中だった。

 後に龍弥に聞いた話では、どうやら男は、この街で新しく出来た小さな暴力団の幹部の一人だったらしい。

 街一番の不良グループと自称していた彼らが、やがて力を付け準ヤクザとも言うべき集団へとなったのだ。普通ならあり得ないことだし、調子に乗るのも分かる。最初の標的に、あまりにも美しすぎる英梨を狙ったのも仕方がないかも知れない。あの美貌の前には、幼い体型など小さなことだからだ。


 だが、相手が途轍もなく悪かった。


 次の日、当たり前のように何人かが出頭したらしい。本格的に法を犯す前に、龍弥に出会ったことが幸運だったのか、それとも会ったこと自体が不幸だったのか。それは、彼らにしか分からないことだ。


 そして、今の龍弥は、その時と変わらない自然体。


 茜が絶望の表情をしたのも、当たり前だろう。


「嬉しいけど……流石にこれは恥ずかしいって……」


 だが、事態は茜にとって最高とも言える方向へと進んだ。

 龍弥が、頰を掻きながらそう言う。

 英梨は、相変わらず母親のような優しい笑みのままだ。威圧感など一切ない。恐らく、みんな龍弥と付き合っちゃえば良いんだよ、とか思っていそうだった。そして、恐らく龍弥も、英梨を守るためなら茜や愛衣と同時に付き合うことも厭わないだろう。

 そのことで茜は、幾度となく英梨に危機感を持てと言い、龍弥には英梨のことを考えろと言っているのだが……龍弥を見るに、龍弥が英梨を見捨てることはそれこそ想像も出来ないし、英梨が龍弥に愛想をつかすことだって天地がひっくり返ってもなさそうだった。

 それなのにお互い、相手に嫌われたらどうしようとか考えているし、それでも相手が大切だから世話を焼くのが止められない。(はた)から見ていて、お前らもう結婚しろよと言いたくなる。


 本当は、英梨だけでなく、既に茜や愛衣も龍弥にとっては大切な存在になっているのだが……二人が知るのは、まだ先の話だ。


「……キュゥ…………」

「茜!?」


 そして……。


「お、おい茜!? 大丈夫なのか、おい!」


 龍弥が何を言っていたのかは、緊張していたせいかよく聞こえなかった。不幸なことに、龍弥が茜の好意を嬉しく思っていることに、茜は気付くタイミングを逸したのだ。


 ……でも。


 少なくとも、拒絶はされなかった。

 その安堵だけで、茜はそっと目を閉じた。


「茜!? 保健室に運ばなきゃ……って、もう授業が始まるし……ああっ、くそっ、後は頼んだぞ英治!」

「はいはい、了解したよ龍弥」


「ねえ、今の見た? 東堂さんの告白。私、ああいう無意識のうちに告白するの、本当に好きなんだよね。うーん、純粋な恋心一歩手前の感情。美味しかったなぁぁ……」

「ああいう甘い感情は、私の好みとする所じゃないけど、確かに、あの味は良かったわね。甘さの中に、苦さもあったのが、私的に高ポイントよ。その前の、絶望の感情も美味しかったわね」

「そ、それはちょっと同意しにくいかな……」


「いやぁ……東堂さんにもついに春が来たんだなぁ。うん、でも夜叉堂なら任せられる。何せ『無慈悲の執行人』だからな」

「お前……それ本人達に聞かれたらとか考えないのかよ。……まあ、確かに同感だけども。てか、あの時の絶望感……! くるね!」

「もしもし、警察ですか?」


「……俺も突然鼻血が……! 保健室に行かなくては……!」

「端暮、血を止めるために鼻を折ってあげようか?」

「英治……貴様……!」


 教室が騒ぎになっているとは、心にも思わずに。



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