コンサート
現在、藤間さんが運転する車に乗せてもらっています。もちろん私のお隣には清楚なワンピースを着た愛梨ちゃん。今日も変わらず可愛いです。けれど、私は申し訳ない気持ちで一杯だった。
「本当にごめん」
「いいえ、花音ちゃんからのお誘い嬉しかったです」
何度目かのやりとりになるだろうか…。謝り倒してしまうのは、前の座席からくる不穏な空気の所為だったりします。何も言わないし、運転だって荒くないのにどうしてか分かってしまう…藤間さんからの不機嫌オーラがめちゃくちゃ怖いんですが!?
「昨日は用事があったって言ってたけど、本当は何かキャンセルしたりしたんじゃないの?」
「あるのは夕方なので、大丈夫です」
ひぃいい、もしやその時の為に準備や何かの作業でお昼とか忙しかったんじゃないの?藤間さんが不機嫌なのはスケジュールを狂わされたから?そう思うと見えないはずの彼の気持ちが、見えてきそうになる。
ああん?お前のせいで段取りが全てめちゃくちゃだ!…とか思ってますよね?いや、絶対思ってる、確実に思ってますよね!
昨日電話をもらった時に、ついお昼クラシックでも行かない?なんてノリで聞いてしまって悪かったなぁ。でも他に一緒に行ってくれる人なんて、思いつかなかった。拝み倒せば、お隣の要が行ってくれたかもしれないけど、心底嫌な顔をされる自信がある。それにもし隣で眠られたら、私逃げ出しちゃうよ。なぜなら席はS席というし、めっちゃ前に近い場所っぽいので演奏者に見咎められたら、絶対泣く。
「でもよく手に入れましたね。お祖母様に聞いたら、人気のある指揮者だと言われてました。何でも突然の公演にファンは驚いたのだとか」
「突然ってもしかして昨日今日?」
「普通なら半年以上前に決まっているはずなんですが、三ヶ月前に決まったらしく、チケットも宣伝されていなかった所為でかなりサプライズだったのだとか」
「それはすごい」
「なので、手に入れる為に頑張られる方が多かったようです」
「なんだか悪いよね。でも郵便受けに入ってたんだ。私宛だったから使っちゃおって持ってきたんだけど…」
嘘は言ってないぞ?差出人は書いてなかったし、メッセージも何も無いのだからいいよね。下手に明智くんからだって言ったら、また面倒な事にだってなっちゃうだろうから、黙ってよ。
「そうですか。何か抽選にでも当たったんですかね」
「うん、そうかも」
「でも私を選んでくれて、嬉しかったです」
「そんな、つき合ってくれて私の方が嬉しいよ」
「花音ちゃんには友達がたくさんいますから、その中で私を呼んでくれたんですから」
愛梨ちゃん…そうだよね、友達を作るの一年の頃は難しかったもんね。今は山崎さんたちがいるから、これからもっと増えるといいね。
「でも明智くんと仲直りするチャンスだったんじゃないですか?」
「え、そんな」
「誤解が生じたんだと思っています。もう一度よく話し合われたほうが」
「ううん。私は明智くんより愛梨ちゃんと行きたかった」
「えっ」
「今日の演奏はなんだろうね」
「色んな協奏曲のようです」
「本当?」
「チケットに書いてあります」
「え、あ、ほんとだ。良く見てなかったみたい、恥かしいなぁ」
何かメッセージか説明か無いか探してたので、印刷文字は日付以外見てなかった。
「外国からゲストもいらっしゃるようですし、楽しみですね」
「そうだね」
そういえばお金持ちのお嬢様に良く見られる楽器演奏は、愛梨ちゃんもしているのかな?
「愛梨ちゃんはピアノとか弾けるの?」
ビクッと彼女の体が震えた。
「え、どうしてですか?」
「なんとなく。ピアノとかフルートとか似合いそうだなって…」
もしかして、地雷だったのかな。
「が、んばっては…います」
「そ、そっか。無理はしないでね」
「はい」
なんとなく気まずい空気が。強制的にピアノを習わされているのだろうか?もしや先生は藤間さんだったり?
ちらりと運転席を見るけど、ダンマリで静かに車の運転をしている。これは、下手に何も言わないでおいた方がいいか。
「そういえば、私ってクラシックのコンサートなんて初めてなんだ」
「そうですか」
「聞いたことがあるのは、CDか…」
海で聞いた天ヶ瀬司のバイオリンくらい。今頃海外で頑張っているのかな…テレビに出るくらいだから、きっと元気に練習三昧だろう。主人公(仮)の私と違って華やかな世界の彼は、これからもそういう世界で頑張って行ってほしい。頼むから高校で暗い顔した王子様として登場せずに。
「花音ちゃん?」
「あ、ごめん、ちょっと思い出してた」
「何をですか?」
「お気に入りの曲」
「まぁ、どんな曲ですか?」
「えーっとね、ブラームスが一番好きで」
「私も好きです」
話が変わったので、愛梨ちゃんに笑顔が戻ってきた。よし、いい感じ。私が記憶している限りのクラシックの話をしていると、車は地下駐車場へと入っていった。どうやらコンサート会場専用の駐車場のようだ。エレベーター前に車を寄せると、藤間さんが降りて愛梨ちゃんのドアを開ける。
「花音ちゃんも藤間が開けるので、待っていてくださいね」
「…はーい」
行動を先読みされてしまった。不機嫌な藤間さんに出来るだけ近寄りたくなかったのだが、諦めよう。
「ありがとうございます」
開けてくれた藤間さんへ頭を下げてお礼を言ってみる。少し顔を覗き見れば、奇妙な顔をされてしまった。…もしや服が合っていないと思われているのかもしれない。加納さんの妹さんのお下がりだが、可愛らしいワンピースなので、自分でも少し躊躇しているのだ。
でもお母さんがコレぐらいが普通だって言ってたし…もしかして、コートがあってない?それとも靴?
「それでは時間になりましたら、ホールに迎えに上がります」
私が悩んでいる間に藤間さんは車に乗って行ってしまいました。
「愛梨ちゃん、私の格好って間違っていない?」
「え、可愛いと思いますが」
「その場の空気に溶け込めそう?違和感ない?」
不安になって縋ってしまう。
「むしろ可愛くて目立ちそうです」
にっこり微笑まれるけど、むしろ目立つのはあなたの方ですよ。黒く長い髪に長い睫毛の憂いた瞳に、誰もが可愛いと思っています!ただ、顔の表情を上手く動かせずにいるから、みんな間を置いているだけなんだって何度も言っているけど、彼女はなかなか信じてくれない。
大勢人が居る場所だと眉がビクビクとなり、まぶたが震え、頬が引くつき、赤くなる。頼元愛梨は遠くを見て黙っていると可愛い。
それがみんなの愛梨ちゃんへの評価だ。なんて失礼な。彼女の笑った顔は最高に可愛いのに、みんながそれをさせないように邪魔してるんだ。
「では受付をしにいきましょう」
「あ、うん」
一先ず怒りを治め、彼女のあとをついて行く。エレベーターに乗り、一階を目指す。
「愛梨ちゃんはここのホールに来た事があるの?」
「お祖母様に連れられて何度か」
「じゃあ頼っちゃおうかな、いい?」
「ええ、任せてください」
2人で一緒にコートを脱いで手に持つと、エントランスの側面でエレベーターの扉が開いた。
「チケットを持ってください」
「らじゃ」
私はカバンからチケットを取ると、愛梨ちゃんに一枚渡そうとする。
「大丈夫です、花音ちゃんが渡してください。私は後ろに居ますから」
「あ、うん」
緊張した面持ちでエントランスから入ると前にいる男性が手を私に向けた。
「あ」
チケットを渡したら、確認されて半券を切り取り返される。これって俗に言うモギリかしら?なんて。コンサートのチラシを渡されながら先に進み、後ろにいるはずの愛梨ちゃんへ振り返る。
「これで良かった?」
「はい」
なんだかドキドキしてしまった。うう、なんで昔の私はこんな体験しなかったんだろう…。
「次はクロークに上着を預けましょう」
「そうなの?」
「コート類は持ち込まないんです」
「分かった」
愛梨ちゃんの後ろについていき、一緒にコートを預ける。代わりに番号札を受け取ったけど、なんだかなくしそうで怖い。もうバッグに入れておこう。
「では席に行きましょう」
「そうだね」
「少し早いので化粧室にも行けますよ?」
「それは大丈夫かな」
ホールに近づくと、女性が近寄ってきたので、なんだろうと首を傾げていると、チケットの提示を求められた。
「座席へご案内します」
笑顔で案内される。うわぁ、こんな人もいるんだと思うと、場違いではなかろうかと緊張してしまう。慣れている愛梨ちゃんがカッコ良く見えた。
「こちら中央の辺りとなっております、座席番号を確認のうえお座りください」
大人な女性に案内されて、スッと移動する愛梨ちゃんについて行き、番号を確認してから座るとやっと落ち着けた。
「まぁ、かなり近いのですね」
彼女に言われて、驚く。
「近すぎない?」
「でも目の前ではないのですから、いいのでは?」
「だってこういうのって少し離れていた方がちょうどいいんでしょ?」
「そうでもないです。楽器の生演奏は近くで聞いてもいいものですから」
「へぇー、そうなんだ」
ふんふんと頷いていると、背中に不穏な空気を感じた。これは、視線か?めちゃくちゃ睨まれているような感じがする。一体なんだろう…気のせいだよね。
そっと胸のペンダントに手をやるも、なんの反応も出ない。
やはり気のせいか、と後ろへ振り向いてみる。
「げ」
即、前を見て座りなおす。
「げ?」
愛梨ちゃんが首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「う、うん。別に」
気のせいかな、気のせいじゃないような…悩んで悩んで頭を抱え込んでしまう。
「どうしたんですか?花音ちゃん」
「うん、なんか知っているような人が見えて」
「どなたかお知り合いでもいらっしゃいました?」
「どうだろう、どうなんだろう」
「挨拶に伺いますか?」
ブンブンと首を振る。
「いや、そんなのいいよ、気のせいだと思うから」
「そうですか?」
入り口で貰ったチラシに目を落とす彼女を見てから、再度振り返ってみた。そして、更に衝撃を受ける。急いで目が合わないうちに姿勢を正した。
「あら、来年のスケジュールにブラームスが入ってます、花音ちゃん一緒に行きませんか?」
「うん、いいねー。でも値段で決めてもいいかな。高いんでしょ」
「B席なら4,000円のようです」
ムムム、中学生には痛い出費です。
「高校になったらアルバイトするから、それまで一緒は待ってね」
「はい、分かりました」
少し残念そうな顔をする彼女に謝罪しながら、混乱している頭を整理しようと頑張る。後ろの二階席にいる存在をどうしよう。しかもその隣にいる人もどうしよう。私は見てはいけないものを見てしまったのか、見ても構わないものだったのか分からない。分からないので愛梨ちゃんを巻き込めない。
私1人の判断は難しいです、参謀の力がほしい!携帯電話があれば、聞けるんだろうなぁ。
「忘れてました」
愛梨ちゃんがカバンから携帯を取り出すと、電源を落とした。
「あ、そっか演奏の邪魔したらいけないもんね」
「こういったホールは普段から電波を遮断していますが、稀に拾う事があるそうです。なので念のために電源は切るようにしています」
「そうなんだ…」
人が入り始め、公演時間が近づいてきたのか、座席が埋まっていく。もう振り返るのは後ろの人に迷惑だろう。ああ、なんだか複雑だ。ついため息をつく。
「何かありましたか?変ですよ、花音ちゃん」
「愛梨ちゃん」
私を心配してくれる友達に、つい愚痴を言ってしまう。
「約束した人がさ、私じゃなく違う人を誘ったりするのって少し寂しくない」
「寂しいです…もしかして、私より前に誘った方がいるのですか?」
「いないいない、だってこのチケット手に入れたの昨日だよ?誘いようがないよ」
「そうですか?」
「うん、本当」
「では他の違う約束ですか?」
「似たようなものかな」
「まぁ!それならば失礼な方ですね」
「ははは、事情があったのかも」
そう、事情があったのか、二階席にいるのは、明智くんだった。めっちゃこっちを睨んでいたと思う。眼鏡と髪の毛で表情が分からないけど、こちらを見ていたと…いや、気のせいだよね、こちらはステージ側なんだから、気のせいだ。
「でも、気になるのは…」
明智くんの隣にいたのは、巻淵さん。すごくおしゃれしてて綺麗だった。昨日話していたデートというのは、明智くんが相手だったんだ。もしかして私に遠慮して言えなかったのかな。なんだろう、少し寂しい気持ち。これは…。
「始まりましたね」
ステージの端から楽団員が入ってきた。そして各々席に座り、チューニングを始めた。
「…うん」
この寂しい気持ちはなんだろう、明智くんには友情しかない、巻淵さんとも友情しかない。なら、きっと話してくれなかった寂しさだろうか。
俯いてぼんやりしていると、周りの拍手に驚き、合わせるように私も倣う。
いけないいけない、今は音楽を楽しみに来ているのだから、周りに合わせなくては。でも、このコンサートに明智くんが来ているのなら、私の元へ来たこのチケットは誰から…。
-カツンカツン。
拍手が鳴り止み、ステージの上を歩く音に顔を上げた。
「!」
そして、目が合った。私をしっかり見てにやりと笑った相手は、バイオリンを持った天ヶ瀬司だった。




