別離
久しぶりに入った要の部屋は、機械で埋め尽くされていました。
お向かいから少し覗き見れたけど、予想よりも配線や器具が多く、戸惑いを隠せません。
「あのさ…部屋で勉強できるの?というよりしてるの?」
机の上には数枚の基盤や半田ごてやこまごました物で溢れてます。
「別に。どこでも出来るよ」
そうですか…。部屋の端にはダンボールが並べられ、なにやら機械らしいものが入っている。転んだりしたら危なくないか?
「まさかこんな部屋になるなんて…申し訳ない気分になっちゃうよ」
「花音が気にする必要はないよ、もう俺の趣味だから」
いや、ゲームでそんな趣味は無かったよ?確実に私の所為だ。あの時泣きつかなかったら、そう何度も思ってしまう。
「そうだ、スタンガンそろそろメンテするから持ってきてね」
「……分かった」
明智くんは物珍しそうにきょろきょろと見ている。彼もこの趣味にはまってしまったら、あの広い部屋一面に…想像して頭が痛くなってきた。そうならない事を祈ろう。
「今日は午前授業だったから、長く話せるね」
要がにんまりと笑う。
「…お手柔らかに」
そういえば私は話し合いなんてしたくなかったんだった。何で来たんだろう。大人しく部屋で舌を出してカーテンを閉めればいいのに。
「ああ、そうだ、文句を言いに来たんだった」
要の部屋に圧倒されて忘れてたよ。お昼休みに2人して私を嵌めたんだった。そう思うとふつふつと怒りが…あんまし沸いてこない。長時間同じ事に対して怒り続ける気力、ってないので難しい。そんなに怒ることでもなかったのかな。
「なら、花音さんどうぞ」
さっき文句と言ってしまった手前、とりあえず注意してみる。
「あのさ、2人で私をはめなくてもいいじゃない。聞きたかったら正々堂々と聞いてほしかったな」
お昼休みの時感じた、あの時の気持ちを伝える。
「無理だな」
明智くんが一刀両断してきた。
「なんで」
「俺へは避けてばかりだったが、大河には話した」
「…伝え聞くならともかく、隠れて聞くのは良くない」
「それは悪かった」
絶対悪かったって思ってないよね、明智くん。言い方が尊大だよ。
「うん、うん、分かったよ、花音。で、それだけ?ほかには?」
要が腕を組んで理解あるように頷く。
「他に?えっと…今のところはそれくらいかな」
突然何かあるなら言えと言われても、そんなポンポンでないよ。
「では明智の方からも何かある?」
「ある。伊賀崎は俺に遠慮せずに言いたい事を言ってほしい」
「言ってる方だよ」
「大河と同じじゃない」
「そんな無茶な」
長年の幼馴染とここ最近の明智くんを同格になんて出来ないよ。
「何が無茶なんだ」
「要は…ほら、弟のようなもんだから」
「なら俺は父親だろ?」
確かにお父さんみたいだとは言ったけど、飽くまで『みたい』であって『ようなもの』じゃない。年季が違うよ、年季が。それにお父さんは子供の胸を触ったり首筋を舐めたりはしない。
「父親はあんなことしない」
「もう触らないから安心してくれ」
「安心って、そんなんじゃ」
「なんだ」
適切な言葉が出ず、口を開こうにも開けない。
「モヤモヤしてるの!」
「そうか」
感情が全く動かない明智くんに、何を言っても無駄そうな気がする。
「明智、他には?」
話は終わったと見なされ、次はないか問われた。なんだか分の悪い裁判を受けている気分だ。
「後、伊賀崎は俺から離れようとしている。俺が安全だと説明も証明もしたのに、なぜそれが分からない」
口で説明だけで良かったよ!それに私に触りすぎだ。
「1人になりたい時だってあるの、誰かと一緒、しかも異性とだと色々問題があるの」
「なるほど。なら俺が側にいると思わなければいい」
「そういうんじゃなくて、…明智くんには普通の中学生活を送ってほしいの。私の面倒より自分の事を大事にしてよ」
「俺を気にしてくれているのか」
「当たり前でしょ」
「ならば聞こう。普通の中学生活とはどんな生活だ」
「それは…」
ついちらりと要を見るけど、助け舟は無いらしく、静かに目を閉じて聞き役に徹している。私の味方になってくれるんじゃないの?
「自分の、事を優先して?…楽しんだり、遊んだり、友達を作ったり?」
「している。楽しいかどうかは分からないが、やりたい事を望んでしている。問題は無い」
なんだろう、巨大な木を倒すために彫刻刀一本で立ち向かっている気分だ。こつこつ頑張っても到底倒せそうに無い。
「そうだ、恋愛もしてほしい」
「無理だな」
「同じ学生でしがらみも無く誰かを好きになれるのは今だけなんだよ?」
お父さんの言葉を思い出し、笑顔で伝える。うん、私いい事言ったぞ!
「花音、今のおっさんみたい」
聞き役に徹してたんじゃないのか、要がツッコミしてきた。
「ちが、お父さんがそう言ってたから」
「そうか、伊賀崎のお父さんが言ったのか。なら伊賀崎はどう答えたんだ?聞かせてもらおうか」
「うっ…」
いかん諸刃過ぎた。
「一般論になるが、恋愛と言うものはしようとして出来るものじゃないんだろう?ならば課題にするのは無理なんじゃないのか?」
「その通りです…」
「ならばその話はそれまでだ」
「はい…」
彫刻刀が折れたような気分になった。うう、大木強し。
「なら他にありますかー?」
司会者である要が私達に聞いてくる。何か、何か…一矢報いるために一生懸命考えるも、思いつかない。きっとこういうものって後から思いつくんだよね。例えばお風呂とかベッドに入っているときに…なんだかネタ出しみたいだな。
「では次に。伊賀崎と大河の間に恋愛感情は?」
「ないよ。ね、要」
「さぁ?状況によるんじゃない?」
彼にしたら、珍しくニヤーっと笑っていた。なにか企んでいるのか楽しそうだ?
「へ?一体どうしたの」
「ほら、花音はまだまだ子供で成長途中だから今は恋愛出来ないけど、努力次第で俺も惚れちゃうかもなー」
「ほっほう…そんな事言うか」
上から目線に少しカチンときたぞ?
「ま、俺も更に成長途中だからさ。カッコ良過ぎて花音の方から惚れられちゃうかもしれないし」
「ははは、どう考えても無理があるね」
「わからないよ?花音がものすごーく落ち込んでいるときに、俺が側で優しくしたら好きになるかもよ?」
「すごい確率になるね」
あり得ないと笑ってやる。でもまさかこれって卒業フラグの話?ならば、何とか方向を変えないと。
「でも要にはさ、ちゃんと好きな人が出来てほしいな。私を選んでも同情でしかないから、私を選んでくれても巻き込んでしまった罪悪感で消えたくなるよ」
「……ふぅん」
とりあえず、卒業式までに要もなんとかしないと。彼に好きな人が出来るか、私が誰かに彼氏役を引受けてもらって助けてもらうとか…。ふと明智くんに目が行く。
「なんだ?」
「いや、なんにもない」
「?」
この二人にだけは、恋愛関連での助けを求めないぞ。彼氏の代わりなんぞは絶対にお願いしてなるものか。となると、緊急時には誰に助けてもらうか…知っている人を端から思い浮かべるも、頼むのが難しい。気安く話せるのは江里口くんくらいだったからな。
「じゃあ他には?」
「……まだ思い浮かばない」
「大河はどうだ。何が聞きたい」
「あれ?もう俺のターンでいいの?」
「俺のターンって…」
要がにんまりとしながら私達を交互に見る。
「何があったの?」
「へ」
「昨日から妙に二人の距離が近づいたんだよね」
「もしかして離れて歩いたり、側に来なかったのって…それが原因?」
「原因にはなるだろ?二人がくっつくなら俺邪魔者だし、本気なら応援したいしさ」
「それはない」
明智くんがキッパリと否定する。
「俺も伊賀崎も誰かを好きになる事はない」
「それはどうかな」
「確かめあった、間違いはない」
なんか確かめ合ったって、ちょっと言葉を選んで欲しいな。『確認した』に変更しませんか?
「ふーん。なら次に『触りすぎ』に…」
「それは、また、今度で!」
言葉が終わる前に却下した。出来るだけその話題は出したくない。思い出しただけで…いけない、顔が熱い。
「なんで?」
「聞かれたくないの」
「そんなに恥ずかしい事なの?」
「それに近いかもしれない…」
「何を恥ずかしがる事がある」
明智くんも要の味方なのか、喋らない事を不思議がる。
「後ろめたくはない。話しても平気だ」
「じゃあ明智から聞かせてよ」
「伊賀崎を抱いただけだ」
ブッ、と要が吹き出す。
「ま、マジで!?」
「一昨日に俺の家に来て…いや、帰国初日もか」
「は、はは…明智」
そろそろかな。
「ハグだけどね」
安心して腰を抜かせばいい。先程のお返しだ。絶対誤解しそうな話し方をすると思ったんだ。間違ってはないけど、もしやと思わせる言葉をだすんだから…。
「何言ってんの」
要が呆れていた。片手で頭を抱えてため息をついている。
「花音、どうしたんだよ」
「え、何が?」
「明智を受け入れてるじゃないか」
何を真剣に怒っているのか、意味がわからない。ただのハグなのに。
「受け入れるって、お父さんお母さんの様な癒しだよ。特別に何かがある訳じゃないから」
「花音」
いきなり要が近づいてきた。
「なに?…って、え?え?」
抱きつかれようとしている、そう分かった瞬間立ち上がり避けようとした。
「伊賀崎」
明智くんが手を引き、そのままあぐらをかいていた彼の上に座らされる。
「び、ビックリするじゃないか、要」
あと、明智くんも。まさかここで膝の上に座るとは思ってなかったので、慌ててしまう。しかも見られていて恥ずかしい体勢なので、すぐにどきたいのにしっかりと腰を捕まれているので動けない。
「やったなりに意味があるんだろう」
だが、明智くんは落ち着いていた。
「あるよ。長いつきあいの俺が駄目で、明智はいいって分かった」
要は元の場所に座ると、私達を見返す。
「明智は、花音と付き合うんだろう?」
「付き合うも何も、俺達はただの共生に過ぎない。恋愛とは無縁だ」
「花音と付き合わない、そういう事?」
「伊賀崎も俺も好きな人を作らないし作れない」
私の顔の側に明智くんの顔がある。まさか要の目の前でこういう体勢なるとは…。寄り掛かると背中が温かく、揺るがないので居心地がいい。要もしてもらえば、きっと私の気持ちを分かるよ。
「それは違うね」
何が違うのだろう。
「花音は明智が好きになってきてる、いや好きになっている」
「まさか、そんな」
すぐに否定したけど、要は首を振る。
「止めよう、花音。不毛だよ。明智に付き合うつもりがないとはっきり分かった以上、けじめをつけないと」
「止めようって、そもそも何もないよ」
誰も彼もが明智くんとくっつけようとするから、困ったもんだ。私は本当に誰とも付き合えないのに。
「ここまで言うつもりはなかった。でも花音、このままだと必ず苦しくなる。泣くのが分かっているのに、それを見過ごすなんて俺にはできないよ」
「どういう意味だ?」
「止めて。私は…」
「花音は明智が好きなんだ」
「……バカな」
「花音を抱き締めてみろよ、きっと顔が赤くなる」
いきなり後ろから手が伸び、わたしを抱き締めた。顔は赤くならないよ、明智くんを好きになんて嘘だ。
「ほらな」
私の意に反して、顔に血が集まったようで…体が発熱しているみたい。
「そんな」
ゆっくりと腕が解かれて離れていく。私がそっと膝を降りて離れても、それを止められることはなかった。
「おかしいね、反応しちゃったみたい」
苦笑しつつ明智くんを見るも、彼は横を向いて俯いている。ショックを、受けたかもしれない。せっかくの偽だけど家族が壊れたんだ。私が、私の体が裏切ってしまった。
「ごめんね」
でも、冷静な大人の私もいて、チャンスだと囁く。明智くんを解放するチャンスだと。義務のように私に寄り添う彼を自由にするチャンスが来たのだと。
「明智くんが私にだけ親身で、すごく世話をしてくれて、私だけと話してくれると勘違いが止まらなくなっちゃった」
「勘違い?」
「そう、普通女の子は自分に良くしてくれるとその人が好きになっちゃう事があるんだ。ほんの少しでもそう思ったら坂道を転がるごとく好きになるんだよ」
えへへ、と笑う。ここからが勝負だ。
「このまま明智くんと一緒にいちゃうと、もっとのめり込んで好きになってしまうかもしれない。でも今なら」
「今なら、なんだ」
「離れる事が出来ると思うんだ」
「離れるのか?」
「そうだよ。明智くんは恋愛が出来ない。私はしたい…ほら、上手く行かない」
「………」
「今の私には江里口くんのお守りや道具がある。高校での懸念も消えたよね?ならそろそろ私も巣立ちの時かも?」
「伊賀崎は俺がいなくて大丈夫なのか?」
「うん、今なら抜け出せる」
にっこりと笑いたいけど、それじゃ良くない。未練たらしく悲しげに俯かなければ。
「それに早く明智くん以外の好きな人を見つけないと、好きな気持ちが消えないよ。だから、もういいよ?今までありがとう」
そういうと俯く。
「分かった。勘違いさせてすまなかった」
明智くんはすぐに立ち上がり、部屋を出て行く。要も一緒に部屋を出て行った。多分見送りだろう。階段を下りる音を聞きながら、息を大きく吐いた。
「ミッションコンプリート…」
ポツリと呟く。そう、私は成功した。これで明智くんの未来が開けたのだ。そして村野さんの問題も無くなったので、もう悩まなくていい。ぼんやりとしていたら、見送り終わったのか要が戻ってきた。
「花音、大丈夫?」
「うん。要も聞きにくい事を聞いてくれてありがとう」
「俺は…余計な事をしたのかもしれない」
「いや、ちょうど良かったよ」
「そうかな。明智は分かってなかった、絶対花音が好きだよ?付き合うのも時間の関係と思って、つついたら…まさか駄目だなんて」
「はは、高校で私は1人でいなきゃならない。だっていろんな人とデートしなきゃいけないからね。ちょうど良かったのよ」
「…明智を諦めるの?」
「ほんの少し惹かれていたと認めるよ?でものめり込む程じゃない。近くに居すぎて最近弊害も出てきたから、悩みの種ではあった」
ファンクラブも出来てるし、隠れファンも存在していた。
「花音…」
「それに、基本明智くん人嫌いなんだよ。あんまり接触すると吐いちゃうらしいし」
「やっぱりあいつ花音のこと好きなんじゃないのか?」
「家族が欲しかったのよ」
「家族?」
「うん。私と擬似家族やって行きたかったんだ。…明智くんのお母さんになるって言ってあげたのに悪い事したな」
「そっか」
「ふふ」
寂しいけど、これが普通なんだ。これで良かったんだ。
「落ち込んでいるときに悪いけど、江里口って誰?」
難しい質問をされてしまった…。
「実はね、一年の時からの学級委員で…」
・痴漢対策でお守りを貰った
・ある魔法道具を貰っている
・いきなり消えた
・明智くんの携帯でメールのやり取りを見ていたら怖気が
・江里口くんは追われていた
・みんな江里口くんの事を忘れてしまった
・夢で自分の事を喋らないよう注意された
要が私の話を箇条書きでまとめてくれました。もちろん氷室ゲームの話はしませんよ?彼はこちらのゲーム参加者なんですから、奪われてなるものか。
「だいたいこんな感じ?」
「恐らく?」
「ふはー、すごいね花音」
「そうでしょ、ますますゲーム臭いよね」
「違うよ」
「何が?」
「王子様に騎士に貴公子に魔法使い…見事に揃えたね」
「ははは」
乾いた笑みをこぼしながら、もし要に和田くんの話をしたら、神官もいるのとか言いそう。絶対言わないけどね。
「さ、明智くんが消えて余計なしがらみがなくなった。あと1年頑張ろうかね」
「ああ、手伝うよ」
「ありがとう。それじゃ今日はもう帰るよ」
「花音」
立ち上がり部屋を出て行こうとすると名前を呼ばれた。
「なに?」
「気を落とすなよ?」
「もち」
さっぱりとした気持ちで要の家を出る。そしてお隣である自宅に戻った。出迎えてくれたのは、お母さんのみ。弟はお昼ねタイムに入って夢の中らしい。
「お帰り、今日は早かったね」
「うん、さすがに試験勉強しなきゃ」
「無理はしないのよ?」
「ありがとう」
静かに階段を上がり、自分の部屋に入ると机に移動した。
「終わった」
思いっきり背伸びして机に寄りかかる。
「嫌いじゃなかった。だから好きだった…」
目がほんの少し潤む。
「いやねぇ、14歳の前途ある少年に恋なんて…」
気に入っていた、が…そろそろ期限なので退場してもらった。私のゲームから。
「残念ながら、知ってるんだよね」
今は寂しくても、日常に飲まれて忘れていくって。
「だから、今日だけ」
今日だけ子供に戻って、泣こう。 あんだけなつかれたら、無下になんて出来るはずがないよ。愛着だって…。
「でもさ、しかたないよ。…あんな事されて赤面しないやつなんてほぼいないわ!」
明智くんはヒーローみたいな人だった。なら、全員に優しく平等でいたら。
「14歳に何を求めてるんだか」
そしてもう少し泣いた。




