不満
やるべき事がある時って、自分に理由をつけて逃げれるからいいですよね。
俗に言う、忙しいからごめんね、です。学生のうちはテスト、社会人なら仕事と打ち込むように見せて実は逃げている…。
生きていく為の処世術、そんなもんです。
遥ちゃんの事も、明智くんの事も、村野さんの攻勢も、江里口君の事も、ぜーんぶ期末試験の為に忘れましょう!
朝の5時半に起きて、寒い空気の中ストレッチ。2人を裏切るようで申し訳ないけど6時に走りに行った。
いつもほぼ誰かといたから、1人で走ると開放された気分になる。最初は1人だった。走るのも計画を練るのも。人と一緒にいるのは楽しいし、頼もしいけど1人も好きだ。冷たい空気で耳が痛いけど、薄暗い中で走る道は気持ちいい。
海辺に着くと、太陽の光でほんのりと明るくなってきた。浜辺へ降りようとした時、胸元がぼんやりと光る。
「…良かった」
海辺から離れ、家へ全速力で走った。嬉しい気持ちで一杯だ。
「お守りは壊れていない」
ならば、なぜ明智くんに反応しなかったのか。
「ああ、簡単な事だったんだ」
劣情を持たない明智くんが触っても、痴漢とは違うから光らなかった、ただそれだけだったんだ。なんとなく想像がついていたが、予想通りで満足する。
「伊賀崎」
「花音」
少し遠回りして帰った所為か、玄関の前に要と明智くんがいた。
「おはよう」
「おはようじゃないよ、もう走ってきたのか?」
「うん」
「どうして」
「1人になりたかったから」
「伊賀崎」
不機嫌そうな明智くんが目の前に立ちふさがるけど、気にせず避けて通り過ぎる。
「お守りはちゃんと動いてくれた。だから大丈夫」
「…そうか」
「なんだよ、お守りって」
「大事な人から貰ったものよ」
「それよりなんで俺らを待たなかった」
要も不機嫌そうだ。
「いいじゃん、目が覚めたんだから。それじゃ、いってらっしゃい」
笑顔で手を振ると、私は家に入った。
「あら、花音。今日は早かったのね」
お母さんが洗面台にいて、朝の支度をしている。
「ちょっと目が覚めちゃった。お風呂入ってくる」
「ちゃんと髪は乾かすのよ」
「はーい」
いつもより優雅にお風呂を楽しみ、朝の準備をする。自分の為の時間のようで、少し贅沢な気分を味わう。
「そうよ、私1人なんで苦労しなきゃいけないのよ…」
遥ちゃんと水原くんがカップルに、と夢見てたけど本人達が頑張ってくっつくべきよね。私が手出しをして、どうするんだ。お見合いババアになるのは楽しいかもしれないけど、代償があることを理解してやらなければ。
「もー無理、私には出来ない」
「どうしたの、何か悩み?」
お母さんが弟を連れて居間に入ってきた。ミルクを飲んで満足しているのか、馨はご機嫌で笑っている。
「なんだか友達が誤解しちゃってさ、面倒なことになってるの」
「誤解を正さないの?」
「だって逃げるんだもん、考え過ぎて疲れちゃった」
「なら、それだけの友達なのね」
「………」
そんな訳でもない。可愛いし、いい子だし、仲良くしていたいよ?でも良く考えてみれば、これから友達よりも好きな人を選ぶんだよね。それって彼氏よりも私は下になるんじゃないか、そう思ったらむなしく感じるのだ。
「そうでもないのね」
考え込んでいると、お母さんが微笑む。
「放り出すのだけは止めておいた方がいいわよ」
「うん…」
いつもより早く準備を終えた私は、早めに家を出た。理由はそう、遥ちゃんを捕まえる為だ。
「伊賀崎」
私はため息をついた。
「おはよう、ってさっき言ったか、明智くん」
にっこりと笑いかける。
「…俺は邪魔なんだな?」
良心がズキズキと痛む。そういう言い方は卑怯だよ。
「そういう訳じゃないけどさ」
「なら何が違うというんだ?」
事情を求めて欲しくなかった。いくら私が危険だからと言っても、お守りがちゃんと動作しているのだから、1人にさせて欲しい。
「早めに行って遥ちゃんを捕まえようと思ってさ」
さらりと都合のいい事を話す。
「1人で行くのか」
「明智くんを巻き込むのもなんだかなって」
「俺は構わない。なぜ教えてくれなかった」
「連絡方法がね、思いついたの昨夜だったし」
携帯も壊させてしまったので、無理でした。まぁ、今考えた言い訳ですがね。
「今日話しかけて逃げられたらしばらく試験勉強に集中するよ」
「そうか」
「だから、しばらくは氷室ゲームの話は中断で。お守りも効果が切れていないので1人でも大丈夫」
「そうもいかない」
「それに、私はもう1つの魔法を貰ってるから」
「魔法?」
「そう。江里口くんが残した誰にも知られちゃいけない魔法」
「……なら、俺が間に合わないときだけ」
「そうだね」
そのまま沈黙で学校に向かう。
「伊賀崎」
沈黙に耐えられなくなったのか、明智くんが口を開いた。
「怒っているのか?」
「何を?」
「昨日触りすぎたから」
自覚はあったんだ。
「うんにゃ、別に」
どちらかと言えば、自分の反応に怒りを感じるよ。
「なら今日も家に来てくれるか?」
「ごめん、実はテストに自信が無くてさ。家で勉強したいのよ」
「俺が教える」
「教科書を復習するだけだから、教わる事無いよ」
「なら一緒に勉強を」
「暗記問題とかは1人でやった方が効率がいいし、時間を気にせずにしたいから遠慮しとくよ」
「………」
「ほら、二日連続遅く帰ったんだよ?さすがに今日もとなったら無理だよ」
「分かった」
明智くんの状況が精神的にきつそうなのは分かったけど、いつまでも構ってはいられない。しかも不純な事が最近続いたんだ、避けてもいいはず。
学校へ着くと靴箱を確認して遥ちゃんがまだ登校していない事を確認する。
「まだか」
私はメモ紙を取り出し、サラサラと伝言を書き入れた。
「よし」
そして教室へ向かう。
「靴箱で待つんじゃないのか?」
「いや、伝言を入れたし勉強したいから」
「そうか…」
あー、今日の私って冷たい奴だろうな。やさぐれてるのが自分でも分かる。明智くんにバイバイと行って1組の教室へ入り、教科書を出すと復習を始めた。朝のHRまでは誰になんと言われようと勉強をしていよう。村野さんの攻撃だって無視だ、無視。試験範囲はもう発表されているので、その範囲を良く読み、何度も確かめる。昔の記憶が邪魔をして、間違えてしまわないように上書きしないと。
次々に教室へクラスメイトが入ってくる。武智くんも席に着き、鬼塚さんも来た、そして村野さんも。
「おはよう、花音ちゃん。何、試験勉強?」
「おはよう、村野さん。なんだかんだで休んだ分ちゃんと予習復習とかしておきたいの」
「それよりさ、今日はどんな感じだった?」
「ごめん、ホントに暗記系がやばいんだ」
にっこりと笑うと教科書を見つめる。
「そう…」
期末試験様、テスト様、勉強様、本当にありがたい。一種の黄門様の印籠に近い効果があるから助かる。しばらく恋だの告白だの橋渡しだのしがらみから離れて、学業に専念したい。授業の合間の休み時間も勉強かトイレかで逃げ切った。さすがに給食時間は駄目だったけど…。お昼休みも村野さんに捕まる前に図書室へと移動した。朝、遥ちゃん宛に残したメモに、お昼休み図書室でと書いたけど、来てくれるだろうか?
「一番乗りか…」
図書室に入ると、適当な新刊を取り窓際に座る。ここからなら、彼女が入ってきた時にすぐ分かるからだ。ページを捲ると扉が開いたので顔を上げたが、遥ちゃんではなく図書委員の当番の人だった。すぐにカウンターへ入り、作業をしている。私はまた本へ視線を戻し、続きを読む。別に来ても来なくてもどちらでも良かった。とりあえず私からアクションは起こした、という事実を作りたかっただけかもしれない。
考え事をしていると、本の内容が頭に入ってこないので、全くページが進まないから困る。何度も同じ文章を読んでいるのに、理解していないからだ。15分もすると、飽きてきて本を閉じた。入り口を見ているが、今のところ人が入ってくる気配は無い。
「違う本を読むか…」
昔読んだ本でも読み返そうか、そう思っていたら遥ちゃんが図書室に入ってきた。ああ、来たんだ。不安そうな彼女に手を振り、居場所を知らせる。
「花音ちゃん…朝いなかったから、少し驚いた」
場所が場所なので、小さな声で話してきた。恐らく心配したんだろう、と普段ならそう思える言葉も、非難されているような気分になってしまうのは、私の心が閉じられているからかもしれない。
「昨日激しく動揺して泣かれたから、少し距離を置いた方がいいかなと思ったの」
「ええ?」
「これから期末テスト期間になるじゃない、ちょうどいいから勉強に集中しましょう。そしたらきっと遥ちゃんも落ち着けると思うの」
「別にそんな、なんで?」
「水原くんには近づかないから、安心してね」
にっこりと笑うと、私の用件は済んだので彼女から離れて図書室を出た。すると吹きさらしの廊下は寒く、更に私の心が閉じていくようで心地良い。いつも笑顔を心がけ、人を気遣ってばかりいたから楽だ。
「花音」
寒い非常階段でぼんやりとお昼休みの時間を消化していたら、要が来た。どうしてここがわかったんだろうか?
「ああ、要。何か用?」
「寒い場所でなにしてんの、暖かい場所行こうよ」
身をすくめ、ズボンに手を入れて寒そうだ。
「休み時間が終わったら行くよ」
「なぁ、花音」
「ん?」
「何があったの?」
隣に座ると、要が顔を覗き込んでくる。
「なんだか面倒くさくなった」
「はぁ、やれやれだぜ…疲れたんだろ?」
的確な言葉だと思った。
「うん」
「何があったの?」
改めて聞かれると、ついボロッと愚痴がこぼれだす。
「遥ちゃんと水原くんを応援しているのに、誤解されて泣かれるのも」
「うん」
「村野さんの『今日の明智くん情報』教えて攻撃や、大して仲良くないのに花音ちゃんとか呼ばれて母親ポジションをとろうとするところも」
「うん」
「明智くんから変な事されるのも」
「変な事されたのか!?」
「たいしたことじゃない」
「…花音」
14歳にドキッとしたなんて口が裂けても言えない。
「なんか疲れたの」
「色々あるからな」
よしよしと要が頭を軽く撫でる。
「普段から頑張ろう、上手く物事を運ぼうとしているのに、上手く行かないんだもん」
「まぁ現実はそんなもんだって」
「そりゃそうだけどさ、ゲームみたいにさくさく進んでもいいんじゃない?」
「ちょ、花音」
「要だってそう思うでしょ?問題が多すぎなのよ!」
「待て、待てったら、それ以上は後で」
口を手で押さえられたので、うめき声だけ漏れる。
「伊賀崎?」
階下から急いで明智くんが現れた。なぜそこにいる!?
「…ごめん、花音」
謝る要にジト目で訴えた。口元を押さえていた手を離し、彼がはははと笑う。
「なんか花音の様子がおかしいから協力して欲しいって教室に来てさ」
「俺よりも幼馴染の方が話しやすいだろうと思って呼んだ」
「それで階下で控えていたって事ね。聞き耳立てるなんて…」
明智くんに対する愚痴も聞かれてしまった。気まずいなんてもんじゃない、逃げ出したい。
「触りすぎた事は謝る。だから俺を否定しないでくれ」
「…否定はしないよ」
「出来れば俺に甘えて欲しい」
「十分甘えてます」
「いや、甘えてない」
明智くんと対峙して言い合っていると、お昼休みの終了を知らせるチャイムが流れてきた。
「…なぁ、一度帰って話し合おう?なんだか俺も聞かなきゃならないことが出来てきた」
要が口をへの字にして、私達を睨む。
「ああ、俺は構わない」
「私はヤダ」
「駄目」
しばらく睨み合いの沈黙が続いたが、時間が時間なので解散した。機嫌の悪さが表に出ていたので、周りのみんなが気をつかってくれる。教室の掃除で床を磨くときも、設楽さんが軽く肩を叩いてくれたり、佐原くんが黒板の掃除を手伝ってくれたり…。なんだか申し訳ない気分になって、機嫌の勢いが燃料切れになったみたいに収まる。
「ありがとう」
2人にお礼を言うと、気にしないでと笑ってくれた。いけない、私が一番大人なのに未熟だったなと反省する。
「あの、花音ちゃん」
「村野さ、今日位はやめてあげな」
「なによ、私は力になろうと」
「はいはい、後で話を聞くよ」
設楽さんが村野さんとの壁になってくれて、今日の学校は終了した。放課後に武智くんが私の机に座り、村野さんと会話参入してくれて、あっさりと私は教室を出られた。たくさん気を遣われて、私もまだまだだと俯いてしまう。ありがとう、設楽さん、武智くん…。殊勝な心で靴箱に行くと、既に明智くんと要が私を待ち構えていた。
「来たな」
「じゃ、帰ろう」
2人を見た瞬間、どういうことでしょう…先程の気持ちが擦れ、攻撃的になるじゃありませんか!まるで燃料追加されて、交戦準備が完了した気分です。靴を履き替え、ずんずんと三人で下校する。早足なので、かなり人を追い越していきます。かなり必死に足を大きく開いて早く動かしてますが、明智くんは涼しい顔で気にしていません。リーチの差もあるんでしょうが、それもムカついてたまらない。
「なら一旦家に帰ってから、集まるか?」
道中、要が提案をしてきた。
「私、しばらく明智くんの家には行かないからね!」
どこにとは言わなかったので、きっぱりといやな場所を伝える。
「俺は伊賀崎以外入れたくない」
「分かった…俺んちで」
私の家になるのかと思ったら、要の家に決定しました。
「片付けてないから、花音の部屋みたいに期待するなよ」
それからみんな何も言わず、家に帰宅する。
「あーもう、くぅううう」
何か分からない気持ちを玄関で口に出していると、視線を感じて目を向けた。すると弟が居間の扉を掴み、立っていたのだ。笑顔でこちらを見ている。
「立ったんだぁ!」
側に行き、抱っこしたい衝動を抑えて我慢する。まだ手を洗っていない。
「ちょっと待っててね!」
急いで洗面台に行き、除菌泡で手を洗い、口をゆすぐ。
「お待たせー、馨」
ぶるぶる震えていた彼を抱き上げて頬ずりする。喜ぶ声に、癒されて嬉しくなった。
「すごいね、すごいよ、馨」
「おかえりなさい、花音」
「ただいま。馨立ったんだ、すごいね!」
「大袈裟ねぇ、まだ掴まり立ちよ。足も震えているから」
でも可愛さ爆発だよね。うん、素敵だ。
「最近は階段を上りたがるから大変よ。落ちるんじゃないかって怖くて」
「あ-、それは痛いよ」
「あら、経験から?」
…お母さん、真実は違うんですよ。
「そうだ、ゴメン、今日も出かける」
「また友達のところ?」
「ううん、要のところ」
「そう?あまり遅くならないようにね」
「うん」
一昨日と昨日と遅かったので、頷く。
「馨もごめんね、また後でお姉ちゃんと遊ぼう」
すると、バシバシと顔面を笑顔で叩かれ、ガーゼを剥ぎ取られる。
「あわわ、舐めちゃ駄目だよ」
そっと弟の手から取り上げると、怒ったのかもっと叩きに来た。酷い!
「こらこら、お姉ちゃんを叩いたら、めっ」
お母さんが弟を受け取ったので、私は急いで部屋に戻り着替える。もちろんカーテンレースを確認してだ。なぜなら、引き出しから取り出したのはブラジャーだから見られたくない。
「はぁ…」
お母さんが買ってくれてはいたのだ、でもまだ大丈夫だろうと着けるのを今まで躊躇していた。だってつけると締め付けられるし、息苦しくも感じてしまう。将来着けなければならないのなら、子供の時くらい…と思っていた。
「確かにそろそろ着けた方がいいんだろうけどね」
まだ月のものもないけれど、着けておこう。別に明智くんから指摘されたからじゃない、制服よりも私服は薄いから着けるのだ。
「うん、そうだ」
ブラを着けるとシャツとセーター、ジーパンに着替える。
「よし、コレで行こう」
なんだか良く分からないけど、要は私の味方をしてくれるはず。
私は収まりそうになる訳の分からない怒りを胸に、お隣の要の家に向かった。




