電話2
「良かったら、話を合わせてね。選択は自由でいいわ」
加納さんのいたずらっぽい笑みが、素敵だった。
私も将来そんな笑みの似合う女性になりたい。お姉さんのほのかな匂いで自分の体臭が気になりつつ、玄関を開ける。
「ただいまー」
「花音? 遅かったわね」
夕飯の準備をしていたらしく、背に弟を抱えた姿でお母さんが出てきた。やはり遅かった事を心配してたみたい。
ごめんなさい、連絡を入れなくて。
「はじめまして。私、加納砂織と申します」
私の隣に立つ美女にお母さんも驚いた。馨はなんだか暴れている。きっと降ろしてほしいんだろうな。
「はじめまして。すみません、こんな姿で」
「いえ、お忙しい時間にこちらこそ申し訳ありません」
「それで、花音が何か…?」
軽くお辞儀をしていたお姉さんが頭を上げ、にっこりと笑う。
「実は高校の件でお話をしておりまして、こんな時間になってしまいました。お嬢さんをお返しする時間が遅くなってしまって……」
お姉さんが持っていたファイルを見せるように両手で持つ。
高校の件とな!? そういえばお姉さんはA4ファイルをずっと持っていた。いつからそんな準備を? 最初から?
「お姉さん」
「ごめんなさいね、お母様もパンフレットを見て欲しいの」
そういう意味で呼んだ訳ではないのですが。でも話を合わせてとはこういう事なのかもしれない。冥加さんに捕まったことを正直に話すより、高校の勧誘で帰宅が遅れた方が安心できるだろう。
「時間が時間ですし、パンフレットだけお渡しします。よろしかったら熟考していただければ幸いです」
「そんな、うちの子はなんの取り得も」
「いいえ、基礎体力値、学力共に高く、教師からの信頼の篤い花音さんだからこそです」
私に信頼なんてあったの? それとも冥加さんは学校と繋がっているのか? そういや中学校へ行ったのは仕事だなんて話していたけど、こういう仕事なのかしら。
「推薦の枠のご用意がありますので、よければご連絡をお待ちしております。こちらが連絡先です」
「はい、丁寧にありがとうございます」
お母さんがファイルを受け取った。
「いいえ。では、遅い時間に失礼いたしました」
加納さんは一礼すると、失礼しますと出て行った。
出て行き方も扉の閉め方も静かでパーフェクト、さすがな気がします。
「お母さん」
「ひとまずご飯の準備をしましょう」
「そだね」
お姉さんの残していったファイルを私が受け取り、お母さんは台所へ戻った。
急いで着替えて手伝わなければ。弟も拘束されてご不満な様子だった。部屋へ向かいながらファイルの中身を覗くと、パンフレットは星雲高校のものだった。
お仕事って高校の勧誘なのかな……冥加さんと加納さんは何者なんだろう?
夜8時に電話の子機を持って部屋へ入る。
掛ける先は愛梨ちゃんの携帯。目覚まし時計を目の前に置いて話すのは、料金の心配をして。
高校になれば携帯を持つ予定なので、短い会話はそれまでの我慢と割り切っている。節約と親の信頼は大事なのだ。高い電話料金で驚かせるわけにはいかない。
覚えている愛梨ちゃんの携帯番号を押し、コール音に耳を澄ませる。
『はい、花音ちゃん』
ワンコールで彼女が出てくれたので、ちょっと驚く。もしかして待っててくれた? ならば申し訳ないな。
「遅かった? ごめんね、こんな時間になってしまって」
『私は大丈夫、気にしないで』
いつも気を遣ってくれているから、気にしちゃうよ!
「ありがとう。今日は帰り大丈夫だった?」
『うん、特には』
「お家のお迎えが来てたって聞いたからどうしたのかなと思って」
『あ、それは……家の者が過剰に心配して来てくれたの』
「心配?」
『うん、……花音ちゃんはもう大丈夫?』
「大丈夫、大丈夫だよ! ごめんなさい、私が変な帰り方しちゃったから? うわー、本当にもうごめん」
あんな帰り方をすれば愛梨ちゃんが気分良くないよね。
きっと次の日まで響いたんだ。だからみんな心配して……ならお迎えが来たのは私の所為!?
何が明智新吾が車で来ているかも、だ! 全て自分が引き起こした事。なら普通に愛梨ちゃんの家から帰っていたら、車が迎えに来る事無く、私も正門から帰って……彼に会わなかった。
今まさに因果応報を、身を以って感じたよ。
『私が変な事を話したから?』
「違うよ? 愛梨ちゃんは何も悪くないよ」
『宇留間さんが関係してますか?』
うう、そうだよね……その話題で逃げたから、そう思うよね。
『何かあったんですか?聞いたりしたのですか?』
「少し……」
どうしよう、喋るか喋らないか。これ以上秘密を広げるのは危険な気がする。
『少し? 明智くんからですか?』
なぜにまた彼が。
「あ、明智くんは元気かなぁ。転校して半年以上経っちゃったね」
『え? 明智くんから連絡が来てませんか?』
「うん。電話番号聞いたけど、国際電話じゃムリムリ。掛けられないよ」
『ええ! そんな……』
何を期待してるんだ、愛梨ちゃん。
「大丈夫だよ、明智くんなら家族と元気に過ごしてるよ。きっと」
『明智くんは何度か掛けているはずですよ?』
「え? どこへ?」
『花音ちゃんのお家に』
「え?」
『言ってました。また掛けてみると』
聞いてないよ? もしかして、留守の時に電話があったのかな?
「なら一応お母さん達に聞いてみる」
『それがいいです、きっと喜びます』
誰が喜ぶんだろう。
でも電話してきてくれてたのか……氷室情報は彼が持っているから、何か口頭で伝えたいんだろう。下手に情報が残る方法で送って、個人情報が漏れるのを避けたいと本人が言っていたのだから。
外国から指示なんて……ちょっとかっこいいかも! っといけない、不謹慎だった。複数の女子の一生が係わる内容なのだ、頑張らねば。
「あれ? 愛梨ちゃんは明智くんと話してるの?」
『あの、誤解しないでくださいね! 話したのはなんでもない事ばかりです。花音ちゃんの事や学校の話をしているだけです』
私の何を話したんだろう……。明智くんが頭を抱えていないといいけど。それにしても外国に行ってまで心配しているとは……若くして頭が禿げちゃうぞ。
「明智くんも心配性だね」
『花音ちゃんだからです』
明智くんと話しているなら、誤解が延長するのも仕方が無いか。私としては半年以上も会っていないので、思い出の中の人となっているのに。
自然に頷いていると、時計が目に入った。そろそろ5分以上経つ。
「そうだ、5組の人たちと仲良くなれそう?」
『はい。少し驚く事もありますけど、優しい方たちばかりで……ただ』
「ただ?」
『皆さん、氷室くんが大好きなようです。別所さんに申し訳なくないのかしら? と思うくらいに気持ちを話し合っていました』
「ファンなのかな?」
『かもしれません』
「話は合いそう?」
『はい、特に花音ちゃんの恋の話は花が咲きました』
「え?」
『噂を広めるよりも、素敵な出会いにみんなで憧れ合いました』
うっとりとした彼女の声を聞き、今更好きな人変更は出来ない気がした。
冥加さんも同じ目にあって苦労していると話してたな。何が作用してそうなったんだか。現実って難しいです。
「でも性格はまだ分からないんだよ? 顔が好みだってだけで」
『顔だけですか?』
ショックを受けた様な声に、しまったとフォローする。
「丁寧な口調やピシッと着こなしたスーツとか、助けてくれたところかな?」
今日の冥加さんを思い出して答える。
入学式の記憶なんて薄くて覚えてないよ! 驚きと恐怖で竦んでいたから。
『好きなった瞬間ですね! 素敵です!』
あ、嬉しそう。
良かった……、愛梨ちゃんには昨日悲しい思いをさせちゃったからね、少しでも喜んでくれるなら……冥加さんへの嘘物語も気にしないよ。
「ここだけの話だけだからね! 恥かしいから」
飽くまでここだけ、ね! これ以上冥加さんのロリ疑惑に拍車を掛けるわけにはいかない。
彼だって普通の人なんですから……多分?
『花音ちゃんたら』
目覚ましの長針がそろそろ時間ですよ、と2を指す。
「名残惜しいけど、そろそろ切るね」
『そうですか? 寂しいです……』
「私も。明日こそ学校で話そうね」
『はい』
「それじゃ、おやすみなさい」
『おやすみなさい、花音ちゃん』
受話器を耳から離すと電話を切る。
宇留間さんの話をしたかったけど、明智くんが何かしているかもしれないので、話題から逃げてみた。彼と話してから愛梨ちゃんと話したい。それからもう一件。
電話の子機の電源を押し、覚えている番号を押す。数コールでもしもしと聞こえた。
「もしもし、伊賀崎花音です」
『あら、花音ちゃん? どうしたの』
電話の相手はお隣の大河さんだ。おばさん、夜にごめんなさい。
「遅くにすみません、要います?」
『ちょっと待っててね』
保留音に切り替わる。お風呂だったり、何か作業中じゃないといいな。
『お待たせ! なに?』
「ごめん、もしかしてお風呂だった?」
『いや、ちょっと機械を弄ってた』
何をしているんだ、君は。
つい要の部屋に面するカーテンを開く。すると部屋に電気が付いていたが、残念ながらカーテンで中の様子が見えない。
やだな、色んな発明品が転がる部屋に変わっていたら。
「……今日また色々進展があった」
色々言いたい事があるけど、ひとまずは私のゲームの話をする。
『何? 宇留間さん情報?』
「違う、違うんだけど、なんだか頭が混乱するくらいの話」
『また? ちょっと待って』
「うん」
電話口でガサゴソと何かを探している音が聞こえる。
「どうしたの?」
『メモ用紙。まとめるにはちょうどいいだろ?』
「おお」
『んで、何があったの?』
「明智新吾に出会った」
『噂のね。花音の王子様だろ?』
やはり要の所まで情報が行っていたか……しかも説明してないからなのか、声が低い。怒ってないよね?
「それが、明智じゃなくて……」
声が小さくなり、躊躇する。
止められている冥加という名前を彼に話していいのか。
『唸るなよ、明智新吾がどうしたの?』
「どうしよう、難しい問題が」
『どんな問題だよ』
「明智新吾の本当の名前は喋らないでください、と言われたの」
『偽名なのか!? はぁ……まるでスパイだな』
「帰り際に高校のパンフレットを置いていったから、高校のスパイ?」
『なんだそりゃ。まぁ、他に隠している事もありそうだな。花音の王子様』
うう、王子様を連発するのは止めて……。
「それで、そのパンフレットは星雲高校のなのよ」
『ゲームの流れどおり?』
「どうだろう。主人公は近いから選んだと話してたけど」
『行くの?』
「行きたいかな。最新設備に最高の教師陣とくれば、行きたくならない?」
『行きたい。ゲームでも俺は行くの?』
「もちろん」
『そっか、受験勉強は気が楽よりもプレッシャーを感じるな』
「頑張るに越したことはないよ」
『それで、会ってどんな話したの?』
「明智新吾も私が好きだと回りに誤解されて苦労してるって」
『あははは、大人が子供を好きにって……数年後ならまだしも相手が中学生ならロリ決定だもんな』
「だよね、私ならまだ憧れで誤魔化せるけど、逆は辛いわ」
『しかも教師なんだろ? 入学後どうするか見てみたい』
「それはどうかな」
『なんで?』
「卒業していないって話をしてた。まだ大学生みたいだよ」
『え? なら担任になれないじゃん』
「だよね、教員資格とか取っている間に私卒業しちゃうよね」
『ゲーム通りに行ってないね、これは』
「登場人物たちの存在だけで、内容は全く違うとかだったりして」
だとしたら、私の目的が難しくなってくる。攻略相手とライバル女子のラブラブが見れないのは悲しい。
『どうだろ。とりあえず、俺の方はだいぶ固まってきたよ』
「え」
『このゲームってさ、惑星基準なのな』
「そうだね。水金地火木土天海冥の9の惑星の漢字がキャラの名前に入っている」
『冥王星は惑星じゃなくなったのに、明智でいるんだ。明るいはメイとも読めるからそれでいいんだよね?』
「あの星は惑星の一つだったの! 明智さんは多分その枠だと思う」
明智新吾の本当の名前は冥加新吾だから、あながち間違いではないのかも。
彼の真のエンディングを見ていないのでどんなお話があったのか分からない。もしかしたら、加納さんも出てきていた?
もっとゲームをやりこんでいれば、とまたまた昔の自分を悔やむ。
加納さんがライバル女子なのかな……だとしたら、どう攻略すればいいのか……。標準の簡易エンディングに出てこなかったからわからない。
『それで、水原は病院に行かせる事に成功した』
「どうやったの?」
『最近成長痛で体がきしむと話していたから、筋肉と骨が上手くかみ合わないと、肩がやられるらしいと話したら、行くって』
「バレーが出来なくなるのは辛そうだもんね、それで何か対処できればいいけど」
『ま、それはもう運だな。次に金森大輔だが第二にいた』
「そうなの? やっぱり野球少年してるの?」
『してるけど、なんだか真面目にはしてなさそうだったよ』
「熱血少年役なのに」
『花音みたいにやる気がないんじゃない』
「私のどこがやる気がないのよ」
『可愛くなろうと努力してない』
痛いところを突いてくるな。
「それは置いといて、次お願いします」
『置いとくのかよ……ったく。地場はうちの学校で生徒会にいるな』
「そうなんだ」
『自分の学校だろ』
「生徒会のメンバーとか覚えないよ」
『ははは、まぁ花音らしいけど。次に火野匠は第一で、新聞配達してた』
「そうなの?」
『夕刊のみみたいだけど、なんか声を掛けづらかった』
「お仕事中ならそうだよ。でも中二で出来るの?」
『どうなんだろ』
アルバイトって高校生からじゃないのかな……なにかあるのだろうか。
真面目な性格って事くらいしか知らない。いつもバイトに明け暮れていて、お隣に住んでいるという日崎陽子さんが代わりに幼い妹の面倒をよく見ている……はず。
『木谷潤は第二だな』
「うん」
『ブラスバンドで即興トランペットをして文化祭を沸かせたらしい』
「へぇ。さすがおちゃらけキャラ」
『……土田龍之介も第二にいた』
「なんだか複雑。彼らは普通に生きているのに、ゲームでの話が絡むかもしれないって」
『じゃあ止める?』
「止められない」
『はいはい。後は天ヶ瀬と海堂だけど、まだ調べてない』
「それについては避けたいなと思ってる」
『どうして』
「だって天ヶ瀬司は天才バイオリニストで、海堂一真は御曹司でしょ? 係わり様が無い」
『そうか?』
「そうだよ。会って何を話せと」
『日常会話』
「無理、私には無理です」
『主人公なんだろ? 頑張れ』
「天ヶ瀬司は私の事忘れてて、何度も何度も挫けそうになるくらい縋り付いても何も反応無かったのに、オープニングのキーホルダーのみだけで思い出すんだよ?」
『主人公すごい頑張りだよな』
「これでもかってくらい無碍にされて、キーホルダー1つで思い出されるって辛くない?」
『側で笑って慰めてあげるよ』
「そんな! それに海堂一真とか絶対無理」
『社会に出たら無理だろうけど、学校と言う微妙な平等の場だからこそ、仲良くなれるんじゃない?』
「見下されて脅されて、利用されると分かっていて近づきたくない」
『宇留間さんを幸せにするんでしょ?』
「私さえ近づかなければ、宇留間さんと仲良くやっていくと思う」
『本末転倒な……』
「でも宇留間さんとなら仲良くしたいな」
『海堂一真の秘書的立場で側を離れないんだろう? 宇留間さんだけとか無理じゃん』
「確かに」
難しいわね、女子だけコンプリート。
『次はライバル女子を探ってみるよ』
「ありがとう。でもお願いだから、絶対無茶な事しないでね」
絶対に力を込めてお願いする。
『分かってるって』
「本当かな……要が無事じゃないと……」
『俺が無事じゃないと?』
「おばさんが悲しむよ。1人息子なんだから、ちゃんと大事にして」
『はいはい』
「はいは一回にしようよ」
『はーい。じゃ、もう寝ようよ。俺疲れてるんだ』
「ごめん、でも本当に無理しないでね」
『分かったって。でも花音も無理するなよ?』
「分かってます」
『じゃ、お休み』
「おやすみなさい」
電話を切ると子機を戻すために居間へ向かう。
今日も色濃い一日だった。早く寝て明日も頑張ろう。せめて夢くらいはゲームに関係ないものだといいな。




