別所百花2
今日は記念すべき日かもしれない。なぜならば、遥ちゃんがやっと『恋バナ』をしてくれたからだ!
待ってました、首を長くして待ってましたよ。ありがとう遥ちゃん!
「花音ちゃん?」
心の中でよっしゃぁあああと叫んでいたつもりなんだけど、体も反応して握りこぶしを作っていたよう……。
でもそれは嬉しかったからだよ?
「ごめん、すごく嬉しくて」
「そ、そう? ああ、でも恥かしい。笑わないで聞いてくれて、私も嬉しいよー」
「笑ったりしないよ! 相談はいつだって乗りたいもん」
「だって前に和田くんの相談しちゃったし、私って気が多くないかな?」
全くない、正常に戻っただけだよ。
和田くんの存在がイレギュラーだったんだよ、とうとう水原くんを好きになったという話が聞けてすごく嬉しい!
物語の通りになったんだ、2人が付き合う姿を見れるかもしれないんだ。
「和田くんは人が良いからみんなに好かれるんだ、だから恋じゃなかったんだよ」
「やだ、花音ちゃん、恋だなんて」
遥ちゃんの顔が赤くなる。
うん、すごく可愛い。恋する女の子は可愛いな。
「いつから気になってたの?」
「バレンタインの後かな」
おお、やはり和田くんへのチョコレートは行列で引いちゃったよね。お蔭で水原くんが見えてきたのかな?
「落ち込んでたら、友達が体育館に誘ってくれて……そこで」
「おおお」
そういえば、この前一緒にいた友達は先輩に憧れていると話していたから、気分転換に連れて行ったのか……グッジョブ! よくやった、お友達!
「すぐに教えたかったよ? でも花音ちゃん、明智くんが転校しちゃってなんだか寂しそうだったし、放課後も忙しそうで……」
確かにあの頃は余裕がなくて忙しかった。
目まぐるしくて走り回ってばかりで……でも納得したぞ、遥ちゃんが私に水原くんの事を打ち明けなかったのは、明智くんがいなくなって私が落ち込んで見えたせいなのか。
まぁ、それは例の氷室ゲームの資料を持っていかれて呆然としてただけなんだけどね。落ち込んでいる人に恋バナはしづらい。
「ごめん……いろいろ遥ちゃんに心配掛けてたね」
「ううん。でもホッとしたの」
「うん?」
「王子様と出会えたって聞いて」
「うんん?」
おうぢさま?
今、日常会話であまり聞かない単語を聞いたような。
「明智くんと付き合っていると思ってたけど、違うと分かって恥かしかった。考えてみれば、花音ちゃんは何も相談しなかったし、明智くんも花音ちゃんが好きって言ってなかったもんね」
もうやだ、と彼女は頭を振る。
危ないよ、遥ちゃんは華奢なんだから、目が回ってしまう!
「何度も言うけど、明智くんとは何もなかったよ?」
「もう、分かってるって。でも王子様の話は友達からじゃなくて、花音ちゃんから聞きたかったな……」
やっぱりそれか。『王子様』は止めて、遥ちゃん。好きな人が出来たら話すけど、その人は違うんだよ。
どうしたもんだろう、嘘が広まりすぎて辛い。口は災いの元とは、こういう事かも。
「入学式での一回、それだけだよ? 会ったのは」
「一目惚れだったの?」
違うの、違うのよ、高校の担任になる予定の人がその場にいたから、驚いただけなのよ。好みかどうかで判断すると、好きな範囲に入るくらいだけ。
私ごときが上から目線でごめんなさい。でもこれに関して冥加さんに対しても負い目が出来てしまっている。
格好良いけど、身も心も捧げたい! ……という乙女な気持ちが沸いてないのに、一目惚れしたと嘘を話してしまった。
もしばれても子供の戯言だと笑ってスルーして欲しいな。
「うん、まあ、素敵な人だなぁって」
「うんうん」
遥ちゃんは満面の笑みで頷いてくれる。だから尚更胸が痛い。
嘘は自分へ突き刺さる。
「一年半以上経ってからまた会えたけど、相手は大人だよ? こんな私を相手になんかしてくれないって」
「そうかな? 会いにきてくれたんでしょう! フェンス越しに微笑まれたって聞いたよ」
「ええ? そ……そうなんだ」
誰だ、激しい脚色したの。
それとも伝言板ゲームよろしく酷くなっていったんだろうか? 実際は意味不明な言葉を残してフェードアウトしていったのに。
他人事じゃないから、面白くないよ! ここで何か否定してないと、今後もっと酷くなっていくぞ? 絶対。
「でも残念ながら、相手には素敵な女性がいたのよ」
「嘘! そ……そんなっ」
あああ、遥ちゃん泣きそうな顔をしないで!
ごめんなさい、本当にごめんなさい。
「あのね、すっごく綺麗でスタイルが良くて……将来あんな人になれたらいいなって思える素敵な女性なの」
「え、あ、あの、ごめんなさい、私も……見てみたい」
「遥ちゃんもきっとビックリするよ。あーあ、私も早く成長したいな」
悲しき胸をそっと撫で下ろす。
後は学校に着くまでスタイルの話や髪の話をした。
よし、このまま遥ちゃんが『花音ちゃん振られちゃった』説を友人に話して広がれば、万歳だ。
靴を履き替えてると、遥ちゃんからお誘いを受ける。
「あのね、良かったら今日、お昼休みに体育館へ一緒に行かない?」
「え、いいの? 友達は?」
「先輩が抜けちゃたから、いつも1人で見に行ってるの……だからつき合って欲しいな」
「うん、嬉しい! ありがとう、一緒に行かせてね」
「うん」
和田くんの時と私を重ねて見ているのかもしれない。気を遣ってくれて嬉しいけど、複雑な気分だ。
廊下で別れる時も彼女は嬉しそうで、クラスへ大きな声で挨拶をしながら入っていった。
水原くんと同じクラスなので、毎日が楽しいんだろう。そんな彼女の恋心を羨ましく思いながら教室へ入る。
教室にはほぼ全員が席に着いており、楽しそうに雑談していた。
江里口くんが見えたが、机に体をうつぶせて寝ているように見える。疲労極まれり、かな? 大丈夫だろうか。
彼を気にしながら席に着くと、側に村野さんが寄ってきた。
「おはよう、伊賀崎さん」
「村野さん、おはよう」
嬉しそうな顔で挨拶をされた。が、……ちょーっと嫌な予感しかしない。
「昨日はどうだった?」
「……なにがかな?」
やはりあの話を聞きたいんだな。あえて言葉を濁してみる。
「いやねぇ! もう、王子様の事よ!」
しまった。止めて、大声で王子様言わないで。
「あ、俺も聞きたい」
「私も」
前の席の武智くんが振り返り、お隣の鬼塚さんもこちらへ体を向ける。
君らは何に飢えているんだ。……なんとなくは分かるけど、人をおもちゃにするのはどうかと思うよ?
「特には何もないわよ」
「俺見たよ」
武智くんの隣の席の、佐原くんが振り返る。
何を見た、佐原くん。いつも言葉少ない君が口を開くなんて怖いぞ?
「2人で話した後、大きな黒い車に乗っていったのを、見た」
なにぃいいい! 昨日の目撃者がいるなんて!? しかもよりによって、車に乗る所を!?
「……佐原くん、どこに居たのかな?」
「俺の家の前だったから」
「……そ、そううなの……家が近いんだね」
なんと、あそこが佐原くんの家でしたか……。なら声かけでもして私を助けてよ。冥加さんに追い込められて、可哀想だった私を。
「話を聞いてたなら、私の気持ち分かるでしょ?」
甘い要素は皆無だったから、私の立場を理解してくれると思う。理解者が増えるのは嬉しい。
「いや。プライベートは守るよ。窓は開けなかった」
なぜにそこは守る? 聞いててよ、そこ重要!?
あ、でも聞いていたら、『冥加』の件も聞く事になるから、佐原くんを巻き込んでしまう。
「何、どんな感じだったの?」
「たまたま窓の外を見たら、話し合ってたようだった……」
佐原くんの頬が染まる。ちょっとどこを見て何を思った! 勘違いさせる様な態度は止めてぇえええ。
心の中の私がかなり暴れているが、表面上は必死に笑顔を取り繕う。
「話し合って、どうしたのよ」
「プライバシーの侵害。俺も反省してる」
「きゃぁああ、もう伊賀崎さんってば!!」
村野さんが興奮して私の背を叩きまくる。
痛い、痛いよ? 村野さん。心もかなりダメージが来てるからね? もうお願いだから、手加減して。
「落ち着いて。ねぇ、佐原くん」
「ごめんね、伊賀崎」
「違うの。車に乗る時に女性が居たでしょう?」
「……いた」
「残念ながら、あの人には既に彼女がいたのよ」
「え」
村野さんの興奮が一気に収まる。
良かったよ……背中が痛いけど巻き返しのチャンス! 加納さんの話をしなくては。
「もうそれはそれは素敵な女性でね」
みんなの耳が私に向けられている。いい感じですよ、これは。
「身長が高くって顔も綺麗、スタイルも良くて優しい人なの」
「そんな人いるの?」
「いるのよ! 写真に撮りたいくらい。みんなにも見せたかった」
「本当か? 佐原」
「顔は見えなかったが、スーツの女性は……いたと思う」
クラスで残念そうな声が上がっていく。
君らは私をネタに何を期待しているんだ! 気持ちは分からなくもないが、今度は冥加さんと加納さんの件で盛り上がろう。
「2人の寄り添う姿は、目の保養だったよ! 本当に素敵だった」
「伊賀崎さん……」
みんな止めて、その目を、同情の目で私を見るのは止めて!
私は他人の恋路をこっそり見て、幸せ気分を味わいたいだけの小市民なんだから。
「あんな女性になりたいなって」
「伊賀崎なら、きっとなれるよ」
武智くんもお願いだから慈愛に満ちた目で私を見ないで。
もう何がいいのか悪いのか判断が付かない。
「おはようございます」
担任の先生が教室に入ってきた。
微妙なタイミングだけど、私が王子様に振られた話はこれで十分かな? 氷室くん対策の為とはいえ、結構な大事になったのでかなり疲れた。
授業をのんびり受けていると、昨日電話で愛梨ちゃんと学校で話そうと約束した事を思い出した。
忘れてたわけじゃないけど……話すとなると、昼休みか放課後になる。お昼休みは遥ちゃんに誘われたので、下校を途中まで一緒に帰ろうと誘ってみるか。
休み時間になると早速5組へ向う。
教室に近づくと、愛梨ちゃんがちょうど廊下へ出てくる所でタイミングよかった。幸先いいなと声を掛ける。
「愛梨ちゃん」
すると別所さんも一緒に教室から出てきた。
もしかして一緒にトイレだったりする? ……やだな、あの時のタイミングと似ている。
今更取り消すことも出来ず、私に気付いた愛梨ちゃんが振り返ってこちらに手を振る。
「花音ちゃん。どうしたの?」
別所さんが私を見て驚き、避けるように彼女の背に回る。なんで驚かれて怯えられなきゃいけないんだろう?
「あ、れ、別所さん、どうしたの?」
案の定、愛梨ちゃんが困惑している。
しかも彼女の腕を引っ張り、私から離れようと必死だ。
「頼元さん、早く行きましょう」
「ちょっと待って、花音ちゃんと」
「駄目よ、もう頼元さんは私達のグループなんだから、伊賀崎さんとは離れなきゃ」
…それはどういう意味なんでしょうか。
「でも花音ちゃんも友達です」
「裏切るの? 氷室くんを」
裏切る? 何を言っているの?
それとも氷室くんが係わっているのかな。
「裏切るも何も氷室くんと何もありません」
「いいえ、あなたは受け取ったわ」
「何も貰っていませんよ?」
困る愛梨ちゃんに、別所さんは体重を掛けて私から離れようと腕を引っ張る。だから愛梨ちゃんよろけちゃった。大丈夫?
「あの、少し話したいだけだから」
なるべく優しい声で話したつもりだが、別所さんは私を汚いものでも見るかのような視線でぼそりと呟く。
「汚い……あなたは不潔よ」
「それは、どういう意味かな」
これは喧嘩を売られている、で間違いないのかな?
お風呂にも入っているし、身嗜みだって気をつけている。爪だって整えてるから何を以って汚いといっているのか説明して欲しい。
「話したままよ、みんな知ってるわ。だから優しくしてもらっているのに、気付かないなんて、バカよね」
「主語かなにか抜けてない? いきなり不潔呼ばわりはどうかと思うんだけど」
かなり気分が良くない。それにしても愛梨ちゃんを楯にしての悪態は、情けないぞ?
別所さんは完全に彼女の背に隠れてこちらを覗き見ている。
「自分の胸に聞いてみれば?」
「身に覚えがなさ過ぎて困るくらい。どこが汚いの?」
「そうですよ。花音ちゃんは汚くありません」
1年の時に何もなかった相手からの攻撃は理由が見えなくて分からない。
愛梨ちゃんが私を援護すると、彼女は眉を顰めて注意する。
「騙されてるのよ、頼元さんはお嬢様だから」
「だから、何を騙しているの? きちんと質問に応えて?」
「体よ」
「体? どこが」
何か体臭でも? 一応気をつけているけど、不快な匂いでも出てる?
つい腕の匂いを嗅いで確認してしまった。
「ふざけて逃げてるのね」
ふざける?
まさか。私は真剣に考えているのに。
「あの男といい、明智といい、次の大人も……」
愛梨ちゃんの顔に緊張が走る。
「別所さん、勘違いしてます。花音ちゃんは何もありませんでした」
「どうして庇うの? 汚いのに」
ピクリと愛梨ちゃんの眉が動いた。
なんて事を言うのよ、彼女にとって一番聞きたくないセリフだよ? 急いで愛梨ちゃんから引き離さないと。
「別所さん、私に言いたい事があるなら、違う場所で話そう」
「近寄らないで、犯罪者の臭いがする!」
「!?」
すごい力で愛梨ちゃんを引っ張り、私から離れる。
彼女は事件の話をしているのだと思うけど、それよりも愛梨ちゃんだ。空ろな顔でされるがままになっている。
ああ、どうしよう。
「愛梨ちゃん、大丈夫?」
大きな声で呼びかけると、こちらに気付いて目に光が戻る。
「あなたに近づいたら、頼元さんまで引きずり込まれる、離れてよ!」
「別所さん、落ち着いてください」
愛梨ちゃんが彼女の手を握り、振り返る。
「駄目よ、伊賀崎さんはいろんな人と寝てるんだから……」
「そんな事ありません」
きっぱり話す愛梨ちゃんに安心した。今はまだ大丈夫みたい。
「私がそうだという証拠でもあるの?」
「みんな知ってるわ」
「あなたの言うみんなが誰か知らないけど、身に憶えのない噂は止めてよ」
「噂なんかじゃない!」
「なら、証拠を提示してよ」
昔の私ならば、上手く言葉を紡げず言い包められて泣かされた。でも今ならきちんと話せる。そして流されない。
「みんなが……」
「そのみんなを教えて? あなたが聞いた話を聞きに行くから」
「遠慮して言えないわよ」
「あのねぇ、根拠の無い噂をされたくないの。分かる?」
「あの犯罪者にやられたくせに」
なんだ、あの事件の憶測か。ならば何も動じる必要は無い。私は無事だったんだから。
「逃げる時に転んで怪我はしたわね」
「ほら」
「でも、みんなが助けてくれた」
「……」
別所さんがそっと目を逸らす。
「氷室くんに聞けばいい。犯人を気絶させたの、彼だから」
「……」
氷室くんの名前を出すと、すごい目で睨まれた。
「愛梨ちゃんが気付いてくれて、明智くんが駆けつけてきてくれて、氷室くんが倒してくれた。だから私は何も汚れてないし、嫌な目にも遭っていない」
「花音ちゃん……」
私は目一杯優しく微笑んでみせる。あの幸運は絶対に忘れない。
愛梨ちゃんが涙ぐむ。
泣かないで、私も一緒に泣いちゃうよ? 感動するところだけど、鋭い視線でそうもいかなそう。
「……ィ」
別所さんが親指の爪を噛みながら、ブツブツ何か言っている。
一体彼女に何があったんだろう。ここまで想像で毛嫌いするのはおかしい。潔癖症なんだろうか? 様子を見ていると、次第に何を言っているのかが分かってきた。
「なによ、なによ、なによ、なによ、なによ」
「落ち着いてください、別所さん」
尋常じゃない様子に愛梨ちゃんも驚く。
彼女は愛梨ちゃんにすがり付いて喚いた。まるで小さな子供だ。
「作り話なんでしょう? 本当はめちゃくちゃにされたんでしょう? だから先に車で帰ったんだ」
「いいえ、本当に大丈夫だったんです。運が良かったんです」
必死に私をフォローしてくれるけど、別所さんは認めなかった。
「あやしいよ、絶対にあやしい」
ギャラリーが集まって遠巻きに見られている。
あれだけ喚いていればみんな集まるだろう。問題は、5組の前という事だろうか。ちらりと教室を見るけど、私に突っかかって来るであろう人はいなかった。
「あれ?」
例の三人組は、あの情報通の女子は? キョロキョロと周りを見ると、トイレ向こうの教室棟の入り口からこちらに歩いてきていた。氷室くんと一緒に。
「何があったの!?」
氷室くんが人だかりに気付き、走って輪の中に入ってくる。
「あ、氷室くん、実は」
別所さんを慰めながら、説明をしようとした愛梨ちゃんだが、彼女に突き飛ばされ尻餅をつく。
私は急いで側に行き、愛梨ちゃんの肩を支えた。
「愛梨ちゃん!」
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
愛梨ちゃんを立たせて、制服の埃を払いながら溜息をつく。
「一体何なのかしらね」
「そうですね。私も何がなんだか……」
別所さんは氷室くんに抱きついて泣いていた。慰めていた愛梨ちゃんを突き飛ばして何も言わないのかと怒りたかったが、休憩時間はすでに終わっていて、授業にきた先生たちが何故廊下に出ていると怒りながら生徒を散らす。
「そうだ、愛梨ちゃん、一緒に下校しよう。その時に」
「わかりました」
彼女は頷き、教室へ急いで入った。とりあえず用件を済ませた私も1組の教室へ走る。
本当になんでこんな事になるんだろう? もしかしたら、氷室くんが私を助けた事に不満があるのかも。こればかりはどうしようもない。
「はぁ……」
私も頭が禿げそうだ。




