8. 独占欲
「急に喋らなくなった、図星だろ?」
片付けくらいはと、まだ二切れのスイカがのったステンレスのバットと皿を持ってキッチンへと入ったところでそう言われて足を止める。
「別に……スイカなんて食べてたら黙るだろう」
それもそうかと呟く彼が、俺の後を着いて歩きながらその手に持ったスイカにかぶりついている。
滴るような水音が二人の間に響いて、思わず浮かんだ安堵に似た感覚に目眩がしそうになる。
何を言い訳めいた事を言っているんだ俺は。
別にこの男が誰と何をしようと、自分には関係ないはずなのに。
「俺が声掛けなきゃあのコと寝た?」
カウンターに置いたバットが音を響かせると、その上にあったスイカが倒れた。
あの夜の光景が呼び起こされる。じめじめと張り付くような蒸し暑さと、上目遣いに見上げてくる後輩の女の子の濡れた瞳と唇が。
「そうかも」
投げやりな言葉で思考を止める。水栓から流れる水の音がキッチンに響く。冷たく濡れて心地いい手に、いきなり大きな手が乱暴に重なって掴まれた。
「……ちょっ……」
「駄目だ」
シンクに打ち付ける水音が鼓動と重なる。
背中に重なる体温が熱い。
「何……離せよ……!」
「あんな女やめとけ」
「は? 何の関係が……」
「ある」
「そっちこそホテルから女と出て来たくせに!」
身体を捩るのにびくともしない。こんなに大きなヤツだっただろうか。抑え込まれる。
「だからそれが嫌なんだろ?」
水栓から流れる水を止めるだけの余裕があった彼のゆったりとした動きに、なんだか腹が立ってしまう。こっちはこれだけ必死にもがいているのに。
「そうだろ? 」
「知らないよ! 」
背中から抱きしめる彼の吐息が首筋に触れる。身震いしそうになって深呼吸したのに、彼から漂う清涼感のある香りに目を閉じそうになる。
「もうわかってるはずだ、アンタは」
言葉が出ない。
言い訳がもう、思い付かない。
「何もしてないから、あの女とは」
「……そんなわけないだろ」
鼻で笑ってしまった。下手な言い訳は、別に必要ないのに。
「慣れてるんだろ? 女とも男とも」
悪態をついてる自覚はあった。罵倒されてもいいと思った。こうして抱きしめられているよりは。
「慣れてないとは言わない、でも何もしなかった、誘われて行ったけどアンタの顔がうかんで、妙に興覚めしたんだ、本当に」
抱きしめたまま、機嫌を取るように左右に揺すられる。耳に擦りつけられる彼の頬の感触が身体の奥を火照らせる。
「……ホテルまで行ってそれで済むわけないだろ」
「実はゲイでネコなんだって言った」
「猫? 」
猫の話がなんで出てきたのかはわからないけれど、ゲイだと言って切り抜けたという意図は伝わってきた。流されて言い出せずについて来たと言ったら、女性の機嫌は損ねたけれど、その場はそれで済んだと言っているのは、俺に対する釈明のようだ。
「そしたらアンタが女と歩いてるのが見えた」
お前呼びからアンタに変わったのは、彼なりに年上の自分への気の遣い方なのかもしれない。
「……後輩だよ、ただそれだけだ」
「本当に?」
「本当」
触れ合う身体の熱と、この感情の正体が掴めない。同じものをぶつけあっているようで、それがまるで分かり合ったかのような錯覚を生み出す。
そうだ錯覚に決まっているのに。こんな感情は初めてで鼓動が早なる。
顎に触れられて振り向かされる。目を合わせるのが嫌で視線を逸らしたのに、唇が重なって濡れた舌が入り込んだ。




