7. 太陽
シリンダー錠がガチャリと音をたてて回った。
ドアガードが許す限りの隙間に二人の視線がかち合う。
「なんで開けてくんないの」
「危機管理です」
しばらく前にワインボトルが勢い良く砕け散った玄関タイルは、今はもうすっかり綺麗だ。
「そんなに警戒すんなよ」
「……何のご用ですか」
休日の昼間にインターフォンを鳴らされて応対しているのだからまっとうな台詞と言える。
「スイカ」
「はい?」
眉をひそめたまま首を傾げると、僅かな隙間の向こうで長い髪を掻き上げる隣人が悪びれもなく笑った。
「どうしたんですかこれ」
自分の部屋とは反転した間取りの隣人の部屋のキッチンカウンターには、大きなスイカがでん、とのっかっている。
「送って来たんだよ」
そう言いながらスイカの前に立った男は、立ててあった木のまな板をあてがうようにしてスイカを転がしてのせると、包丁立てから手にしたそれで、手際よく深緑の立派なスイカを割って真っ赤な断面を見せた。
「なんでベランダ……」
「なんとなく」
蝉の鳴く声が響く。
角部屋のここはテラスと言うに相応しくゆったりしている。
テーブルと椅子が置かれているのは、丁寧な生活を送る彼らしいとも思ってしまう。
「ほら、食って食って」
ステンレスのバットには三角にカットされたスイカが並んでいる。
「いた……だきます」
うん、と返事する隣人はもうかぶりついている。
明るい陽射しの中で見ると、その肌は透き通るように白くて長いまつ毛が際立って見える。思えば彼を太陽の下で見たのは初めてだ。
噛みついたスイカがサクリと音をたてて水分に変わっていく。想定した以上の甘さが口の中に染み渡る。
「美味しい……」
「冷やしといたからな」
水音をたてて皮のほうへと近づいていく彼の口元から滴る赤い雫を見つめる。
「そんな風に俺の事見るのにつれないんだよな」
視線を上げると、目が合った。
「……別に……見てない」
「見てる」
「見てないって」
またスイカにかぶりつく。こうやって誰にでも気のある素振りをしてるくせに。
別に俺じゃなくたって。
脳裏に浮かんだあの夜の光景が、また視線を彼に向けさせる。
「ほら」
「……」
目が合ってしまって、話題を探す。
「送って来たってどこから?」
「静岡」
実家や親戚からだろうかと思いながら、地名しか言わない隣人がまたスイカにかぶりつくのを見つめる。なんだか踏み込めない空気を、この男は持っている気がする。他人の領域にはズカズカと入り込んでくるくせに。
「静岡はよく家族と旅行に行った」
「そうなの?」
都内の実家から新幹線での利便性がいい事や、年子の妹が居ることなんかをつい話してしまった。
「女キョウダイは居そう」
「そうかな」
喋りすぎてしまったのは、こんな眩しい太陽の下で話しているせいに違いない。開放的というか、警戒心が緩んでしまう。
「もっと知りたい」
そんな事を急に言われて視線を合わせる。
蝉が鳴く声に被せる台詞が出て来ない。
「他の人にもそんな事言うんだろ」
「言って欲しくない? 」
蝉の声が頭の中までこだまする。
言葉が浮かばないのは、この容赦ない太陽の陽射しと、蝉の輪唱のせいだ。




