11. 深い仲
自分の部屋だと思ったら違っていた。
見上げる天井に連なる三つのスポット型の灯りが、ドアと、部屋の中心と、窓の側にある植栽を照らしている。
ああ、ここは隣の彼の部屋だったと、眠りの深くからぼんやり浮上していく意識の中で思う。
腹の上にのせていた左手に、熱い体温が触れたのを、払いのけはしなかった。
エアコンで冷えたシーツが冷たい。
ベッドに座っていたつもりがいつの間にか彼の隣に寝そべって眠ってしまっていた。
「⋯⋯あったかい」
肩口に頭を擦り付ける彼が、そう言いながら、その重ねた左手の長い指を、俺の指の間にゆっくりと滑らせる。
心地良いと思った。
伝わる温度が自分の体温と混じり合っているように感じるのは、掛けられた毛布が、二人を繋いでいたからだろうか。
毛布の中で重なり合った指が、俺の手の形をなぞるようにゆっくりと動く。その動きは、まるで深い眠りから覚める自分をいたわるように優しくて、目を閉じる。
肩に擦り付けられていた額が耳のあたりに触れて、その唇が首筋に触れた。
熱い。
触れた唇が熱いのか、その感触に震えた自分の肌が熱くなったのか、繋がる毛布の中ではわからなくなっていた。
「……名前、教えて」
耳に触れた吐息を言葉として捉えるのに数秒かかった。
「名前?」
そういえば俺たちは知らない。お互いの名前を。
偶然、隣同士に並んだ、同じ形のドアの中で生活する、ただの、ただそれだけの、浅い繋がりの隣人同士だった。
「なんで今、名前なんか聞くんだよ」
「呼ぶだろ、今からお互い」
唇の感触なんてあったかどうか分からないほど、絡み合う舌は最初から勢いに手加減がない。
好き勝手に口の中を舐めまわされるのに応戦するように舌を合わせていると、彼の手がティーシャツの中に入り込んで脇腹に触れた。
「教えて」
「やだ……」
「なんで」
顔を背けると、首筋に唇が触れて身体をくねらせてしまった。どうしようもなく羞恥心が襲ってる。強がって言葉に勢いがついてしまう。
「今だけの相手と寝るヤツに、名前なんて教える必要ないだろ」
深い関係になってしまえば、そのぶん傷も大きい。
ドライなままの関係でいたほうが、一線を越えたとしても平気でいられる。大勢の中の一人にすぎないとしても。
「今だけなんかじゃない」
「どうだか」
腹の上で重なっていた左手を絡め取られて、シーツの上に押しつけられた。
「教えて、シュウ君」
驚いて息が止まった。
「……なんで……」
「遊んでたら探しに来た家族にそう呼ばれてただろ」
家族で行った旅館の大広間で、俺達は出会っていた。
記憶の奥深くに仕舞っていた記憶の中のあの子と、まさかこんな風に出会って、こんな仲になるなんて。
女の子だと思っていたあの子は、幼い日の彼だった。
「いつから……気づいて……」
「スイカ食ってる時かな、それまではなんか、なんでこんなに気になるのかなって、思ってた」
乗り上げて来た彼の視線を遮るために、瞼の上にのせた右腕を、今度は頭の上に押し上げられて、またシーツの上に固定される。
「アンタが俺の初恋の男」
顔が一気に火照るのがわかる。初恋なんて清らかな言葉を、今この状況で聞いてしまうなんて。
「スゲー顔真っ赤になってる」
「……うるさい」
顔を逸らしたいのに抑え込まれて身動きが取れない。
「教えて」
「……やだ」
「龍、俺の名前、本名は誰にも教えたことない」
彼らしい名前だと思った。
幼い頃の初恋の子は幻なのかと思っていた。
名前を呼ばれて、怒られる前に家族のところに走って行ったから、家族の誰に言っても、そんな子は居なかったと言われた。
幻の龍のような、思い出の中の彼も、確かに幻想のように美しかった。
「呼んで、名前」
「やだよ、そんな甘ったるいセックスしてきたのかよ」
「アンタとはしたい」
外国の映画のラブシーンじゃあるまいし、ましてや男同士で名前なんて呼び合う甘いセックスなんて考えただけで無理だ。
「呼んで、俺の名前」
「やだっ! 」
「呼ばせる」
「……んっ」
首筋に吸いつかれて鼻から抜けた吐息に、彼の息が乱れたのが聞こえて、もう、取返しのつかない境界線を今、踏み越えてしまったのがわかった。




