12. 夏の終わり
熱が引いていく男同士の身体は、絡み合ったまま軋みそうなくらい肌触りも悪い。
「離れろよ……もう」
「やだ」
後ろから腕も脚も巻き付けるように抱き込んでくる彼の黒くて長い髪が、俺の首筋に落ちる。清涼感のあるこの香りが、今も心地良く感じるのがなんだか悔しいのに、疲労感に目を閉じてしまう。
もう午後の気配だ。彼の寝室のこのベッドで、身体を揺らして夜を明かして、目覚めてまたその手に嬲られた身体は、もうダルくて仕方がない。
振り返りながら、もう一度言ってみる。
「離れろって……」
「ヤッたらそういうタイプ?」
なんだか酷い男のような言われようにムッとしてしまう。
別にコトが済んだら相手を邪険に扱うような真似をしたことはない。そもそも今までの相手は女の子だったから、気を使って相手の顔色を見ていた気もする。終わったら冷たいなんて思われないように、寄り添って……。
そこまで考えて、要はコイツが今している事がまさにそれなんだとわかると、やっぱり無性に恥ずかしくなってきた。
「そういうのいいから、離れろって」
ジタバタと腕も脚も動かすと、貼り付いていた大きな身体が、ゆっくりと溜息をつきながら剥がれていく。
「秀一」
離れていった体温の代わりに、甘く絡みつくように耳に響く。
「……うるさい」
「ヒドイ、秀一」
思った以上に重かった身体を起こすと、腰に鈍い痛みを感じる。わざとらしく女々しい高い声を出したヤツを振り返ると、枕まで抱きしめている。
「腰痛い?」
無意識にさすっていた俺の腰に触れてくる。
「しつこいんだよ、ねちっこいっていうか……」
「だって秀一が名前教えてくんないから」
教えないと言ったわけじゃない。最中に名前を呼ばれるのがなんだか甘ったるくてイヤだったのに。
「しつこい、ねちっこい、そして長い」
「なんだよ! ダメ出しする事ないだろ!」
抱き寄せようとした手は振り払った。
こんなにゴツゴツした男同士の身体が、あんなに溶け合っているみたいに感じたのだから、コイツはまぁ、上手いんだと思う。
床に落ちていた下着を拾い上げていると、するりと腰を撫でられて、どうも調子が狂う。あんな甘ったるいセックスをするタイプだとは思わなかったし、シャワーに一緒に入りたがるとも思っていなかった。
髪を乾かしてリビングに入る。
まだ身体に触れてきてシャワーから追い出した彼は、濡れ髪を纏めてパソコンの前に座っていた。
昨日から明け放していた窓の向こうからは蝉の鳴く声が鳴り響いて、シャワーで火照った身体から余計に汗が噴き出す気がした。
「いつも何見てるの」
「んー株、投資っていうか」
意外だった。仕事をしてるかどうかも怪しいと思っていたこの隣人が、モデルだと知った時と同じように驚いている。
「今、意外って思っただろ」
「思った」
「ギャップ萌えした?」
「……お前はすぐそうやって……」
笑った彼が向き直る横に立って覗き込んだ画面には、いくつものグラフが並んでいる。
「いつまでもモデルで食っていけないだろ」
「そうなのか?」
芸能人に疎い自分にはわからないが、雑誌の表紙を飾るほどの人気の彼もそんな風に思うのだろうか。
「俳優とか歌とか、なんかそういうのは俺出来ないから」
綺麗な横顔を見おろしてみる。スクリーン映しそうな、シミ一つない肌をしているのに。
「もともと黒服のバイトしてたら、スカウトされただけ」
そういえば初めてキスをしたあの夜、酔っ払いの世話は慣れていると言われたのを思い出した。
「運が良かっただけ」
「運だけで出来る仕事じゃないだろ」
画面から離した視線で俺を見つめながら立ち上がった彼が、いつものように俺を見おろしてくる。
また腰に腕を回されて、俺のほうが目を逸らした。
この甘い空気はいつまで続くんだろうか。
「蝉の鳴き声凄いな」
鳴り響く輪唱に話題を変えてみる。
彼も窓の向こうに視線を向けた。
「あれは求愛だから」
そう言う彼を見上げた。
「鳴くのは雄だけ」
「そうなのか?」
星や空を感じながら過ごしている彼の周りには、なんだかゆったりとした落ち着きを感じさせる空気が流れている。
それが彼が醸し出す雰囲気なのかもしれない。
「そう、一週間で相手を見つけるために鳴いてんの」
そう言って抱き寄せられてしまった。
またあの香りが漂って、自分からもそれが湧き立つ事に気がついた。
「暑い」
その身体を押しやると、廊下に向かう。
「秀一」
「うるさい、無駄に呼ぶな」
思い出すから、昨夜の二人を。
追って来る気配に足を速める。
「昨夜は可愛かったのに」
「しつこい、ねちっこい、そして長い」
「やめろよダメ出し、自信無くすだろ……」
「無くせよ、他所でヤれなくなればいい」
アイツが立ち止まっている間に素早くサンダルを履いて扉を開けた。
また蝉の鳴き声がけたたましく響いても、あのリビングよりは風を感じて涼しい。もう夏の終わりが近づいている。
「待てよ、今のつまりさ……」
追って来たアイツにまた腕を掴まれた。今度は振り返らない。
「待たないよ、そっち暑いんだよ、だから来いよ」
振り返らないまま言った。
「いいの?」
「エアコン直るまでな」
すぐ隣の同じ形のドアの鍵を回すと、背中から抱きついてくる。
「……だからお前、暑いって」
「龍って呼んでよ」
「呼ばないよ」
機嫌を取るように左右に身体を揺らして鍵が開くのを待っている。
「昨日は一回だけ呼んでくれたろ」
「しつこい、ねちっこい、長い」
中に入って行く二人の影が閉まったドアに遮られて、同じ形のドアが並ぶ通路には、蝉の鳴く声が響き渡った。




