変わってしまうプロローグ-2
「……」
(……?)
とりあえず、現状が夢ではないと認めざるを得ない。
この身体に関して確かめてない部分は多少あるが……。
少なくとも、女性的な部分が新しく備わり、男性的な部分が消滅した。
未使用だったまま、消えてしまった。跡形も無く。
ああ……、これぞまさしく人生の不戦敗ってやつか……。
……。
とまぁ、なんか思い浮かんだ言葉で勝手にダメージを受けてしまった。別にそこまで気にしてないが、なんとも虚しい。
しかしこんな目にあったというのに、意外にも焦りのようなものは感じない。
まだ現実を受け止め切れてないだけかもだが、とにかく次から次に疑問が湧いて出てくる。
はっきり言って、混乱の渦中からは逃れられていないのだが。
果たして、あれはどこまで本当にあったことなのか?
まどろむような闇の中の声。
霞む視界、奪われる体温、遠のく音。
答えを教えてくれそうな存在は……。
……。
……何となく無視というか後回しにしてたが、流石にそろそろ触れざるを得ないだろう。
「……ところでお前は何者」
(敵だ)
……?
……てき?
「……え、なに、お前、敵?」
(すごく近いね。ついてきて)
「おい」
黒い毛玉から何やら剣呑な雰囲気が放たれたが、自分に対してではなく、どうやら別に何かいるらしい。
よくわからないが、
毛玉はそのまま、壁をすり抜け……っておい。
「まて、おいまて……!」
普通に無視された。くそ。なんだ、さっきまで無視してたことへの意趣返しか?
とにかくジッとしていても仕方ない、急いで後を……。
……。
……そういえば何故か裸だった。
今の自分は、着ていたはずの服を身に着けていない。
帰宅後に部屋着に着替えてそのまま出かけたような記憶なんだが。あの服は何処へいったのだろうか。
まあいいや、適当に何でもいいから服を探そう。
目に入ったのは、その辺に脱ぎ捨ててあったTシャツと吊るしてあるスーツの一式。
ガバっとTシャツを被り、だぼだぼのワイシャツに袖を通す。全然サイズが合ってないが、着れなくもない。
つんのめりながらもスラックスも穿き、最後にジャケットを羽織る。
そしてここ、玄関前にある全身鏡の中に、男用スーツに着られている謎の女子が爆誕した。
……いやなんていうか酷いな。ギリギリ不審者かもしれない。
そもそも以前も着こなせていたかは謎だが。
しかし改めて自分の姿をまじまじと見ると、以前の自分の面影がありながらも亡き母のような雰囲気も少しある。
控えめに言っても、キレイ系だ。男としてはパッとしなかったが、案外悪くない見た目かもしれない。
というより、もし妹に兄ではなく姉がいたとしたら、多分こうだろう、という姿というか。
……ちょっと自分でも何を言ってるかよくわからない。
いや、そんなことはどうでもいいな。早く追いかけなければ。
・・・
「なんだアレ……?」
外に出たら毛玉が待っててくれたらしく、頷くような仕草をしてから再び移動し始めたので、黙って追いかける。
早朝、まだ人通りは少ない。それでも人目が無いわけではない。
だというのに、陽の光の下を浮きながら移動する謎の黒い存在を気に留めるような人は誰も居ない。
むしろ怪しい女そのものな自分に対する視線が痛い。
ああほんと、なんでこんなことになってるんだ……。と思いつつも、正直、不思議な高揚感もあった。
息が詰まるような閉塞感、停滞感を打ち崩してくれる、そんな期待感のようなもの。
まるで何かの物語の主人公にでも選ばれたかのような、子供染みた興奮。
……ああ、馬鹿げているとはわかっている。
冷静に考えれば異常事態だ。悪趣味な夢のようでありながら、理解せざるを得ない現実感。
今にも取り乱して発狂していてもおかしくない。
自分が狂ってないのは、何がわからないのかすらわかっていないから。
これから何をするにも、まず現状を知っておきたいと考えているから。
それがただの夢見心地な現実逃避だったとしても、今は向き合うための準備のようなものと思っておいた方が良いだろう。
深く考えてはならない。きっとまだ、そうすべき段階ではない。
おかしくなるのはもっと後からでも遅くないだろうから。
「……で、なにアレ」
視線の先、車道を挟んだビルとビルのスキマ。
そこに全身タイツの不審者がいた。いや、マジでそうとしか形容できない変態がいる。
成人男性くらいのシルエットで、今すぐ通報されてもおかしくない怪しげな人物。
(怪人だよ)
「まんま過ぎるだろ」
不覚にもツッコんでしまった。見たそのままにも程がある。
その怪人とやらは何やら一人で両手を挙げ、頭上でグルグル回したり、屈伸しながらブツブツ呟いている。もはやギャグレベルに怪しい。
だというのに、まばらな通行人はそれに一切反応しない。
ポッカリと、世界に空けられた空白かのような、黒い不自然。
(アレが君たちの敵だよ)
「全然話についてけないんだが……」
(僕たちギフターはあいつらを根絶するためにこの世界に来てるんだ)
「意味がわからん」
マジで何を言ってるのか何一つわからん。
最初に話を聞いてなかった自分も悪いんだろうが、専門用語を当たり前のように提示すんな。
なんか就職した会社のメンターとかいう教育係もそんな感じだったが、普通に困惑する。
こっちが理解してる前提でどんどん話を進めるのはヤメてくれ。
(でも最近、あいつら徒党を組むようになってて対処が大変でね)
「おい、無視すんな」
(ちなみにあいつら『クラヤミー』って名乗ってる)
「名前だっさ」
ネーミングセンスが子供向けアニメすぎる件。というかどこに対して名乗ってるんだよ、初めて聞いたぞ。
……ん? ていうか……怪人?
なんか最近……どこかで聞いたような……?
(手が足りないから手伝ってもらいたいんだ)
「……」
……。
そうだ。……思い出した。
「……なぁ、ちょっといいか」
(うん?)
「少し確認しておきたいんだが」
(何かな?)
あまり期待してなかったが質問に答えてもらえそうだ。
なら確認しなければならない。自分にとって、最も重要な核心を。
「ひょっとして、俺って死にかけてた?」
(そうだね)
「それって怪人の仕業なのか?」
(顛末は知らないけど、結果としては間違いなく)
ああ、やっぱそうだったのか。
だとしたら……、選択肢は一つしかない。
「手伝ってもいい。何をすればいい?」
(ありがとう、決断が早いね)
わかってないことは多い。というより結局ほぼ何も理解していない。
考えねばならないこともたくさんある。男に戻れるのかとか、会社はどうするとか。
まだこいつの名前も知らないし、何がしたいのかも実際のところよくわかってない。
それでも一つ、絶対に知っておかないといけないことを知ってしまった。
妹が怪人の噂を知っていた。その噂は妹の生活圏を舞台としている。
そして事実、自分は命を脅かされた。ここと実家はそこまで離れていない。
なら、自分と同様に家族が危険な目に遭うかもしれない。
決断するには充分だ。
(よし、ギフトは君自身の中にある。使い方は使おうと思えば自然とわかるはずだよ)
「……」
いや、そんな説明でわかるわけ……。
わか……。
……。
――『コンバージョン: ルミナス』
自然と、祈るように、手を合わせて握る。
視界の端。なびく黒髪の色が変わる。色素が抜けるように、黒から黄色へ。
似合ってなかった用済みのブカブカスーツは、ピッタリとしたシスター服に。
何をしなければならないのか。果たしてこれからどうなるのか。
何一つわからないままだが、何ができるのかは不思議なほどハッキリわかる。
恐怖も無い。自分が圧倒的な強者だということも、本能で理解できる。大丈夫、何も問題ない。
「……じゃ、やるか」
初陣ってやつを。
・・・
特段言うこともない。なんかゲームみたいなビーム一発であっさりと片付いた。
というか、この時の怪人は雑魚の中でもとびっきりの雑魚だった。
まるでチュートリアルかのように容易く、力の使い方を学べた。
この時、もう少し冷静に考えていれば気づけた問題もあっただろう。
とはいえそんなの、間違いなく不可能だったとは思うが。
そりゃそうだろう。冷静なつもりでいてなんだかんだ、混乱しまくってたんだ。
いきなり、これまで歩んできた人生が何もかも全部、覆ってしまったのだから、ある意味当然。
否応なしの致命的変化。滑稽な奇跡。不運な傑作。
これまでの人生の経験値では到底対処し得ない、不条理。
そう容易く飲み込んでしまえるものではない。
ともあれ、どうやっても起こった現実が変わりはしないのだから。
無意味にあがいている間にも時間は進み、勝手に世界は回り続ける。
結局、さっさと諦めて受け入れるのが肝心だったってことなんだろうな。
・・・
→【束の間のインタールード-1】
(次回6/27)




