終わりのオープニング-2
・・・
いまとなって思い返せば、あれは失敗したなと感じることがたくさんある。
その時は上手くやっていたつもりだった。
でも、本当なら、最初から最後まで正真正銘、一人で全部やりきるべきだった。
妹のこと。
そしてあの子にも、悪いことをした、のかもしれないな。
・・・
雑居ビルの屋上と屋上。眼下には人混み。
人々の日常的な喧騒の頭上を、非日常の存在が駆けていく。
魔法を使えば人の立ち入らない場所を行き来することも難しくない。
姿を隠す光の魔法。身を軽くする風の魔法。
人知れず魔法を使い、人目を避け、人々の脅威を取り除く。
変身した魔法少女には認識阻害がある。
非常識で非現実的な力である魔法は、目撃されても記憶を勝手に置き換えて本人を納得させてしまうということらしい。
それでも目立たないに越したことはないだろう。目撃されていることには変わりないからだ。
同様に記憶に残らないはずの『怪人』が多少なりとも噂として存在してしまっているのだから、認識阻害も万全とは言い難い。
幸いにも、自分には姿を隠すことに特化した魔法が使えるのでその辺りの対処は楽だった。
というより、自分は他の魔法少女と比べて格段に手札が多い。
問題に対して取り得る選択肢はいくらでもあり、少し大げさかもしれないが万能ともいえるだろう。
その分、制約も多いが。
(そこ。次のビルの隙間。路地裏の空白地帯にいる)
「よし、さっさと片づけるか。『エア・ストライク』」
移動に使っていた風の魔力をそのまま攻撃に使う。
引き絞られた空気が巨大な矢となり、甲高い轟音と共に怪しげな全身タイツの不審者たちをぶち抜く。
そいつらは絹を裂くような断末魔を叫び倒れていき、次々と物言わぬオブジェクトと化す。
D級の怪人は人の言葉を話さない。耳障りな単音で喚くだけだ。
その音もすぐに止み、ひと気のない路地裏に静寂が戻る。
あれらが『怪人』と呼ばれる、魔法少女の敵。
見た目は文字通りただの怪しい人間だが……、その実態はそれなりに危険な存在と言えるだろう。
子供の誘拐と解放、建造物の汚損や破壊、大人への攻撃や誘導、他もろもろ。
命の危険にまで及ぶことは少ないものの、何を目的にしているか分からず不気味な存在だ。
その身にまとう変態染みたタイツっぽい姿は魔力を帯びていて、一般人が見ても記憶の誘導などにより被害が分かりづらいという点もある。
「ま、こんなもんか。やっぱ雑魚だな。ざぁこ」
(おつかれ)
「疲れてはいないさ、ちょっと耳が痛いが」
(少し使い過ぎだよ)
「これくらい問題ないって。さっさと終わらせた方が楽だしな。じゃ、帰るぞ」
滞在時間は3分にも満たないだろう。我ながら、なかなかの早業じゃないか?
さ、鬼の来ぬ間になんとやら。面倒事は即時解決、即撤収に限る。
というわけでそそくさと逃げる準備をしていたが……。
(あ。残念だけど、もう来てるみたいだね)
「ちっ……」
「ちょっとちょっと、まちなさいよ。あ、まて、なに逃げようとしてんのシンフォニア!!」
ビルの影からスタスタ現れて立ち塞がった、ピンクっぽいフリルドレスの赤髪の女の子。
この子は、【魔法少女イグナイト】という火の剣を使う魔法少女だ。
その傍らには赤い毛玉が浮いている。
結構キャリアが長く、自分が魔法少女として戦う前からこの街を守ってきているらしい。他にも何人かいるとのことだが、活動範囲的によく遭遇するのがこの子。
少し前に怪人退治で鉢合わせてしまってからこうして絡まれるようになったのだが……、ぶっちゃけちょっとめんどい。
「……俺はもう帰る。邪魔なんだが?」
「話があるんだけど」
「話さない。どいてくれ」
「いや」
何だよ嫌って、めんどくせぇ。
シスターヴェールを引っ張って目深に被り直し、視線を切る。
魔法で振り切ることもできるが、どうするか……。
「だから、協力しなさいよ。だいたいなんであんた、そんな強い魔法をたくさん使えるの」
「話さないって言っただろ。協力もしない。帰るからどけ」
「……わたしたち敵同士じゃないでしょ、だったら少しくらい」
「敵じゃなくても味方でもない。仲間も必要ない。俺一人で十分だ。お前も帰って寝ろ」
「わたしがあんたより弱いからって……、ずるいじゃない! こっちの精霊はそんなすごい力の使い方教えてくれなかったのに……!」
「……『ミラージュ・エスケープ』」
自分の身体が、淡い光に包まれて空間に滲んでいく。
ぼんやりとし始めた視界の中、怒った表情で辺りを見渡す少女の横を素通りする。
……別に、この少女が弱いわけじゃない。さっきの怪人ごとき、この子でも瞬殺できただろう。
それでも魔法少女の力量としては自分の方が圧倒的に強い。年齢や魔力量などもあるが、それ以前に自分が少しズルをしているから。
魔法少女シンフォニア。風と光の魔法少女。
そういわれているが、実は使える魔法は他にもある。
属性は光、風、火、水、土。
この中で使うのは風と光がほとんど。他の魔法は基本的に使わない。
これは使いやすいのではなく、使い過ぎが分かりやすいからというだけ。
……まぁなんにせよ、それなりのチートがあってこその無双なわけで、あの子に同じことができるとも限らない。
というかできたとしてもやらせるべきじゃないだろう。これは、一度終わってる人間の方がふさわしい力なのだから。
「……撒いたか」
(あのギフテッドもかわいそうに)
「お前が言えることじゃないだろ」
(それもそうだね)
魔法少女たちが精霊と呼ぶギフター、彼らにもそれぞれ方針みたいなのがあるのだろう。
その中でこいつ、クネヒトが割と異端なだけで、普通のギフターたちはギフテッド……魔法少女にもっと優しくて甘い。
それで魔法少女と怪人との戦いが膠着しているのだから、少し皮肉ともいえる。
長引く戦いのなか、時間は必ずしも魔法少女たちの味方というわけじゃない。
魔法少女たちが徐々に協力し合うようになったように、数が減りつつある怪人たちも知能の高い怪人のもとに集まるようになっていった。
そうして怪人組織『クラヤミー』と名乗るようになり、魔法少女たちを挑発するかのように、より大規模な怪人事件を起こすようになってきている。
名前は冗談のようにクソダサいが、やってることは徐々に凶悪化の一途を辿りつつある。
一刻も早く、殲滅する必要があるだろう。
逆に考えれば、ひとところに敵が集まるようになったのだから好都合な面もあるわけだ。
怪人たちの本拠地が分かりさえすれば、そこを最大火力で一気に叩けばいい。
その時に巻き込んでしまうかもしれない味方はむしろ邪魔になる。
それに、取り零しはどうしても出てしまうだろう。
それを叩くために他の魔法少女たちには万全でいてもらわないと困るのだから。
「……ちょっと寄り道するか」
街なかを歩く人混みの中に、とある少女の姿を見かけた。
変身を解く前、魔法の効力が残っているうちに少し寄り道をする。
今の自分の姿を少し幼くしたかのような容姿。妹だ。
……兄がこんなことになってるなんて、思いもよらないだろうな。伝えるつもりも無いが。
そこに、一人の少女が合流する。
プリプリ怒っている様子のその子は、魔法少女イグナイトの変身を解いた正体。
「あ、ひーちゃんおかえりー」
「ただいま! あーもう、ちひろー、また金髪に逃げられたんだけどー」
「大変そうだねぇ」
「まったくだって、もう……」
のんびりした妹の千尋。元気いっぱいな友達の雛美。
友人同士、楽しげに談笑する様子は平和そのものに見える。
魔法少女が守っているのは、そうした日常なんだ。
そう、再確認するかのように。
……。
……。
少しだけ後方について歩いたが途中で足を止め見届け、二人の姿が見えなくなったところでようやく帰るとする。
こんな姿になってしまったが、新社会人として実家を出て一人暮らしを始めたところだったので一応、帰る家はある。
不動産会社や近所にバレたら少々マズいので気を付ける必要はあるが、まぁ当分の拠点としては問題ないだろう。
とはいえ、貯金もさほどあるわけでもないので、タイムリミットはある。今の姿じゃお金も稼げないし。
会社は退職代行を頼んで辞めた。風の魔法を使えば声も変えられるので、一応家族にも電話で伝えてある。
色々耳が痛いことも言われたが、仕方ないことだ。魔法少女の変身は装備や髪色が変わるだけで、前の姿に戻れるわけじゃないからな……。
「背水の陣ってやつだなぁ」
(大変だね)
「めちゃくちゃ他人事だな……いやお前らには関係ないことだろうが」
(大変だなぁとは思うよ。思うだけだけども)
自宅に戻り、変身を解く。
魔法少女のシスター服から動きやすい男女兼用の普段着に、黄色強めの黄緑っぽい髪から黒い髪に戻る。
……あの子にはちょくちょく金髪って言われるが、まぁ金髪にも見えなくもないか。
ちなみに使う属性を変えると髪の色が変わり、よく使う風と光で黄緑ってわけだ。
そして着替えずそのままソファに寝っ転がりゴロゴロ。
自宅に置きっぱなしのケータイを開き、怪人の噂を集める。
噂も案外バカにできない。
ほとんどガセだが、ちゃんと漁ればそれなりに有益な情報もあったりする。
合間合間で妹や両親とのチャットに返信もする。そうして時間を過ごすうちに夜が更けていく。
……続きは、また明日だな。
「寝るか」
(ちゃんとお風呂入りなよ)
「うるせぇ。わかってるよ、お前は母親か」
ああいや、この姿になって風呂が苦手になったのは事実だが。
妹とあんま変わらん姿だし多少罪悪感のような……とりあえず目をつぶって入るしかないな……。
・・・
→【変わってしまうプロローグ-1】
(次回6/23朝)




