8 私の世界が終わる日 1
今日はいい天気だった。
陽射しがポカポカと暖かく、まさに農作業日和だ。
1つ1つ手で苗を植えていく。それを見てマエルさんがうんうんと頷く。
「そうそう、そうやって一列に植えていくんだよ」
「はい、マエルさん」
日差しが少し強くて汗が流れる。
でもそれが心地よかった。
「うん、なかなかスジがいいじゃないか。さぁ、次の列も植えていくよ」
「はい」
田植えもやってみると結構楽しい。神と悪魔の手を使えば楽が出来そうだけど、こんなん見せたら果たしてどんな顔をされるやら。そう考えるとやはり使うのは躊躇われた。
一通り植え終わり、もう日も高くなって来た。そろそろお昼ご飯を作る時間かな。
「よし、じゃあそろそろお昼ご飯にしようかね。川へ行って足を洗ってこようか」
「はい」
靴と布巾を持ち、マエルさんと川へ向かう。ジルも向こうの田んぼで田植え中だ。
「おーいジルー、そろそろお昼ご飯にしよー」
少し遠目の位置から大声を出す。するとジルがこちらに気づき手を振った。そして田植えのペースを上げ始める。そして植え終えるとこっちに走って来た。
「待たせたな、行こうぜ」
「うん」
マエルさんとジルと私。
3人が横一列に並んであぜ道を歩く。
川は村の中を流れており、渡れるよう橋もかかっている。
「あはっ」
川の中に足をつける。流れる水がひんやりとして気持ちいい。さすがに全身だと寒いかな。
さすがに身体を洗う人はいない……と思ったら、前にジルが全裸で入っていたな。
川底は少しヌメるので注意をして歩く。流れは急じゃないのでそうそう転ぶこともないけどね。そうこうしているうちにジルがやって来た。
「ひゃっほーい!」
元気よく足に付いた泥を撒き散らしながら走って来た。これ、近くにいたら顔にかかるやつだね。そしてわざわざジャンプして川底に両足をつけて着地する。水が勢いよく飛び跳ねた。
「キャア!」
冷たっ!
ジルめ、わざとだな。
「きんもちいーっ!」
足でバシャッと水を蹴り上げる。その先にいるのはもちろん私だ。ケンカ売ってんのかごるぁっ!
「こらジル! やったな!」
とお!
お返しとばかりに水を蹴り上げる。すると底のヌメりに足を取られ……。
ずばしゃあああっん!
派手に後ろにすっ転んでしまった。お尻冷たい。びしゃびしゃだよ……。
「ぶはははははっ! だっせー」
ジルが私の無様な姿を見て泣くほど笑う。
なんかムカつくー!
「もう! ジルのバカ!」
ぶすーっ、と頬を膨らませ、あらん限りの声でバカと言ってやる。
そう、なんだかんだで楽しいのだ。こんな他愛のないやり取りも。ちょっとした日常も。
こんな日々が、ずっと続けばいいのに。
そのとき私は、本気でそう思っていた。
でも私はすっかり忘れていた。
あの日見た悪夢のことを⋯⋯。
私達が田んぼの片隅でお昼のおにぎりを食べていたときのことだ。
「侵入者だーーー!」
村人の大きな声。入り口の方からだ。
そして鳴り響くけたたましい鐘の音。あれは緊急時の警報だ!
入り口の方から村人たちが走ってくる。
彼らを追いかけているのは知らない顔。
「よーし野郎ども。男は殺せ! 女は奪え! だがババアは殺していいぞ!」
目つきの悪い大男が大声をあげる。
これってもしかして⋯⋯!
目の前が真っ暗になり、持っていたおにぎりが手からこぼれ落ちる。
そんなことはお構いなしに賊どもがその数を増やす。そしてその目つきの悪い大男と運悪く目が合ってしまった。
「……! みんな、逃げるんだよ!」
「テア、こっちだ!」
マエルさんが私たちを逃がそうと先に行かせる。そしてジルが私の手を引いた。私はどうしたらいいのかわからず、少し呆けていた。
「幼女は高く売れる! 捕まえろ!」
「こ、ここは通さないよ!」
「マエルさんダメ!」
マエルさんが私達を逃がそうと前に出る。だめ!
お願い、逃げて……!
「ババアどけ!」
「テア! 逃げ……」
まるでスローモーションを見ているような感覚。賊の振り下ろした刃がマエルさんの右の鎖骨に食い込む。そして身体を斬り裂くと、血が噴き出した。
この光景……。テアの記憶にもある……。
テアとしての記憶がフラッシュバックする。
目の前で両親が斬り殺され、赤い血がほとばしる。
その血を見て笑う賊ども。
もう死んでいる両親を脚を踏みにじり、私に手を伸ばす。
恐怖で叫ぶ私。そうだ、私はテア……。
この恐怖も悲しみも私のモノ。
コノ怒リモ私ノモノ……。
コノ殺意モ、ワ タ シ ノ モ ノ。
コ イ ツ ラ サ エ イ ナ ケ レ バ ……!
「アアアアアアア!」
私は涙を流しながら叫ぶ。悲しみ、怒り、色んな感情がごっちゃになる中、ドクン、と私の心臓が大きく跳ねる感覚があった。
(ニクイナラコロセ)
私の脳裏に声が響く。血が昂るのを感じる。
「テア、逃げるんだ!」
逃げる?
何を言っているの、ジル。
こんなの――許せるわけないじゃない!
委ねよう。この怒りに、殺意に、そして悲しみに……。
「……殺す!!」
静かな殺意。
久しぶりに出した天使と悪魔の手は10本にも及んでいた。私の殺意に反応し、マエルさんを殺した賊の頭に手が触れる。
――脆そうな頭……。
「爆ぜろ」
蚊の鳴くような声で告げる。
その瞬間、賊の頭は四散した。




