80 第2部エピローグ ロゼリアの明日
「マリーヌお姉様……、どうか、安らかに」
ロゼリア様がマリーヌ様の墓の前でしゃがみ、冥福を祈る。
本来、罪人が一族の墓に入ることは許されない。しかし、ミシェル殿下救出の褒美として、ロゼリア様が願ったのだ。
『人として、尊厳ある死を』
陛下はその願いを聞き入れた。本来なら公開処刑であるところを、人知れず処刑されたのだ。
ロゼリア様が立ち上がり、私達に向き直ると、深々と頭を下げた。
「皆様には、感謝してもしきれませんわ……。マリーヌお姉様は、人として、誇りに殉じることができました。マリーヌお姉様も最期は皆様に感謝していましたわ……!」
ぽたり、ぽたりと雫が地面を濡らす。ふるふると震え、その手は硬く握りしめられていた。
「ロゼリアさん……、立派だったわ。貴方は立派だった! 胸を張って生きて。マリーヌのために」
クレール様がロゼリア様を抱き締める。これからロゼリア様には多大な苦労がつきまとうだろう。
取潰しになった没落貴族の元令嬢というだけじゃない。
犯罪者の娘として非ぬ中傷を受けるかもしれない。だからこそ、クレール様は言いたいのだ。
私達がいる、と。
「クレール様、ありがとう、ございます……。ううっ……、ぅああ……」
ロゼリア様がクレール様の胸の中で涙を流す。
夕暮が、冷えないように精一杯、その霊園に光を注いでいた。
* * *
「兄上、あーっ! もう、もう兄上じゃないのかややこしい。いったいどういうことなのですか!?」
そう憤ってレオンに詰め寄ったのはレオンの弟、カイルであった。
「落ち着いてください、カイル様。どうなさったのですか?」
一方のレオンは既に平民のため、弟を様呼ばわりする。それが益々カイルには気に入らなかった。
「兄上に様付けなんてされたくありません! それより、どういうことなんですか。知らない内に僕に婚約者ができてるじゃないですか。しかも原因が兄上が廃嫡されたからで、そのお下がりとか……!」
カイルはまくし立てるように文句を言い続ける。
「そうか、家同士の約束だからそうなるんだな。すまないカイル。そこまでは配慮してなかった」
レオンが悪かった、と頭を下げる。
「配慮してなかった、じゃないですよ! 兄上は想い人といい感じなのに、僕は政略結婚ですよ!? 僕まだ11歳ですよ!? 初恋だってまだなのに……!」
カイルがトホホ、とがっくりと肩を落とした。それを見てレオンとミシェルが顔を見合わせ、どうしたものかとクレールに視線を投げる。
聞き耳を立てていたクレールも責任を感じ、話に割って入った。
「申し訳ありません、カイルさん。全ては、私の招いたことです。謝って済むことではありませんが……」
クレールがやって来てカイルに頭を下げる。
一方のカイルはというと。
すっかり、クレールに見惚れていた。
「綺麗な人……」
ポツリ呟く。
「「「へっ?」」」
それを聞いていたレオンやミシェル、野次馬達が素っ頓狂な声を上げた。
「貴方が……、クレール様?」
潤んだ目でクレールを見つめる。先程の怒りはどこへやら。
カイルの頭の中はすっかりクレールで頭がいっぱいになっていた。
「え? ええ、私がクレール•ド•ラ•ルミエールですが……」
「ぼ、ぼぼぼ、僕が婚約者のカイル•ド•ルーセルです! そ、その、必ず貴方に相応しい男になってみせますから!」
カイルはクレールの前で跪くと、その手を取って宣言した。
「え? え、ええ。き、期待していますね?」
いきなりのことで面くらい、クレールはちょっと照れていた。
「……これは心配する必要なさそうだな」
「……ですね」
ミシェルとレオンは向き合うとクスクス笑うのだった。
* * *
ロゼリアが登校すると、クラスメイト達がヒソヒソと囁く。
「どの面下げて学園に残ったのかしらね?」
「罪人の娘のくせに……」
その囁きは囁きというには声量が大きく、ロゼリアの耳にも容易に届いていた。
しかしロゼリアは何も言わない。
これはかつて自分がテアにしたことと同じ。テアは許してくれたが、それでもこれは因果応報なのだと甘んじて受け止めていた。
「聞いたぜ、お前、家がお取り潰しになったんだってな」
貴族の男子生徒達がロゼリアに突っかかる。顔をニヤけさせ、ロゼリアを完全に見下していた。
そんな彼らをロゼリアはしばらく見つめると、ふん、と振り返る。
「ええ、否定はしませんわ」
それだけ答え、席に着いた。
「しませんわ、だってよ。もう貴族でもないのにな」
「おっかし」
男子達が笑う。
しかしロゼリアは相手にしない。正直腹立たしいが、堪えていた。
「あら、何がおかしいんですの?」
そんな男子達をアンネが注意する。その隣には当然テアがいた。
「うげっ!」
「うげっ、とは失礼ですよ! 品がないですね。ロゼリア様の爪の垢でも煎じて飲んだ方がよろしいのでは?」
アンネがニッコリと嫌味たっぷりに告げる。
「はぁ? ロゼリアはもう貴族じゃねーだろ。様なんていらないだろ」
「あら、何か勘違いなさってます? 私は、ロゼリア様が尊敬できる方だから様を付けてますの。あ•な•た•た•ち•と違ってね!」
アンネが男子達を指差し、ふん、と蔑むような目で嘲笑する。
「あぐっ……!」
アンネの迫力に男子達はスゴスゴと退散していった。
「ありがとうございます、アンネローゼ様」
ロゼリアが立ち上がり、頭を下げる。
「……アンネと、お呼びください。私だけ、仲間はずれは嫌です」
アンネはそっぽを向いて頬を膨らます。その頬は少し紅潮し、照れているのが丸わかりだった。
「ふふっ、わかりましたわ、アンネ様」
ロゼリアがクスクス笑う。
それに釣られ、アンネとテアもクスクスと笑うのだった。




