78 愛してるわ、ロゼリア
「あらっ、仲良く氷漬けになりに来たのかしら?」
マリーヌが目を細める。数多の青い蝶が私達に襲いかかってきた。
「んなわけないでしょ! 魔法の網!」
「んなっ!?」
クレール様の手から飛び出す蜘蛛の糸。それらは青い蝶を絡め取ると凍りついていった。
「そぉれっ!」
さらにそのまま振り回すと、絡め損ねた青い蝶を巻き込んでいく。
「今よレオン!」
「わかってる! 身体強化!」
「私も! 滑空!」
レオン様が一気に速度を上げ、お姉様も滑空で飛び込んだ。
「んなっ!?」
めりっ……。
お姉様のドロップキックがマリーヌの顔面にクリーンヒット。
お姉様、結構おてんばだよね……。
その隙にレオン様がミシェル様を奪還する。
「よし、撤収!」
クレール様の合図で出口へと走る。
「逃がすもんですか!」
復活はやっ!
マリーヌはすぐに身体を起こす。
「いけっ、お前達!」
部屋の中に幾つもの紫色の魔法陣が浮かび上がる。そこから異形の悪魔達が姿を見せた。
「ディアーヌさん、ここは私達に任せて早くミシェル殿下を!」
ミシェル様を戻せるのはお姉様だけだ。今は一刻も早くミシェル殿下を戻す必要がある。
私達は襲い来る悪魔達の迎撃に、出入り口前で足を止めた。
「ミシェル、今助けるわ。解呪」
全ての魔法効果を打ち消す神聖魔法だ。これなら安全に解凍できる。
「破滅の爪牙!」
呼び出した魔神の手で悪魔達を引き裂く。
「闇の焔!」
「音速刃!」
「ふっ!」
近づく悪魔達を次々と葬り、ミシェル様の回復を待つ。
もう、マリーヌを説得できるのはミシェル殿下だけかもしれない。
「う……、ん」
「ミシェル、しっかりして!」
後ろから声が聞こえた。
どうやら解呪に成功したようだ。
「こ、ここは!? ディアーヌ、ここは危険だ、逃げるんだ!」
ミシェル殿下は目覚めるなりお姉様の心配をする。
「酷い、酷いわ貴方達! やっと、やっとミシェルが私のモノになったと思ったのに!」
マリーヌが凍りついたベッドを叩き、恨み節を吐く。
全身を震えさせ、涙さえも湛えていた。
「い、いったいこれは……!?」
「ミシェル殿下、マリーヌ様は本気で貴方のことを愛していた。ただそれだけです。貴方の言葉なら届くかも知れない」
「マリーヌお姉様は許されないことをしましたわ。でも、今は、今だけは、どうか、1人の女の子として……。後生ですから……」
クレール様とロゼリア様が訴える。
「いや、しかし……」
「殿下、恐れながら申し上げます。男として、ケジメをつけてやってください」
渋るミシェル殿下にレオン様が頭を下げた。
「……そうだな。レオン、お前がケジメを付けたように、私もまた、ケジメをつけよう。王子としてではなく、1人の男としてな」
ミシェル様は立ち上がると、レオン様の肩を叩く。それでこそ、お姉様が選んだ人だ。
「ミシェル、私は……!」
マリーヌはよろよろと歩きながら手を伸ばす。そこに魔性の女としての面影はない。
いるのは、恋に敗れた、ただの女の子だ。
「マリーヌ、聞くんだ!」
「はい、ミシェル……!」
ミシェル殿下がマリーヌに声をかける。するとマリーヌの顔から笑みが溢れた。
「僕は、ディアーヌを愛している。だから、君の想いには応えられない。すまない……!」
ミシェル殿下は自分の口でハッキリと気持ちを伝える。
マリーヌのしたことを責めず、ただ自分の想いだけを。
そして、深く、頭を下げた。
「うううっ……、うっ……」
マリーヌはその場で崩れ落ち、床に伏して泣き出す。
「やっぱり、そうなのね。なら、やっぱり私は!」
マリーヌが顔を上げ、憎悪に満ちた目で私達を睨んだ。
私は、白い蝶の翅を纏った。
今こそ伝えるべきだと思う。
ロゼリア様の気持ちを。
「ロゼリア様、あなたの気持ちを私の翅に」
ロゼリア様の得意な火の魔法。その中に、あるはずだ。
苛烈な炎ではなく、ただ、温めるだけの魔法が。
「マリーヌお姉様、私が、貴方の妹のロゼリアが! 心の氷を溶かして差し上げますわ……。暖」
仄かな熱が翅に伝わる。
これが、ロゼリア様の想い。姉妹の絆。
その想いは白い蝶となり、マリーヌを包み込んだ。
「なに? あたた……かい?」
白い蝶がマリーヌ様に触れる。
白い蝶は微かな温もりとなり、マリーヌ様の中へ溶けていった。
「そう、ロゼリア……、貴方は、こんな姉でも……!」
マリーヌが自らを抱き締める。涙を流し、嗚咽を漏らし始めた。
「マリーヌお姉様……」
ロゼリア様がそっ、とマリーヌ様に近づく。そして抱き締める。
マリーヌ様もまた、ロゼリア様を抱きしめた。
「馬鹿な姉を、許してちょうだいロゼリア……」
良かった……。
マリーヌ様は、人の心を取り戻せたみたい。
「その、マリーヌ。できる限り君のことは配慮しよう」
ミシェル様が声をかける。するとマリーヌ様が立ち上がった。
「いいえ、ミシェル。理由はどうあれ、裁きは受けるわ」
「お姉様、でも……!」
ロゼリア様の気持ちは理解できる。裁きを受ければ極刑は免れない。大事な姉を、失うことになるのだから。
「ロゼリア、私の中にもう1人いるの。そいつにまた暗闇に引き込まれるくらいなら、私は自らの誇りに殉じさせて頂戴。それが、貴族よ」
やっぱり、いるんだ。マリーヌ様の中にも。
「お姉様……」
「そんな顔しないで、ロゼリア。私の分も、幸せに生きるのよ。愛してるわ、ロゼリア。さ、行きましょう皆様方」
マリーヌ様の笑顔。それはとても優しげで、そして儚かった。
マリーヌ様とロゼリア様を先頭に私達は屋敷の出口へと向かう。
そして、屋敷を出た。
「ロゼリア!」
突如マリーヌ様がロゼリア様を突き飛ばす。
ヒュン――
そして、数多の魔法の矢がマリーヌ様を貫いた。
「お、お姉様……? お姉様ぁぁぁぁっっ!」
ロゼリア様の嘆きが、屋敷の前で響き渡った。




