73 銀色の蝶
「なんですのあれ……」
ロゼリア様の先導でエンゾ邸が見えて来たんだけど、そのエンゾ邸は変わり果てた姿になっていた。
「氷の……」
「城……?」
エンゾ邸の広い敷地は全て氷に覆われていた。窓の出入り口さえ凍りついており、そこから入るのは難しそうだ。
「あれが、私の家……?」
ロゼリア様が愕然とする。
見たところ屋敷の入り口は普通に入れるようだった。
入り口前の庭園も凍りつき、大勢の人達が横たわっている。
「あれは聖堂騎士団ね。もしかして全滅してる……?」
「降りてみましょう。まだ助けられる人がいるかもしれません」
私の癒神の力ならなんとかなるかと知れない。
「そうね、降りましょう」
ディアーヌお姉様も賛成し、私達は庭園に降り立った。凍っているのは建造物や花などで、幸いにも地面は凍ってない。
よく見ると、地面のあちこちに穴が空いていた。
どういうこと……?
いつでも逃げられるよう、飛翔は解除せず、残しておくことにした。
「酷い……!」
「これを、お姉様が……?」
横たわる騎士団達の傷は深い。身体に穴が空いており、中には身体の一部が欠損している人までいた。
それを自分の姉がやったと思ったのか、ロゼリア様の顔色が悪い。
「まだ助かる人もいると思います。癒神の力よ……!」
癒神の手を召喚、力を注ぐ。
私を中心に光の波紋が広がり、数人の騎士団員の身体が光に包まれた。
生き残ってるのは……これだけ!?
「誰か来たぞ!」
入り口の扉が開く。それをいち早く察したレオン様が前に立った。
「おやおや、今度は御学友ですか。マリーヌ様に何か御用ですかな?」
出てきたのは紫色のローブを身に纏った若い男だ。
しかしあのローブ、どこかで見たような気がする。
誰だろう、この人。
ロゼリア様を見る。うーん、知ってる風でもなさそう?
「誰ですの、あなた?」
うん、やはりエンゾ家ゆかりの人ではなさそう。
「私ですか? そんなものは無意味でしょう。それよりも、そちらの白い翅のお嬢さん。もしや貴方がテア様ですか?」
私を……、知ってる?
そうだ、思い出した。あの紫色のローブは、私に魔神の血を射った奴と同じものなんだ。
「……テアさん、知ってる人?」
「知らない人です。でも、ゾーア教団の関係者なのはわかります」
わかってたけど、やっぱり絡んでたんだね。
「いやはや素晴らしい! 魔神の翅は等しく紅のはず。それなのに白とは。実に興味深いですねぇ」
男がニヤニヤと私を舐め回すように眺める。
何こいつ……?
こいつの私を見る目はなに?
笑い方も薄気味悪いし、得体の知れない不気味さがある。
「そこをどいてもらおう。お前に用はない」
レオン様が剣を向ける。
私も別に戦いたいわけじゃない。道を空けてくれるなら、それに越したことはないよね。
「今、この私に言ったのですか?」
すん、と男から笑みが消える。
「そうだが? 邪魔するなら、斬る!」
レオン様が警告する。すると、男がワナワナと震え始めた。
「ふざけるなクソガキがぁっ! このドライ様を斬るだとおおおっ!? 舐めんじゃねぇぞボケナスぅぅぅっ!」
突然ドライとやらがキレる。
中指をおっ立て、表情が醜く歪んだ。
じょ、情緒不安定なのかな!?
「ふっ!」
その隙にレオン様が剣を振るう。
ドライの右手首が宙を舞い――
ボトリ。
ドライのすぐ側に落ちた。
「僕は本気だ。次は……、首を落とす!」
「い……!」
レオン様が更に警告を発する。ドライの方は全身を震わせていた。
「いぃぃぃでええええよぉぉぉっっっ! ああぁぁぁぅぁぅぁぅっ!」
そしてドライが突然泣き叫ぶ。
右手首から血飛沫を撒き散らし、地団駄を踏みながら後退した。
その様子に皆が引いている。
しばらく私達が呆然としていると、ドライがピタリと泣き止んだ。
「あー痛い」
無表情。
そして、ジロリと私たちを睨んだ。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺するるるるるるぅぅっ! 死ねやクソガキィィッ!」
またキレた!
なんなのこいつぅっ!?
私が驚いていると、レオン様がいきなり横に跳んだ。
そしてレオン様のいた地面から、突然巨大な針が飛び出す。
「逃がさん!」
もしかして……?
あちこちに空いていた穴の理由を察する。
「みんな空に逃げて!」
みんなに声をかける。
返事を待たずに私が飛ぶと、皆も一斉に飛んだ。
と、同時に。
ジャキン!
私達のいた庭園の地面から一斉に巨大な針が飛び出した。
「か、間一髪……」
「でしたわね……」
空中でホッと胸を撫で下ろす。危ない、気付かなかったらあの針で全員串刺しだった。
「ちっ、勘の良いガキどもだ。空中戦はあまり得意じゃないんだがな」
ドライの背中に紅い翅が生えた。
やっぱり。こいつも魔神の血を射たれた実験体だ……。
「お見せしよう、我が力を」
飛び出した針が浮かび上がり、それぞれが銀色の蝶へと姿を変える。それらは一斉にドライの周りに集まった。
ドライが紫色のローブを脱ぎ捨てる。その下からは紫色の紋様を彫った肉体が。
「では、始めようか」
ドライは無表情のまま、虚ろな目で宣言した。




