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救われないラスボスに転生したので運命を変えて幸せになります  作者: まにゅまにゅ
第3章 決闘の果てに

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71 動き出す狂気

「ごきげんよう、皆様方」


 マリーヌが教室に入った瞬間、ミシェルは凍りついた。聖堂騎士団がマリーヌの捕縛に向かったことを知っているからだ。


 しかし、それを知るのは極一部の生徒のみである。ミシェルはつい何があったのか気になり、失言をしてしまう。


「おはようマリーヌ。昨日は屋敷の方が騒がしかったようだけど、何かあったのかい?」

「あら、ミシェル様。王城の方から我が家まではかなり距離がありましてよ? なぜ昨日、我が家が騒がしかったと思ったのかしら?」


 マリーヌは少し寂しそうな顔でミシェルに問う。それでようやく、ミシェルは自分の失言に気づくのだった。


「そ、それは……!」


 ミシェルが言い淀み、後退る。


「そう、そういうことなのね……」


 その瞬間、教室の温度が下がった。


「な、なんだ? 急に寒く……」


 ミシェルの頭に警鐘がなる。


 ――逃げるんだ!


 しかし足が動かない。それどころか、なぜか彼女から目が離せなかった。


「酷いわ、ミシェル様。私はこんなにも貴方を愛しているというのに! そう、全部あの女よ、あんな女がいるからミシェルは私のモノにならない!」


 マリーヌは今まで見せたことのない絶望に満ちた目で叫ぶ。


「落ち着くんだ……!」


 ミシェルが声をかける。しかしマリーヌの耳にはもう、届かない。

 彼女の妄執は狂気に満ちた善意であり、純粋なる想いでもある。


「でもいいの。私の愛は永遠。それを凍らせた刻の中で教えてあげる」


 さっきとは打って変わったトーン。口元は三日月に歪み、笑っていない目の焦点はどこかずれている。


 得体の知れぬナニカに、ミシェルは金縛りにあったかのように身動きできずにいた。


「……!」


 声すら出せず、呼吸もおぼつかない。クラスメイト達もマリーヌの雰囲気に呑まれ、後退るので精一杯だった。


「さぁ、凍った刻の中で私と永遠に愛を語らいましょう!」


 芝居がかった台詞。

 マリーヌは自分に酔いしれ、何かを迎えるように両腕を広げた。


 マリーヌの背に紅い翅が生える。


 ――これはテアと同じ翅!?


 この場にはテアは元より、レオンもディアーヌもいない。

 それは、マリーヌを止められる者がいない、ということだった。


 無数の青い蝶が現れ、教室内を羽ばたく。


「怖がることはないの、ミシェル様。さぁ、蝶たちよ!」


 青い蝶がミシェルにまとわりつく。その触れた所からミシェルの身体が凍っていった。


 まるで氷に侵食されるかのように広がり、やがてミシェルは氷の彫像と化した。


 そのミシェルをマリーヌは愛おしそうに抱き締める。


「もう何も怖くないわ。ずっと一緒よ……、ミシェル」


 異様な光景にクラスメイト達は何も言えずにいた。


 あの青い蝶に触れたら終わり。


 皆それを理解したからだ。


 いや、1人だけいた。

 傍観者に成り果てたクラスメイト達を押しのけ、1人の女性徒がマリーヌに立ち塞がる。


「マリーヌさん、あなたの凶行、妹のロゼリアさんが見たら悲しみます。今すぐ殿下から離れなさい!」


 クレールである。

 しかしクレールも怖くないわけではなかった。


「……膝が震えてるわ、クレール様。貴方なら、私の気持ちを理解してくださるのでは?」


 まるで汚物を見るような目でクレールに目を向ける。


「私は……、貴方とは違います」

「どこが? 権力で婚約者になった女に言われたくないわぁ」


 クレールが否定する。しかしマリーヌはしっかり揚げ足を取り、心理的に優位に立つ。


「だからといって、貴方のやってることは犯罪だわ! 王家の人間に危害を加えるなんて……!」

「危害? 貴方は勘違いしているわクレール様。これは愛なの。邪魔するというなら、殺すわよ?」


 マリーヌは虚ろな目でクレールを見つめると、グニャリと微笑む。


「させないわ! 捕縛せよ、捕縛する蔦(ソーンバインド)!」


 教室の床を突き破り、蔦が伸びる。

 蔦は真っ直ぐマリーヌに向かい、その身を拘束した。


「さぁ、大人しく殿下を解放しなさい。さもないと……!」


 マリーヌの前に水球が生まれる。


「その程度で勝ったつもり?」


 蔦に蝶がまとわりつく。蔦は凍りつくと、瞬時に粉々になった。

 さらに蝶は水球にまとわりつく。水球が凍りつき、破裂するようにして粉々となった。


「なっ……!」

「うふふ、教室の中じゃ高い威力の魔法なんて使えないものね。でも私は使えるわ。だって、ミシェル様以外いらないもの」


 教室の至る所に紫色の魔法陣が現れる。


「みんな、すぐに逃げて!」


 クレールは危険を察し、クラスメイト達に逃げるように伝える。


 魔法陣の中から決闘の日、姿を現した異形の悪魔達が出現した。


「うわぁぁぁっ!!」


 クラスメイトだけではない。

 騒ぎを聞きつけて集まった野次馬達も、その悪魔達の出現に我先にと逃げ出した。


堅牢なる盾(ハイプロテクション)!」


 クレールは強固な魔法の盾を作り、皆が逃げる時間を作る。しかしそんな盾も青い蝶が数匹集まると、たちまち凍りつく。そして悪魔達の手によりいとも容易く破壊された。


「こうなったら遠慮なくいくわ、猛き風の流れよ、全てを押し返す壁となりたまえ! 風壁(ウィンド•ウォール)!」


 クレールの前を突風が吹き荒れる。その勢いに押され、青い蝶も悪魔達も教室の隅に追いやられた。机も椅子吹き飛び、窓ガラスを割って風が吹き抜ける。


「親切なのね、お馬鹿さん」


 しかしクレールはこれ幸いにと風に乗り、悪魔達にミシェルを運ばせて割れた窓から飛び出る。


「……すぐに先生に報告しないと」


 クレールは苦々しくほぞを噛む。クラスメイトを守るにはこうするしかなかった。しかし、その結果ミシェルは攫われ、マリーヌを取り逃してしまったからだ。


「あ、あれ……?」


 しかし今になってクレールの腰が抜ける。立とうとしても膝が笑って立てなくなっていた。


 ガクガクと身体が震える。


 ――もし、あの蝶が自分に触れていたら……。


 今になって押し寄せる恐怖に、クレールは動けなくなっていた。





 エンゾ邸の一室、マリーヌの部屋は全てが凍りついていた。


 その部屋の隅では凍りの彫像となったミシェルがベッドで横たわっている。


「ああ、やっと2人きりになれたわねミシェル……。もう、貴方を誰にも渡さないわ……」


 そのミシェルを、マリーヌが愛おしそうに愛撫し、口づけを与えていた。


 その幸せそうな微笑みは、異様なほど優しく、慈愛に満ちていた。

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