69 始まりのワルツをもう一度
テアとアンネがいつものように中等部の門をくぐり、校舎へ向かう。
その校舎の前にレオンは立っていた。
「レオン様?」
「おおっ、これはもしや!?」
テアがレオンを見つけると、頬を染め上げる。アンネは妙に期待した口調で心の内が漏れ出た。
「おはようございます、《《テア様》》」
レオンは晴れやかに挨拶をすると、テアに跪く。
テアは「なんでテア様?」と驚きつつ。
アンネは「キターーーッ!」と心の中で歓喜の声をあげ、レオンの次の言葉を待った。
「今の俺はもうルーセル家の人間じゃありません。ただのレオンです。そんな俺ですが、テア様。俺は、君が好きだ。だからどうか、君に相応しい男になるまで、俺のことを見ていていただけませんか?」
レオンがテアの手を取り、告白する。しかも、全初等部生徒の真ん前で。
テアはぼふっ、と全身から熱を感じつつも笑顔で答えた。
「はい、喜んで、レオン様……!」
テアが涙ぐんで両手で握り返した。
テアの答えに、周りの生徒達から歓声が上がる。
アンネは「よっしゃ!」と言わんばかりに拳を握り、強く引いた。
拍手をする者、口笛を鳴らして冷やかす者、声高々に祝福する者。
初等部の校舎前は一気に祝福ムードと化した。
そして噂は電光石火。
瞬く間に高等部へと広まった。
「おめでとーーーー!!」
レオンが教室に入るなり、クラスメイト達が両手を上げて祝福する。
「やるじゃねーかレオン! 初等部の白い蝶に告白したんだって?」
「しかも家を捨てたってマジか!?」
クラスメイトが口々に騒ぎ立てる。
「れ、レオン、本当なの!? ルーセル家を廃嫡されたって……」
クレールが青い顔をしてレオンに近寄る。ふらふらで今にも倒れそうだ。
「本当でございます、《《クレール様》》」
レオンが跪いて答える。
「じゃ、じゃあ婚約は……」
クレールの問いに周りが息を飲む。
「申し訳ありません、クレール様。貴方の気持ちは嬉しい。ですが、俺には何を犠牲にしても譲れない想いがある」
レオンが跪いて答える。
後悔しない。そう決めた以上、レオンは傷つける覚悟も持っていた。
「そっか……」
クレールが力なく笑う。
そして静かに、教室を出ていった。
誰にも、涙を見せないために。
そんな彼女を、誰も追うことはできなかった。
「しかし廃嫡とは思い切ったな」
「そうでもないさ。でも、後悔はしていない」
レオンはキッパリ答える。
「よくやったわレオン! そんなあなたに提案があるの!」
勢いよく扉が開き、A組にディアーヌが乱入した。
「提案……、ですか?」
ディアーヌの勢いに押されつつ、レオンは返事をする。
「そう。だから放課後顔を貸しなさい。絶対よ?」
ディアーヌはウフフ、と楽しそうに笑っていた。
* * *
レオンはディアーヌ達に連れられ、ユベルドー家当主バルトーク•ド•ユベルドーの前に立っていた。
その両脇にはディアーヌとテアが並び立っている。
「話はディアーヌから聞いている。君は、大した男だな」
バルトークは半分呆れ、半分は称賛のつもりであった。詳細をエリオットから聞いたときには、意味がわからないと固まったものである。
「もったいないお言葉です」
「いいだろう、君をテアの護衛騎士として雇おう。ただし、爵位の無い者に娘をやるつもりはない。いいな?」
「心得ております。この命に代えましても、必ずお嬢様をお守りいたします」
バルトークはレオンの言葉に満足すると、短剣を取り出す。
「レオン、君にこれを託す。意味はわかるな?」
バルトークは懐より、用意していた短剣を取り出す。その短剣にはユベルドー家の紋章が刻まれていた。
「これは……! ありがとうございます閣下」
レオンは謹んで短剣を受け取ると、懐にしまった。
「部屋を用意させてある。荷物は家の者に運ばせたから、必要な物は揃っているだろう」
「ご配慮、痛み入ります」
「娘を……、よろしく頼む」
「はい、俺はそのためにここに来ましたから」
バルトークが右手を差し出す。レオンはその手を取り、ガッチリと握手を交わした。
――テア、今日からは俺が君を追いかける番だ。
レオンは心新たに誓いを立てた。
そしてその夜、ディアーヌはシルヴァンとともにレオンの部屋を訪ねた。
「レオン、ちょっと付き合ってもらえるかしら?」
「あの服のままでも大丈夫か?」
シルヴァンがディアーヌに確認を取る。
「制服だし、いいんじゃない?」
ディアーヌがクスッ、と笑う。
「ええ、かまいません」
レオンが快諾すると、2人は付いてくるよう伝え、先導する。
行き着いたその部屋。
そこは、テアの部屋だった。
ノックも無しにディアーヌが扉を開く。
その奥には、白いクチュールドレスを着たテアが立っていた。
「今夜だけ、見逃してやる」
シルヴァンがレオンの背中を押した。
「一曲だけよ? 音楽は、ないけどね」
ディアーヌがさらに背中を押すと、レオンはたたらを踏みながらテアの前に辿り着いた。
そして扉は閉じられる。
テアがドレスの裾を広げ、挨拶をする。レオンもまた、その意味を理解して貴族式の礼をした。
そして音の無いダンスが始まった。
優雅に、優しく、慈しむように。
それはあのデビュタントの再現。
――もう一度。
――ここから始めよう。
2人の気持ちが重なる。
――もう、自分の気持ちに嘘はつかない。
――もう、君を離しはしない。
ワルツが終わると2人は寄り添う。
言葉にはしていない。
それでも伝わったと、2人は確信する。
あの日、
すれ違ってしまった想いは。
今度こそ、
同じ歩幅で踊り始めたのだから。




