67 紅い蝶に込めた想い
「その、テア様。ちょっと相談したいことがございますの。よろしいかしら?」
翌日の放課後、ロゼリアは意を決しテアに相談を持ちかけた。テアはしばらくロゼリアの目を見る。
――なんだろう、もの凄く気を吐いている。
「はい、もちろんです」
仲直りしたこともあり、テアは相談に乗ることにした。アンネもいい傾向だとうんうんと頷いている。
「聖女様……、ディアーヌ様にも相談しなければならないと思うの。でもあまり他の人に聞かれたくないわ」
それでテアはなんとなくピンと来るものがあった。それはテアも知りたかったことである。
「わかりました。アンネ、迎えの馬車には待っていてもらうよう頼んでくれる?」
「わかりましたテア様」
アンネはテアに頼まれると、すぐに迎えの馬車の方へと向かった。
「レオン様も巻き込みましょう。仲間はずれにしては可哀想です」
「それがいいですわ。いえ、むしろそうすべきね」
テアの提案にロゼリアが快諾する。ロゼリアとしてもお近付きになるチャンスなのだから願ったり叶ったりであった。
しかし問題もある。ロゼリアとしては自分の行動をマリーヌに知られるわけにはいかなかった。
「ですが、故あって私は高等部の校舎に近づくわけにはいきませんの。呼び出しの方、お願いしてよろしいかしら?」
「ええ、大丈夫です。では、講堂裏に集まる、ということでよろしいですか?」
講堂裏はどちらの校舎からも近い位置にある。人の集まる高等部中央訓練所を抜ければすぐの所であった。
「そうですわね。そこならあまり人も来ませんし」
ロゼリアは少し考え、多分大丈夫だろうと判断した。
* * *
「それで、殿下はわかるのですが……、なぜクレール様まで?」
講堂裏にはロゼリア、テア、ディアーヌ、レオンの他にミシェル第一王子とクレールまで集まっていた。
ロゼリアとしては完全に想定外だ。
「あら、レオンとテアさんとロゼリアさんが揃ってるのに、私だけ仲間はずれは酷いんじゃなくて?」
「あははは……、さすがに断れませんでした」
テアも本意ではなかったが、さすがに気が引けたのだった。
「私もディアーヌがテアを引き連れてレオンを呼びに来たからね。男がレオン1人だと可哀想じゃないかと思ってね」
ミシェルの目的はもちろんディアーヌである。そのためにはテアに何としても懐かれたかった、という下心があった。
「まぁ、仕方ありませんわね。話というのは他でもありませんわ。決闘のとき現れた禍蛇についてなのです」
ロゼリアはため息をつくと、すぐに話を切り出した。協力を仰げれば心強いメンバーなのは間違いない。そう思うことにしたのである。
「あら、やっと話してくださるのね。あのとき現れた悪魔といい、生徒会や先生方が調査しておりますのよ?」
「知ってますわ。そのときはどうしても話せない事情があったのです」
実際、ロゼリアの方にも生徒会や先生からの聞き取りがあった。しかし、言うわけにはいかない。
あの力はどう考えても深い“闇”がある。追及を受ければ家そのものが罰を受ける可能性すらあったからだ。
「事情……?」
「まずは話を聞こう。続けてくれ」
クレールが不満そうに漏らすと、ミシェルがちゃっかり場を取り仕切った。頼れる男を演じるため、ミシェルも必死なのである。
「結論から申しますわ。あの禍蛇はマリーヌお姉様からもらったもの。そして、悪魔を召喚したのも……」
ロゼリアが意を決し話す。
そのとき――
ロゼリアの影が揺れた。
『あの方の意に背いた者に制裁を、清らかなる聖女に死を!』
突如不気味な声が響く。
「……?」
ドスッ。
皆からは突如ロゼリアの腹から剣が生えたように見えただろう。
血飛沫が、舞った。
時間がゆっくりと流れる。
ロゼリアが血を吐いた。
ゆっくりと、前に倒れ伏す。
血に染まる地面。
その後ろに――
真っ黒な、影がいた。
テアが動く。
魔神の手が影を引き裂こうとその爪を向ける。
――こいつ、危険だわ!
その影はその手をことごとく剣で弾き返し、ディアーヌに剣を向ける。ミシェルが素早く剣を抜いた。
「ディアーヌ!」
守る。そう決め、立ち塞がった。
『どけ』
影がミシェルを蹴り飛ばす。
「ぐふっ!」
壁に打ち付けられ、ミシェルが呻いた。それでも、視線は逸らさない。
『貴様は殺さん……。安心して逃げるがいい……』
影がくぐもった声で喋る。影は次第にその形を整え始める。
それは――
顔が髑髏の騎士だった。
「殿下、お逃げください!」
レオンが素早く剣を抜き、騎士に斬り掛かった。
涼やかな金属音が鳴り響く。
剣を交わすこと数合。
『飽きた……』
騎士の剣が少しだけ速くなる。
「くっ……!」
軽く一閃。
狙いすまし、レオンの剣を弾く。
レオンの剣が宙を回転し、後方に突き刺さった。
『未熟なり……!』
剣を突き付けられ、レオンが尻もちをついた。
「レオン様!」
テアが8本の魔神の手で騎士を殴りに行く。タイミングをずらし、8方向から攻める。
『遅い……』
しかしその全てを軽々と弾かれた。
『邪魔だ……』
一閃。
騎士にしてみれば寄ってくるハエを追い払う程度のもの。
「……っ!」
それでもテアにその剣を躱すことは叶わなかった。
テアの立つ地面に血が滴る。制服が左の腹から右肩にかけて裂けていた。
タラリと垂れた制服が血に染まる。それでもテアはレオンを庇うように前に立った。
――強い。
勝てないかもしれない。
それでも――
テアは覚悟を決める。
レオンは立てずにいた。
圧倒的な実力の差。
それを感じずにはいられなかった。
戦えば――
死ぬ。
レオンは四つん這いになり背を見せると、後ろへ下がってしまった。
その方向に――
剣があるにも拘わらず。
彼は、その剣を手にしなかった。
テアは察する。
――誰も、勝てない。
でもここで逃げたら、みんな死ぬ。
――怖い。それでも……。
不退転の覚悟を胸に、テアは力を振り絞る。
「レオン様、逃げてください。お姉様と、みんなをお願いします……」
テアは振り向かない。
振り向かずに告げた。
レオンは未だ立ち上がれない。
身体が、動かなかった。
剣を飛ばされた手が、未だに震えている。
手が痺れていたからではない。
レオンは負けたのだ。
“死”という恐怖に――
そんなレオンの前に、テアは立つ。
傷つきながら。
あんなに、小さい身体で――
僕は――こんなときに!
テアの後ろ姿が彼の目に映る。
レオンはそのとき、初めて知った。
「あの髪飾りは……!」
テアが、“紅い蝶の髪飾り”を付けていたことに。
それが、レオンを愕然とさせた。
あんなに辛い想いをさせたのに。
あんなに傷つけてしまったのに。
――どうして君は……!
それでも――
テアは紅い蝶を選んでくれていたのだと知る。
レオンは思い出す。
「忘れていたよ……」
君が紅い蝶なら僕は――
レオンは立ち上がる。そして今一度剣を手にした。
それが――
僕の、願いだ!
『終わりだ!』
傷つき、倒れたテアに凶刃が迫る。
テアは血だらけでうめき、動けないでいた。
ギィン――
その凶刃を、レオンが受け止める。
「もう、僕は、いや俺は!」
レオンが顔を上げる。
――もう、迷わない!
『ぬうっ!?』
レオンが、凶刃を力で押し返した。




