66 思い出した誇り
「その、今まで本当に悪かったですわ。謝って済む話ではありませんが、本当にごめんなさい! それと、助けてくれて、ありがとう……」
とある朝、いきなりロゼリア様に頭を下げられました。
どういう風の吹き回しだろう?
「頭を上げてくださいロゼリア様。突然どうされたのですか?」
らしくない、と言ったら言い過ぎだろうか?
でもそれくらい私には彼女の行動が衝撃的だった。
「……いくら私でも、生命の恩人に対する態度くらい心得てますわ……」
少しシュンとしてロゼリア様が答える。ちょっと自己嫌悪入ってる?
「えーっ、でもあれから1週間も経ってるじゃないですか。遅くないですか?」
アンネは相変わらず容赦無しだ。悪気があるかは知らないけど。
「お、乙女には心の準備というものが必要なのですわ! それに……」
「まぁ、わかりますけどね。今まで散々無視や意地悪しておいて、どの面下げて謝ったらいいか、わからなかったんですよね? ホント、クラスの中にはテア様に生命を助けてもらった人もいるっていうのに酷い話です」
アンネがストレートにクラスメイト達ごと貶す。アンネ、相当怒ってたもんね……。でもここは私がアンネを抑えてあげないと。
「いいんですよ、アンネ。感謝されたくて助けたわけではありませんから。それに、化け物呼ばわりは慣れてますので」
私の能力は確かに端から見れば化け物だろう。自覚がないわけじゃない。
それでも、私はこの能力に誇りを持っている。これは、人を守れる力でもあるのだから。
と、私が1人納得していると、皆が慌てふためいて動き出す。
ガタガタガタ!
そして全員が一斉に私に向かって土下座をした。
……なにごと?
「す、すいませんでしたぁぁっ!」
全員の声が一斉にハモる。
「いやー、テア様も言いますねぇ。結構エグいですよ?」
「え? 私、何か酷いことを言いましたか?」
「自覚、ないんですね……」
えーっと、私なんかやっちゃった?
* * *
「マリーヌお姉様、お話がございます」
ロゼリアは家に帰るなり、マリーヌの部屋を訪れた。
「あらロゼリア。お話ってなにかしら? まぁ、とにかく入りなさい」
マリーヌはロゼリアを部屋に招き入れると、ソファに腰掛ける。そしてロゼリアを隣に誘った。
「……失礼しますわ」
誘われるままロゼリアが腰掛ける。
「それで、お話とは?」
「ずっと気になってたのですが、あの日大量の悪魔を喚び出したのって、もしかしてマリーヌお姉様なのでは?」
それはずっと頭にあった疑念。しかしこの時まで聞く勇気を持てなかったのだ。
「あら、なぜそう思うの?」
マリーヌは涼しい顔で聞く。
「お姉様がくださった禍蛇ですわ。あれは私とテア様以外には見えていませんでしたわ。あれはいったい何だったのですか?」
ロゼリアは正直、聞くのが怖かった。それでも聞かなければならないと、己を奮い立たせる。ロゼリアは姉を止める決意をしたからだ。
「今になって聞くのね。どうでもいいじゃないの。ま、でもあのテアって小娘のことは予想外だったわ。まさかあんな化け物がいるなんてね」
必死なロゼリアに対し、マリーヌはつまらなさそうに自分の髪をいじっている。その態度も含め、テアを化け物呼ばわりしたことに腹を立てた。
「聞く勇気が、なかったからですわ。それと、テア様は化け物ではありませんわ!」
「あら、化け物って私に言ったのは誰だったかしら?」
マリーヌが嘲笑う。その言葉にロゼリアは言葉に詰まった。
「そ、それは……!」
視線を外したロゼリアの目を、追うようにしてマリーヌが顔を近づける。
「それで、また欲しくなったのよね? いいわよ、あのテアって小娘にも負けないくらい強いのを用意してあげるわ」
しかし、そんな誘いをロゼリアはキッパリと断った。
「結構ですわ! 私、クレール様とテア様とは恋のライバルですが、敵というわけではありませんの。姑息な真似はせず、正々堂々といたしますわ」
ロゼリアは胸に手を当て、堂々と答える。
「そう、それはつまらないわね」
「それよりも、ですわ! あの禍蛇とはいったいなんだったんですの? どうしてお姉様は、あんなにたくさんの悪魔を喚べたんですの!?」
ロゼリアはそこがどうしても気になった。だが本当に気になったのは、誰が姉をこんな風にしてしまったのか、であった。
しかし、その質問はマリーヌには禁句に等しかった。刺すような視線でロゼリアを射抜き、その呼吸さえも止める。
「ロゼリア、好奇心は猫を殺す、って言葉があるわ。私のことは他言無用。言ったら殺すわよ?」
ロゼリアの目を見て口角だけを上げる。
その笑みにロゼリアは人外のナニカを見たような気さえした。
「……! わ、わかりましたわ。これ以上は聞きませんわ……。でも、その代わり、こんなことは止めて欲しいのですわ」
完全に気圧され、ロゼリアは顔を青くさせる。そして悟る。
自分1人では無理だ、と。
「ふーん? ま、考えておくわ」
マリーヌはそんなロゼリアの考えを見透かすようにほくそ笑む。
そして、一瞬だけ自分の影に視線を落とした。
ロゼリアは気づかない。
足元の影が一瞬揺らいだことに。
――まだ役に立ってくれそうね。
部屋を出るロゼリアを見送ると、マリーヌはこみ上げる笑いを必死に堪えるのだった。




