65 親の心子知らず
「レオン、もう逃さないわよ?」
ディアーヌを始め、幾多の女生徒、男子生徒がレオンを取り囲んでいた。
「ちょ、ちょっと待ってもらえないか!?」
ディアーヌが青筋を立てて怒っていたため、レオンは完全に気圧されていた。
「そうね、心の整理には時間も必要。それは理解してるつもりよ?」
ディアーヌはニッコリ笑顔だが目が笑っていない。ディアーヌの後ろに控える女生徒たちの圧も凄まじかった。
「でも、これだけは言っておくわ。テアは覚悟を決めたわ。逃げてるあんたと違ってね」
嫌味たっぷり、善意皆無に突きつける。
「覚悟って……」
その場にいなかったレオンにはなんのことやら、であった。
「お待ちくださいませ」
その時、動揺しまくりなレオンに対し、助け舟を出す者が現れる。
「クレール様、止めないでください。私、さすがに我慢の限界なんです」
ディアーヌは正直ブチ切れていた。決闘の後の2人の雰囲気。あそこは普通、告白してくっつくもんじゃないの?
と思っていたほどなのだ。
「ええ、お気持ちはわかりますわ。ですが、それはフェアではありません」
「フェアでは……、ない?」
フェアではない、とまで言われるとクレールの言い分を聞かないわけにはいかなかった。ディアーヌはレオンの襟首から手を離し、クレールに向き直る。
「ええ、そうですわ。ディアーヌさんがレオンに促したいことは“テアさんを選べ”ってことだからです」
「……否定はしないわ」
クレールの指摘にディアーヌは正直に答える。ディアーヌにとってはそれが当たり前だからだ。
「私は今レオンの正妻として愛されるか、それとも愛のない政略結婚で終わるか、の瀬戸際にいるのよ? それを第三者のせいで決着をつけられるなんて堪えられないわ」
「うっ……!」
しかし、クレールの正論に同じ女として反論の余地はなかった。ディアーヌは言葉に窮し、一歩下がる。
「同じ女性として、私の気持ちを理解してくださいますよね?」
「わ、わかりました……」
クレールの笑顔の圧にディアーヌは完敗する。こう言われては引き下がるしかなかった。
「わかってくれて嬉しいわ。さすが聖女様。公平でなくては未来の国母は務まりませんものね」
さらにクレールが畳み掛けた。今度は褒め殺しである。
「ま、まだ候補の1人ですけどね……」
味方につけられるかも、と思うとディアーヌは強気に出られなくなってしまった。
「ご謙遜を。ミシェル殿下とお似合いなのは、ディアーヌさんだと私も思っていますよ?」
クレールは一切笑顔を崩さずディアーヌを言いくるめる。
「そ、そうかしら?」
一方のディアーヌはもう引くしかないとわかっていた。このまま自分の感情を押し切るメリットが既に奪われているからである。
「もちろんです。ですので、野暮な真似はしない方が得策と存じます」
「そ、そうね、わかったわ。確かに私が口を出していい問題じゃなかったわね。申し訳ありませんでしたクレール様」
ディアーヌは素直に謝罪すると、廊下にへたり込むレオンを置いて立ち去っていった。他の生徒達もそれに続く。
クレールはへたり込んで呆然としているレオンに微笑みかけた。
「情けないレオン。でもね、みんなが失望しても私はあなたを愛せるわ」
耳元で囁き、テアには無い武器でレオンを包み込むのだった。
* * *
家に帰り、レオンは自室で1人、頭を抱える。
「僕は……、なんて情けないんだ!」
憤りに任せ、机を叩く。
机が揺れ、開けたままのインクボトルからインクが溢れた。
「あ……」
ほんの数滴だが、机が汚れる。レオンはそれを慌てて拭いた。
「クソッ……!」
自分の心は決まっている。
それなのに、自分自身は何も動いていない。そのことに気付かされ、自分がますます嫌になってしまった。
「とにかく、できることをしよう」
レオンは立ち上がる。
そして、父のいる書斎を目指した。
「父上、話があります」
「なんだ?」
本を読みながら父であるエリオット辺境伯が答える。ただしレオンの方は見ていなかった。それでもレオンは勇気を出して言葉を絞り出す。
「クレール嬢との婚約、解消するわけにはいきませんか?」
「無理だな。最初に言ったはずだ。用件はそれだけか?」
しかしエリオットはそれを一蹴する。
「なぜです、政略結婚だからですか?」
「そうだ。私と国王陛下が古い友人なのは知っているな? 陛下はミシェル殿下を王太子にと望んでいる。しかしルミエール家は中立なのだ。この意味が分かるな?」
派閥。その意味が分からないほどレオンは愚かではない。だからこそ、それを言われると何も言えなかった。
「くっ……!」
俯き何も言えなくなったレオンに、エリオットはようやく目を向ける。そして厳しい目つきで伝えた。
「1つ言っておこう。私を責めるのはお門違いだ。全ては動きの遅れたお前の負けなのだよ。テア嬢は私にとっても恩人だ。当然だ、アルノーブルを救ったのはあの子だからな」
エリオットにとって、テアは娘同然であった。だからこそ、レオンの頼みを聞き、ユベルドー家に養子に出したのである。
「なら……!」
「だからこそ、覚悟の無いお前に任せる気はない。お前では、あの子を守れん! 恥を知れい!」
エリオットはレオンの言葉を遮り、指を差して一喝した。
「くっ……、失礼……します」
何も言えずレオンは頭を下げ退室する。そんな息子を見て、エリオットは肩を落とした。
「そんなんだから、任せられんのだ……」
エリオットの胸の内を、レオンは知る由もなかった。




