64 蝶はもう引き下がらない
後日、正式な裁定が生徒会より貼り出された。裁定は初等部高等部それぞれの校舎の玄関口に貼り出される。そして、その高等部玄関口では2人の当事者が相対していた。
「この勝負、私の負けです」
「そう……、ですわね。正直勝った気がしませんけど」
クレール様は腕を組み、神妙な顔で潔く負けを認めている。かなり悔しいのか唇を噛み締めていた。
ロゼリア様も俯き、ため息をつく。
「あら、そう? 実はね、お父様には経緯を説明して婚約破棄をお願いしたんだけど……」
クレール様、どこかニコニコしてるんですけどこれは……。
「したんだけど?」
ロゼリア様が顔を上げる。私もしっかり傾聴。
「家同士の約束を今さら無かったことにはできない、って」
やっぱりか……。
「納得……、いきませんわ!」
ロゼリア様がぐわーっ、と鬼の形相で叫ぶ。私だってあわよくば、っていう期待はあった。ただ、その場合私にその権利があると主張するのはおかしい気がする。
だから、この決闘の結果がどうであれ、受け入れるつもりだ。
「でも、他にも重要な問題があるのよね……」
「そう、ですわね……」
2人の視線が私に注がれる。
ロゼリア様は最初っから知っていたけど、クレール様は知らなかったそうだ。
それで、私の想いは図らずも高等部全生徒にバラされたわけですね?
「おい、レオンの奴、初等部の白い蝶にまで手を出してたのかよ!」
「女の敵、女の敵だわ!」
周りの生徒達が騒ぎ出す。
レオン様、私が付いているので強く生きてくださいね……?
「知らなかったこととはいえ、これでは私が悪者になってしまいます」
クレール様がいかにも困りました、という風に頬に手を当て、ため息をつく。
「今さらでは? 私というライバルがいるというのに、家の力で無理矢理婚約者になったのは事実でございましょ?」
そこをロゼリア様が皮肉る。これは根に持たれても仕方ないと思うな。
私も同感だし。
「あら、貴方だけでしたら負ける気がしませんでしたし」
クレール様は余裕の笑みでロゼリア様を見つめる。この2人、案外仲がいいのかもしれない。
「ふん、そう言っていられるのも今のうちですわ! 貴族家の当主が愛人を作るなんて、別に珍しい話ではありませんわよね?」
うん、これって私もお姉様に言われたんだよね。問題がないわけじゃないけど、残された道はこれしかない。
「何が言いたいのかしら?」
「あら、言葉にしないとわからないなんて、とぼけてらっしゃるのかしら」
「お二人ともそのへんで」
醜い争いにはしたくないんだけどなぁ……、と思い止めに入る。
それが、新たな燃料の投下になりましたけどね?
「テアさん、貴方はどう思ってらっしゃるのかしら?」
「私もロゼリア様と同じ気持ちです。それが幸せな愛の形なのかどうかはわかりませんが……」
私は一度息を吸う。
そして2人を見て答えた。
「もう、自分の気持ちに嘘をつくのは止めたんです」
これは宣戦布告だ。
たとえ婚約者の座を渡しても、レオン様の“心”は渡さない。たとえ報われなくてもいい。
人からどう思われようと関係ない。大切なのは自分の心だと、教えられたから。
「これは……」
「厄介なライバルの出現ですわね」
2人が私を見据える。
もう動じませんけどね、その程度では。
「ロゼリア様のお陰です。ロゼリア様の行動が、私に勇気をくれたんですよ?」
私はクスクス笑い答える。
気分は悪役令嬢だ。
「……藪蛇でしたわね」
ロゼリア様が頭を抱える。
「アドリアンは振られちゃうのね……」
クレール様はよよよ、と泣く振りをした。危機感ないのかな?
「ごめんなさい、ですね。問題がないとは言いませんが、それでもこの気持ちを諦めるつもりはありません」
だから私は覚悟を示す。ニッコリ笑って、さも当然のように。
「ですので、本当の勝負はここからですよ? お覚悟を、クレール様、ロゼリア様」
私はペコリ、と挨拶をすると悠々とその場を立ち去った。向こうではレオン様を非難する声が続出していたけど、こじれたのはレオン様にも責任があると思う。
その場にいないあたり、逃げたんだろうなぁ。
「誰かレオン連れてこい!」って叫んでたし。
レオン様が完璧じゃないと知って、それがかえって愛おしく思えてしまったから不思議だ。




