60 魔女の蛇
「大変だ! ロゼリア様が高等部のクレール様に決闘を申し込んだぞ!」
そんな噂が、あっという間に学園内に広まっていた。
「本当なのですか、ロゼリア様!?」
そんなだからロゼリアの周りにはたくさんの人が集まっている。私は関係ないそぶりで1人、いやアンネがいるから2人かな?
教室の隅で教科書を読んでいた。
「ええ、本当ですわ。汚い手で婚約させられたレオン様を救えるのは、私だけですもの」
会話は嫌でも耳に入ってくる。
「さすがですわロゼリア様!」
「当然ですわ。どこかの誰か様と違って、私は簡単には諦めませんの。レオン様に相応しいのはこの私ですわ!」
――私の、ことだ。
胸が痛い。ロゼリア様の言葉がこんなに私に響くなんて……。
――でも、羨ましいな。
その行動力が。昔の、生きるのに必死だった頃を思い出す。
――私は、弱くなったのだろうか?
「ロゼリア様が羨ましいのですか?」
アンネの言葉が突き刺さる。そっとアンネを見た。
「それは……!」
言葉が出ない。
図星だった。
「私は、凄く残念です。もう少しわがままになってもよかったんじゃないかって思いました。見ていて、歯がゆいですよ」
アンネがつまらなさそうに零す。そして更に言葉を続けた。
「テア様、決闘は私達も観るべきだと思います」
「……はい、わかりました。観に、行きましょう」
アンネは私に何をさせたいのだろう。ロゼリア様を見習ってクレール様に決闘を申し込めとでもいうのだろうか?
いや、違うな。
これは私自身の心の問題だ。
私に決着をつけさせたいんだ。
前に、進むために――
* * *
決闘場には多くの生徒達が集まっていた。
高等部にある広い四角の石床でできた舞台。その中央にはロゼリア様とクレール様が対峙していた。
「ねぇ、今からでも止めない? こんなことをしても何も変わるわけがないわ」
クレール様がウンザリした様子でロゼリア様に辞退を勧める。取り止めの権利があるのは申し込んだ方だ。
「何をおっしゃいますの? 貴方がお父様にしたお願いなら、貴方の方から解消を申し出れば済むこと。まだ婚約式も行なっていないなら、可能なはずですわ」
ロゼリア様の言葉に、私まで小さな希望を感じてしまう。
――でも、そんなの許されるわけない。
それでも行動に出たロゼリア様。なぜか彼女がとても眩しく感じてしまった。
「貴方では私に勝てない、って言っているのよ」
クレール様は余裕の笑みを湛えている。初等部1年生と高等部1年生。普通に考えればレベルの差は明らかだろう。
「その鼻、すぐにへし折って差し上げますわ……」
ロゼリア様がクレール様を睨みつける。その視線には確かな自信が感じられた。
「双方、ルールを確認する。相手を死傷、あるいは重篤な傷病たらしめる攻撃の禁止。以上だ」
立会人は高等部生徒会の会長さんだ。
「ではお互い離れて」
会長の指示で2人が舞台の端に向かう。そして再び向き合った。
「始め!」
会長は開始を宣言すると、すぐに舞台を降りた。
そして2人が動く。
「闇の矢!」
先にロゼリア様が仕掛ける。一度に20本ほどの闇の矢が出現した。それらが一直線にクレール様を襲う。
「魔法の盾」
見えない壁に阻まれ、その全てが虚空で弾け飛ぶ。
「やりますわね……!」
ロゼリア様が歯噛みする。
それに対しクレール様は涼やかに笑みすら浮かべていた。
「水よ、我が意に従え。水球」
クレール様の前に直径1メートルほどの水の球が生まれる。それはふよふよと浮かんでおり、ゆっくりした動きでロゼリア様に向かう。
――ただの水球?
いえ、あれは――
クレール様の緻密な魔力制御を思い出す。あれが、ただの水球なわけない。
「なによ、そんな魔法! 蒸発させてあげますわ闇の焔!」
「無駄よ」
とぷん。
水球が分裂する。
二つ、四つ、八つ……。
水球が分裂を繰り返し、広がっていった。
闇の火柱が立つ。その近辺の水球が蒸発、あるいは壊れていく。
しかし難を逃れた水球がさらに分裂を繰り返していった。
「追加よ。水球」
クレール様がさらに水の球を増やし、分裂させていく。それらはやがてロゼリア様を取り囲んだ。
「くっ、こんなもの……!」
水球がゆっくりとロゼリア様に迫る。ロゼリア様は道を作ろうと一箇所に攻撃魔法を集中させた。
――だめ、捕まっちゃう!
「終わりね。ま、頑張った方かしら?」
クレール様はさも当たり前のように呟く。同時に、水球がその速度を上げた。
「ご、ごぼぼぼ……!」
遂に水球がロゼリア様を捕まえ、ロゼリア様は水球の中に閉じ込められた。
ああなったらもう――
私は肩を落とす。
――なんで、私まで悔しいんだろう。
いつの間にか、ロゼリア様を応援している自分に気づいた。
「終わりね。立会人、ああなったらもう終わりよ。終了させ……」
クレール様が立会人に終了を告げる。しかしその前に。
すぱぁん!
音を立てて水球が崩壊した。
水に濡れたまま呼吸を整えるロゼリア様。
その背後には……。
揺らめく空間。
赤黒い霧が次第に形を成していく。
その中に赤く光る、二つの目。
裂けた口がゆっくりと釣り上がる。
その口から覗く2つに裂けた舌。
赤黒い鱗。
それはまるで……。
「なにあれ……?」
召喚魔法だろうか?
そう思って呟く。
「凄いですね! あの水球から逃れるなんて」
アンネが興奮気味に語る。
違和感。もしかして……。
「ロゼリア様の後ろ……」
私が指を差す。しかし。
「……?」
アンネが首を傾げる。
「ほら、蛇……」
「蛇? 何を言っているんですかテア様?」
見えて……ない?
そのとき、その蛇が鎌首を上げ私を見る。
ゾクリ――
私を……見てる?
「あ、ほら。ロゼリア様が立ち上がりましたよ!」
アンネが無邪気に舞台上を指差す。
私は周りを見た。
皆ロゼリアの奮闘に興奮している。
あるのは声援のみ。
悲鳴もなければ騒動にも発展していない。
やっぱりだ。誰も後ろにそびえる蛇に騒いでいなかった。
やはり私以外に見えていないんだ。
それじゃまるで……。
――私の“手”と同じじゃない!
そう思った瞬間。
蛇が――
嗤った気がした。




