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救われないラスボスに転生したので運命を変えて幸せになります  作者: まにゅまにゅ
第2部 白い蝶 第1章 紅い蝶は道に迷う

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58 獅子は千尋の谷へ落ちる

 レオンはその夜、父親に呼び出しを受けていた。


「レオン、非公式ではあるが、ルミエール侯爵家より長女クレール嬢との婚約の打診があった」

「非公式……、とは?」

「ちょっとした会話のなかで出てきた話だ。家の娘がレオンのことを気に入っているようだ。俺もレオンであれば悪くはないと思っている、とな。これは遠回しに打診があったのに等しい」


 その話を聞き、レオンは青ざめる。もし家同士で婚約が成されれば拒否権はない。つまり、詰みである。


「僕は、その話を受けたくない。父さん、お願いだ。もう少し時間が欲しい」

「……なにが不満なのだ?」

「それは……」


 上手く言葉にできず、レオンは俯いた。握る拳に力が入る。


「ハッキリ言っておこう。ルミエール家からいずれ正式に婚約の打診があるだろう。私はそれを受け入れるつもりでいる。お前が何を考えているのかは聞かん」

「……わかりました」


 レオンは頭を下げ部屋を出る。

 そして天井を仰いだ。


 ――もう、時間がない。


 レオンはため息をつく。



     *   *   *



 次の日の朝、レオンはテアを探す。しかし見つからないまま時は流れた。

 





 テアはその日、3時限目から登校していた。


 教室に入るとすぐにアンネが駆け寄り、その変化に気づく。


「あら? テア様髪飾りを変えられたのですか?」


 その白い蝶の髪飾りが気になり、アンネはテアに尋ねた。


「うん、気分転換に、ね……」


 暗く、沈んだ顔。

 アンネは容易くその嘘を見抜く。それでも、アンネはテア至上主義だ。だからこそ、それが面白くなかった。


「ええ、似合っていますテア様。ですが、紅い蝶の髪飾り程ではないです。私はそっちのテア様の方が好きです」

「……!」


 その一言がテアの心を苛む。


 ――忘れようと決めたのに!


「初等部の白い蝶、それがテア様の字名(あざな)ですから。大半の《《何も知らない人なら》》、そっちの方が似合うと思うでしょうね」


 忖度のない一言にテアの心臓が跳ねた。


 ――お願い、言わないで!


 味方のはずのアンネからの言葉にテアは(まばた)きさえ忘れる。


 そのせいで、テアは今日も授業に集中できなかった。




 昼休み、1人になりたかったテアはまたもあの茂みに来ていた。

 あのとき苦しくて泣いてしまった場所。そして、そんな弱い自分を許してくれた場所。


 テアは気づかない。

 それは逃げているだけだということに。

 それでも、その“赦し”は確実に、そして静かにテアの心を蝕んでいた。


「誰も、私のことなんて理解してくれてないんだ。アンネでさえ……」


 絶対の味方だと思ってたアンネの一言が、鋭利な刃物のようにテアの心を傷つけていた。


「誰も、誰もわかってくれない……」


 テアは天を仰ぎ歯を食いしばる。泣きたくなんてなかった。


 しかしそれを許すほど、突き刺さる棘は短くなかった。



「違う……」


 引きつった声。


「違う……違う……」


 頭を抱え、振る。


「……嫌い」


 ぽつりと溢れた。


「みんな……嫌い……」


 それでも、止まらない。


「……っ、違う……!」


 また頭を振る。


「一番……一番、嫌いなのは……」


 声が更に震える。


「……私だ……!」


 涙を溜め、空を見上げて呟く。


 ――そうだよね、だって私は――


 化け物なのだから。そう叫ぼうとして人の気配に気づく。


「テア……さん?」

「アドリアン……様?」


 振り向けば、アドリアンがいた。髪を彩る髪飾りが目に入る。

 だからこそ、アドリアンは自分でも驚く程大胆になれた。


「泣いているんですね」

「そんなこと……ないです」


 テアは否定する。

 もし、今優しさという名の毒に侵されたら?

 テアは分かっていた。

 その先は、越えてはならない一線なのだと。


 ――それでも。


「いいんですよ、泣いても。そうしないと、人って進めないんですよね」


 安らぎという名の毒は、あまりに蠱惑的で、そして残酷だった。


「僕も、そうだったから」


 その一言が、遅効性の毒のように侵食を始める。


「うあああああ……!」


 テアは耐えきれず涙を流す。


 アドリアンがそっと、テアを抱き寄せた。その安寧に、テアは縋ってしまう。


「僕が、許します」


 アドリアンはテアの頭をそっと撫でる。


「無理しなくていいんです」


 赦される、という甘美な毒は、容易くテアを陥れた。


「僕が、全部許しますから」


 アドリアンはテアを抱き締める。強く、それでいて優しく。




 それを見ていたレオンは、膝をついて震えていた。


 ――間に合わなかったのか?


 レオンは何も言えず、その場を立ち去る。


 空は、皮肉にも青く晴れ渡っていた。

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