55 噂の女性徒
「……」
ベッドの中で目を覚ます。
いつの間に寝たのだろう?
身体を起こし、窓を覗いた。
日が、高い。あれ?
慌てて時計を見る。
「11時……?」
記憶の糸を辿る。
昨夜、イザークお兄様が部屋に来てそれから……。
うん。
イザークお兄様が悪い。でも、バカって言っちゃったことは謝ろう……。
その日の夕方、シルヴァンお兄様とディアーヌお姉様が部屋にやって来た。イザークお兄様はなぜか縄でぐるぐる巻きにされている。
なんか凄いボロボロなんですけど……。
「テア、イザークの奴を止められなくてすまなかった」
「本当にごめんね……」
2人が私に頭を下げる。
「もういいんです、大丈夫ですから」
「いや、そうもいかない。ほら、イザーク、お前も頭を下げろ!」
「も、申し訳ないテア……! バカな兄を許してくれ……」
イザーク兄様が縄で縛られたまま額を床に擦り付けた。
なんで縛られてるんだろ……。
「テア、それとね。レオンから伝言を預かってるの」
「……レオン様から!」
「そうよ。大丈夫だから、だって」
大丈夫?
どう、大丈夫なのだろう。
「なんだそりゃ?」
「意味がわからんが……」
お兄様ズは二人共首をひねる。
私も正直わからない。
でも、レオン様のことだから――
「さぁ……? でもレオンって結構不器用なとこあるから。テアに心配させまいと思ってるのは間違いないと思うわ」
そっか、うん、そうだよね。
信じよう――
レオン様を。
* * *
次の日、謹慎の明けた私は1週間ぶりに登校した。私を心配してアンネも一緒にいてくれてる。
でも、教室に入った私を待っていたのは……。
「ごきげんよう、皆様方」
教室に入り、挨拶をする。
すると、教室中に静寂が訪れた。皆の視線が私に注がれる。しかし、しばらくしてすぐに教室は元の騒がしさを取り戻した。
無視……、されてる?
「……やってることが子供じみてますね。でも大丈夫です、テア様。私は何があってもテア様の味方ですから!」
アンネがどこか嬉しそうに見える。いや、やめよう。そんなわけない。アンネは私を元気づけようと明るく振る舞ってくれてるだけだ。
「ありがとう、アンネ」
ニコッ、と微笑む。
「はぁあああ、笑顔が眩し過ぎますテア様!」
「もう、アンネったら」
大袈裟なアンネに思わずクスリと笑みが溢れた。
お昼どきになり、私とアンネは揃って学食に来ていた。
学食は大勢の生徒達で賑わっており、とても広い。そして唯一、初等部と高等部が一緒に使っている施設でもあった。
「あーら、テア様、奇遇ですわね。隣、よろしいかしら?」
私とアンネが並んで食べていると、ロゼリア嬢が取り巻きを引き連れて話しかけてきた。手には各々トレイを持っている。妙にニヤニヤしていて何か企んでいそう。
いいよ、受けて立つから。
「ええ、どうぞロゼリア様」
笑みすらこぼし、了承する。
私は気を利かせ、隣の席の椅子を引いた。
「キャア!」
突如取り巻きの1人が転ぶ。そして手に持っていたトレーが私の頭に降ってきた。
「熱っ……!」
熱々のスープや料理が私に降り注ぐ。避ける間もなく、私の頭は料理に塗れてしまった。
「まぁ、大丈夫ですのぉ?」
ロゼリア嬢が声をかけるが、目が笑っている。これ、絶対わざとだ。
「酷いですわテア様! 椅子を動かすから足に引っかかってしまったじゃありませんの」
……どう見ても私の方が被害者だよね?
白々しい……。でも我慢だ。同じ轍を踏むわけにはいかない。
「それは失礼しました。ですが、どうやって足を引っかけたのですか? 結構離れてますけど」
「あら、テア様はこの子がわざとやったと仰るのかしら?」
「いえいえ、滅相もございません。ただ、随分と器用な転び方をされる方だな、と思いまして。それより、制服が汚れてしまいました。申し訳ありませんが失礼させていただきます」
私は静かに席を立つ。
「状況が状況ですし、片付けをお願いしてよろしくて? 私もこのような格好ですし。お優しいロゼリア様ならわかってくださいますよね?」
ニッコリ笑って圧をかける。
目は笑ってないと思う。
こう言われたら断れませんよね?
「し、仕方ありませんわね。あ、後は私に、お任せくださいませ」
ややヒクついているようだ。本当にくだらない。
「テア様、私もお供します!」
「ありがとう、アンネ」
片付けをロゼリア嬢達に任せ、私はアンネとともにサッサと食堂を出た。変に噂の的になるのはごめんだ。
しかし弱った、どうやって洗おう。
「ねぇ、あなた」
「はい?」
食堂を出ると1人の女性が話しかけてきた。制服は青だから高等部の生徒のようだ。相当綺麗な方で、ピンクがかった金髪がとても美しい。流れるようにウェーブがかかっており、とても大人っぽい。
「先程のを見ていたわ。酷いものね。さ、その制服を早く綺麗にしましょう」
「え、ええええ?」
「さ、早く。可愛い顔が台無しだわ」
声をかけてきた女性は強引に私の手を引くと、人気のない高等部の校舎裏まで連れてくる。
「ここなら水に濡れても大丈夫ね。じっとしててね?」
「はい?」
何をする気だろう。
女生徒が詠唱を始める。
「水球」
どぷん。
突如大きな水の塊が現れ、私を飲み込む。そして水流が生まれた。
アンネが何か喋っているけど全く聞き取れない。
ばしゃっ。
ものの数秒で水球は崩壊し、私は解放された。でも身体中水だらけだ。
「乾かすわよ脱水」
すると私の服から髪から水分が球となってどんどん排出されていく。
――凄い。
髪からも服からも余分な水分が抜けていく。でも、肌は全然ヒリつかないなんて……。
「うわ、凄い魔法制御です! 制御が難しい魔法なのに」
アンネも舌を巻いている。これだけの緻密な操作を涼しい顔をして行なっているなんて……。
悔しいけどこれは私にもできないことだ。
「どうかしら? 髪の方はやり過ぎると傷んじゃうから……」
髪に触れる。しっとりしているけど、これくらいなら。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
制服や髪にこびりついた食材は綺麗に流れている。これなら人前に出ても大丈夫だ。
私は深々と頭を下げる。
「あの、私は……」
お礼をするために名前を聞こうと私は名乗ろうとした。
それより早く。
「ふふっ、あなたがテアちゃんね。レオンから聞いているわ。本当に可愛い子ね、お人形さんみたい」
女生徒がクスリと笑う。
その仕草すら絵になっていた。洗練された所作、上位貴族なのは間違いなさそう。
いや、それより。
レオン様から……、聞いている?
レオン様と仲がいい?
頭が混乱しそう……。
「私は高等部の1年A組クレール・ド・ラ・ルミエールよ。よろしくね、テアちゃん」
クレール様は静かな笑みを湛え、自己紹介する。
彼女が、レオン様と噂になってるクレール様……?
妙な胸騒ぎを覚える。
そんな彼女が、どうして私に……?




