54 持てない覚悟
「おはようございます、坊ちゃま」
「ん……」
マリサの声でレオンが目を覚ます。
「珍しいですね、坊ちゃまが私に起こされるなんて」
「すまない、夕べはあまり……、眠れなくてね」
力なくレオンが答える。
今日のレオンに覇気を感じられず、マリサは心配そうにレオンを見つめた。
「朝食の準備は出来ております。すぐに準備を」
「ああ、すまないね。大丈夫だ、1人でできるから」
レオンは身体をベッドから下ろす。疲れが残っているのか、いつもより身体が重く感じられた。
「ふっ!」
朝食後に朝の訓練を行う。しかしこの日、毎日欠かすことなく振られた剣に陰りが見えていた。
「どうされました? 剣にいつものキレがございませんよ」
「くっ、す、すまない……」
剣の師に指摘され、レオンは剣を振る手を止めた。
呼吸は既に乱れ、肩で息を整える。
「悩みごと……ですかな? 剣に迷いが見られますぞ」
「そうだね、剣は、正直だ……」
タオルで汗を拭い、レオンは天を見上げる。言いしれぬ不安。
答えは見えていた。
しかし――
それでも前に出ることを躊躇う自分に嫌悪を抱く。
それでも内心の不安は正直だ。
「僕に――もっと力があれば……」
――彼女を、守れるのに……。
* * *
2年A組。
朝早くからその教室は生徒達で賑わっていた。レオンはその教室の前に立つと、堂々と中へ乗り込む。
「突然すまないね。このクラスにアドリアン•ド•ラ•ルミエールという生徒がいるはずなんだが」
レオンが教室に入るやいなや、女生徒達の黄色い悲鳴が飛び交う。
「僕がそのアドリアンです。お初にお目にかかります、レオン様」
レオンはその顔を見て理解する。
――間違いない、この男だ。あのとき、テアの側にいたのは。
「突然すまないね、少しだけ時間をいただけないだろうか」
「ええ、かまいませんよ」
レオンが笑顔を崩さず願い出る。アドリアンは不敵に笑い、その申し出を受けた。
「そうだね、ここでは人目につき過ぎる。高等部近くの茂みにでも行こうか」
「ええ、いいですよ」
レオンが場所を指定すると、アドリアンはピンとくるものがあった。躊躇なくその申し出を受ける。
そして、2人はあの茂みに向かって歩き出した。
アドリアンが――テアを慰めていた茂みへ。
「すまないね、わざわざ」
「いいんです。それで、ご用件は何でしょうか《《先輩》》」
アドリアンが警戒心を剥き出しにする。
「顔を、見ておきたかったんだ。なるほど、いい目をしている」
「……ハッキリ言ったらどうなんですか? テアさんのことで僕に用があるのでは?」
煮え切らないレオンにアドリアンが噛み付く。侯爵家も辺境伯家も、格の上ではほぼ同格である。
だからこそ、アドリアンに恐れはなかった。
「そうだね。ならハッキリ言わせてもらうよ。僕は、テアが好きだ」
「……ええ、知ってますよ。でも彼女はまだ婚約していない。なら僕にだって権利はあるはずです」
レオンの宣言にアドリアンは一步と引かず主張する。
真剣な眼差しでレオンを見つめ、堂々たる態度を見せた。
「もちろんだ、それを否定するつもりはない。選ぶのは、テアだから」
「その通りです。その気持ち、伝えましたか?」
「いや、まだだ。今の僕にはまだその資格がない」
レオンは己の手を見つめる。
そして静かに拳を握った。
「資格? なんですか、それ。逃げているだけでしょう」
アドリアンが苛立つように聞く。
「……そうかも知れないな」
――なるほど、そういうことか。
「テアは、君が想像もできないほど重いものを背負っている。覚悟が無い者に、彼女の側に立つ資格はない」
――これは、僕自身にも言えることだ。
「なら、僕は強くなります。貴方にも負けないくらいに!」
アドリアンは無礼を承知でレオンを指差す。自分の言葉をハッキリ伝えるために。
「……僕も、譲る気はない。それだけだ」
「宣戦布告、受け取りましたよ。テアさんがどちらを選んでも……」
「ああ、恨みはしない」
2人は静かに眼差しを向け合う。
――真っ直ぐだな、眩しい程に。
そんなアドリアンをレオンは少しだけ、羨ましく思った。
それと同時に。
――テアの笑顔を守るのは自分でありたい。
誰にも、渡したくない。
それなのに――
未だ覚悟を持てぬ自分が許せなかった。




