53 善意という名の刃
謹慎6日目。
訪ねて来たのはレオン様ではなかった。
「そ、その……。どうしても気になっていたから」
「アドリアン様……」
アドリアン様はかなり照れくさそうにしながら入って来た。
「その、話は聞いたよ。僕で良かったら話は聞くし、力になりたいんだ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。これくらい、なんともないですから」
そうだ、これくらいなんともない。生きるのに精一杯だったあの頃に比べれば……。
「そっか、強いんだね。もし、何かあったら遠慮なく頼ってほしい。僕の教室は2-Aだから2階で近いし」
「はい、そのときは」
頼れない。
レオン様を裏切るなんて、できないから。
「うん、約束だよ。ところでさ、その紅い蝶の髪飾り、とても綺麗だね。でも、君にはきっとこっちも似合うと思って。受け取って、くれないか?」
アドリアン様が隠し持っていた包みを出し中を見せる。
「白い……蝶?」
それは白い蝶の髪飾りだった。
精巧な造りで、紅い蝶とはまた違った美しさがある。
きっと、職人に頼んで造ってもらったのだろう。あれは、一点ものなのだから。
――でも。
「そんな、受け取れません」
キッパリ断った。受け取るわけにはいかない。それは、レオン様に対する裏切りだから。
それに私は白くなんてない。
私のは――紅い魔神の翅なのだから。
「気に入らなければ捨ててしまっても構わない。ただ、君に贈りたかった。それだけだよ。もちろん、喜んでくれるなら僕も嬉しいけどね」
彼は私の棚の宝石箱の隣にそっと白い蝶の髪飾りを置いた。
「じゃあ、行くね。元気出して。君の味方は、必ずいるから」
「あ、待っ……」
私が止めるより早く、アドリアン様は髪飾りを置いて行ってしまった。
私の伸ばした手は、何も掴めずにただ宙を彷徨っていた。
* * *
謹慎7日目。
白い蝶の髪飾りを私は捨てることができず、宝石箱にしまうことにした。
――レオン様、来てくださらなかったなぁ。
あの噂のことが脳裏に過る。
――まさか、いやよそう。
紅い髪飾りに触れる。今はこの紅い蝶の髪飾りだけが私とレオン様を繋ぐ絆だ。
――会いたいな。
想いは募る。
窓の外を眺めた。雨だ。
馬車が出ていくのが見える。誰か来ていたのだろうか?
コンコン。
ノックの音。
「どうぞ」
扉が開かれると、イザークお兄様が入って来た。なにやら怒っているようにも見える。
私、なにかした?
「全く、腹が立ったよ」
お兄様は腰に手を当てたままため息をつく。
「イザークお兄様……?」
「あ、テアのことじゃないよ。レオンの奴だよ」
「レオン様ですか?」
なぜ、イザークお兄様がレオン様のことで怒っているのだろう。わけがわからず訊き返す。
「ああ、そうだよ。さっきまでレオンが来てたんだ。だから聞いてやったんだよ、クレール嬢とはどういう関係なんだ、って」
本当に聞いたんだ、それ。
それは少し無神経じゃないかな、って思う。
「レオン様は……なんて?」
「うん、仲は悪くないよ、だと。あいつには危機感てものがないのかね? だからさ、言ってやったんだ」
「なんて……、ですか?」
嫌な予感がする。
来てくださったのに、私に会ってくださらなかったのだ。きっと、ロクなことじゃない。
「うかうかしてるとクレール嬢の弟にテアを盗られるぞ、ってな。テア、そいつの弟に髪飾りもらったろ? それを受け取った、って教えてやったら顔を青くして帰っていったよ」
な、なんで……?
なんでそんな……!
目の前の景色が歪む。
ぐにゃぐにゃとして、目の前に立っているのが別の誰かに見えた。
「ま、これで危機感を持つんじゃないか? これが恋愛の駆け引き、ってやつだな、うん。嫉妬させるのも1つの手だと本に書いてあったからな」
イザークお兄様はしてやったりと満足げに頷く。
レオン様はやはり帰ってしまわれた……。しかも、誤解したままで。
最悪だよ……。
「イザークお兄様の……」
身体が震える。
ダメ、感情が抑えられない。
なんで、こんなに不安定なんだろう。
涙が溢れる。
ねぇ、私の前にいる人は誰?
優しかったイザークお兄様はどこにいるの?
「うん?」
「イザークお兄様のバカァッ! なんで、なんでそんなことするのっ?」
もう、抑えきれなかった。
押し寄せる感情のまま、私は叫ぶ。
「うえええええっ!?」
「酷い、酷いよお兄様! 私が、私がどれだけレオン様に会いたかったか……!」
涙ながらに訴える。
ダメ、立っていられない……。
「お、俺はて、テアの為に……!」
ああ、レオン様――
お願い、戻って来て……。
――私は、ここにいるのに……!
ぷつん、と何かが切れる。
手を伸ばした。
何も掴めない。ただ、空を掴む。
そして、その手が何も掴めないまま――
「テア!? しっかりして!」
部屋の景色が遠ざかる。
――レオン……様……。
私は、気を失ってしまった。




