48 始まりのダンス
全員の紹介が終わり、私達は横1列に並ぶ。そして一斉にスカートの裾を広げ挨拶をした。
ここからは会話と食事を楽しむランチタイムとなる。参加している来客は貴族の令息とその両親くらいだ。参加する令息は婚約者がいないことが暗黙のルール。
つまり、このデビュタントは実質的な集団お見合いとも言える。それゆえ様々なしきたりが存在した。
「お初にお目にかかるテア嬢。私はあのカヴァ……」
「子爵風情がすっこんでろ! 俺はシャンタル伯爵家の次男……」
「次男風情がすっこんでろ! 俺はデュアメル伯爵家の嫡男……」
私はいつの間にか大勢の令息達に囲まれていた。人だかりで身動き取れないし、なにやら争いが始まるしでちょっと困る……。
「いけないな、君たち。先ずは食事を楽しむのがマナーだよ?」
そんな彼らをたった一言で黙らせる存在が現れる。彼が身に纏う雰囲気は他の令息とは明らかに違っていた。
「テア。君が好きな料理があったんだ。さ、どうぞ」
「ありがとうございますレオン様」
レオン様からお皿を受けとる。その皿にはパテ•ド•カンパーニュ、生ハムなどの前菜が盛られていた。
「君たち、令嬢のお皿に料理があるときは話しかけないのがマナーだよ?」
レオン様が他の令息に対しニッコリ微笑む。それだけのやり取りで令息達はすごすごと引き下がっていった。
レオン様がそんな彼らを見送ると、私に微笑みかける。
「助かりました、レオン様」
「気にしなくていいよ。それにしても凄い人気だったね」
「私なんてそんな……」
――レオン様さえいてくれたらそれでいいのに。
「その紅い蝶の髪飾り、よっぽど気に入ってくれてるんだね」
「はい。一番のお気に入りです」
そう、私はこの髪飾りを付けなかった日は一度もない。
これは、私とレオン様を結ぶ大切な宝物なのだから。
それから私はレオン様と食事をしながら歓談した。一通り食事を楽しみ、レオン様と離れる。
寂しいけど、これがルールだ。
それから何人かと話した。自信家な人が多いのか、皆興奮気味に自慢や武勇伝を語る。
……ちょっと辟易してきたかも。
「お疲れですか、お嬢さん」
私が壁の花になろうと壁に寄りかかると、またも令息が話しかけてきた。手には飲み物を2つ持っている。
「よろしかったらどうぞ」
その令息が私に笑顔でグラスを差し出した。
「ありがとうございます」
ちょうど喉が渇いていた私は素直に受け取る。
早速口をつける。
――ひんやりして美味しい。
よく見ると氷が真新しい。
思わず彼を見る。
彼は優しそうな笑顔を湛えていた。
ああ、そうか。
わざわざ私を気遣って、冷たい飲み物を用意してくれたんだ。
「僕はアドリアンと言います。ルミエール侯爵家の者です。是非お見知りおきを」
アドリアンが胸に手を当て軽く頭を下げる。
「ユベルドー伯爵家令嬢テアと申します」
左手でスカートの裾を広げ、左足を少し前に。そして会釈。
――他の人とは違うな。
実際、彼との会話は疲れなかった。
アドリアンと別れしばらくした後、私はすぐにレオン様を探す。
演奏家達がダンスホールに集まり始めたのだ。
他の令息を振り切り、レオン様を見つける。
「レオン様」
レオン様を見つけ、声をかける。その隣には別の令嬢。
少し気が強そうな金髪の美少女だ。彼女が私の横槍にあからさまに不満そうな顔をした。
そして音楽が始まる。
「レオン様、私と……」
その彼女が早速レオン様に声をかける。しかしレオン様はそれを無視して私に近づいた。
「私と一曲踊っていただけますか?」
胸に手を当て頭を下げる。
「はい、喜んで」
私もスカートの裾を広げ、応える。
「ちょっ……!」
金髪の子が手を伸ばすが、それより早く私とレオン様はダンスホールに立った。
そして始まる2人の時間。
流れる音楽に合わせ、軽やかにステップを踏む。そしてターン。
「上手だね」
「頑張りました……」
頬を染めて答える。
――ここから、始めるために。
軽やかに、優雅に。
私とレオン様のダンスは息もピッタリで華麗に決まった。
夢のような時間。
――ずっとこんな時間が続けばいいのに。
それでも、終わりはやってくる。
音楽が終わった。
名残惜しいが、お互い礼をして離れることになる。最後にお互い視線を交わし、笑顔を向けた。
そして前奏。
この間に次のパートナーを探すなりするのだ。暗黙のマナーで同じ人とは踊れない。後は壁の花になろう。
そう思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
「次は私と。マドモワゼル」
鋭い目線で私にダンスを申し込む。正直言うと断りたいが、下手に断ると家の対立に発展しかねない。それゆえ家格が同等かそれ以上の相手の申し込みは断れなかった。
「はい、喜んで」
嬉しくなくても喜んで。
で、一曲踊ったんだけど……。
なかなか荒っぽいダンスだった。私に合わせようという気まるでなし。完全に俺様男だね。私の中で彼をブラックリストに入れることにした。
曲が終わり、俺様男と離れる。
……レオン様はあの黒髪令嬢と踊っていたようだ。
――レオン様、私以外とも踊っていたんだ。
私以外に優しくしないでほしい。そう思うのは私のわがままだろうか?
「次は是非私と」
「アドリアン様。はい、喜んで」
今日話した中ではレオン様を除けば一番好印象だった人だ。それを考えると幾分か気が楽かも。
「ありがとう。でも、疲れていませんか?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
――いい人だな。
曲が始まりアドリアン様と踊る。
流れるように、それでいて穏やかに。ダンスは会話だ。少し疲れ気味の私を気遣っているのがよくわかった。
――落ち着くな。
レオン様以外とのダンスだったけど、悪くないな、って思ってしまった。




