46 第一部エピローグ
「よく来たな、テア」
「はい、閣下。それでお話とはなんでございましょう」
ルーセル辺境伯の執務室。
その執務席の前で私は直立不動だ。執務室なので私に座る場所はない。
「うむ、テアよ。君には感謝しきれぬ程の恩がある。君がいなければ、アルノーブルは滅んでいただろう。改めて礼を言う」
「いけません閣下! 私などに頭を下げては……!」
ルーセル辺境伯が頭を下げたのに驚き、私は慌てて止めた。恐れ多いというのもあるが、ルーセル辺境伯の沽券に関わることだ。
「良いのだ。頭を下げたくらいでは褒美にもならん。それよりテアよ、貴族の養子になる気はないか?」
「私を貴族の……養子に?」
「そうだ。と言っても私の家ではないがね。それでも伯爵家だ。上位貴族であることには変わりない」
それって……。
身分の差が、無くなる?
「襲撃がないことを確認してからになるが、君も王都に移り住むことになる。貴族教育を受けることになるが、君なら大丈夫だろう」
「え、それってつまり……!」
レオン様と――一緒にいられる?
「レオンと一緒に王都へ行くことになるな。向こうでも仲良くしてやってくれ」
この一言が決定打だった。
「はい、喜んで!」
私は満面の笑みで答える。
沈んだ気持ちが一気に晴れた気分になった。
「なら決まりだな。伯爵には私から話を通しておく。備えておきなさい」
「はい!」
私はウキウキした気分で執務室を出る。もうね、スキップしたい気分。
嬉しい――
また、レオン様と一緒にいられる。そう思っただけで心の隙間が簡単に埋まってしまった。
もうね、鼻歌まで出ちゃうよ。
でも、そうなると告白は――早い?
もっと距離を詰めて?
でも王都に行ったら私より可愛い子なんて腐るほどいる。
私、勝てるかなぁ――
そう考えると少しだけ凹んでしまった。
「ふふっ、喜んだり沈んだり。そんな顔もするんだね」
「れ、レオン様!――」
執務室を出た先の廊下でバッタリとレオン様と出会う。
「あ、あの、レオン様、私……」
「一緒に、王都へ行けるといいね」
言い終える前にレオン様が答える。
?
レオン様、知ってた……?
「気に入ってくれた? 僕からのプレゼント」
「え?――」
会議室でレオン様が言っていたことを思い出す。
『はい、父上。それで、例の件ですが……』
もしかしてこれって……!
そういうこと!?
ハッ、として思わず口元を両手で覆う。
「王都でもよろしくね。それと、向こうへ行く前に僕からドレスを贈ろうと思うんだ」
「いえ、そんな、悪いですよ!」
思わず両手をパタパタと振る。ドレスの値段を聞くと、どうしても萎縮してしまう。
「色はもう、決めてあるんだ。碧色のドレスに、金の装飾品がいいと思ってる」
碧色……。それってレオン様の瞳の色だ。
そして金色はレオン様の髪の色だよね……。
それって――
まさかね。うん、ちょっと自意識過剰だったかも。
でも、怖いけど――確かめたい。
「レオン様……、その色って……」
私が言い終えるより早く。
「必ず、着てね。自信もっていいよ。きっと君に似合うから」
それだけ伝え、彼は私の前を去っていった。
こんなの――期待しちゃうじゃないですか。
「本当に……、ずるい人」
私はちょっとだけ、口を尖らせた。
* * *
それから2ヶ月は何事もなく過ぎていった。
そのおかげで私は今、馬車に乗ってユベルドー伯爵家にやって来た。レオン様にもらった碧色のドレスと金の装飾品、そして紅い蝶の髪飾り。
それらを身に着け、私は馬車を降りる。同行してくれたメイドさんが私の少ない荷物を持ってくれた。
玄関の前では執事らしき人がいて、私達を見つけると頭を下げる。
「お待ちしておりましたテア様。長旅でお疲れのところ、申し訳ございませんが旦那様に奥方様、坊ちゃま、お嬢様方がお待ちでございます」
「いえ、こちらこそ」
私も頭を下げる。執事さんが扉を開けた。その先に見えたのは玄関から整列するメイドさん達。
なんというか、圧巻だった。
「ようこそお越しくださいました、テア様!」
一糸乱れぬ動きで一斉に頭を下げ、私を迎え入れる。そのメイドさん達の間を進んだ先には3人の男性と2人の女性が待っていた。もちろん5人とも美男美女なのは言うまでもない。
「待っていたわ、私はディアーヌ。テア、あなたのお姉ちゃんよ」
「はうっ!」
そして5人の前まで辿り着くと、私が自己紹介を始めるよりも先にディアーヌが私を抱き締めた。ふくふくで柔かくていい匂いがする。同年代の男性なら即死すること請け合いだ。
「凄く可愛い子だね。僕は長男のシルヴァンだ。よろしく」
「僕は次男のイザークだ。是非お兄ちゃんと呼んでくれ」
2人はディアーヌの抱擁に埋もれる私に自己紹介をする。抱きしめられてるせいで顔見えないんですけど。
「ディアーヌ、嬉しいのはわかるがそろそろ離してあげなさい」
「はいお父様」
バルトーク•ド•ユベルドー伯爵に言われ、ようやくディアーヌが抱擁を解く。いや、これはこれでなかなか至福の時間でしたけどね。
「今日からお世話になりますテアです。ユベルドー伯爵家に恥じない人間になれるよう精一杯努めさせていただきますのでどうかよろしくお願いします」
私は碧色のドレスで覚えたてのカーテシーを披露する。
まさか聖女であるディアーヌの家に養子に入ることになるとは思わなかったけどね。
サーラ、待っててね。
今度はきっと、守ってみせるから。
第一部 完




