45 守れなかったもの
「なにっ、て見たままですよ。レオン様、いや、もう様は要りませんね」
ヘルクス子爵……、いやヘルクスも手によって持ち上げられている。あれは間違いない、悪魔の手だ。
まさか……?
「サーラ!」
かつての親友の名を呼ぶ。
しかし、返ってきたのは――
「残念ながらサーラではないのう。わからぬか?」
「え……?」
サーラじゃない……?
「……誰なんですか」
「つれないのう。先程まで一緒にいたではないか。ヤーヌス、そう名乗りたいところなのだがな。キャトルと呼ばれておる。全く腑に落ちん」
私の中にいたヤーヌスがサーラの中に?
一体どういうこと?
「全く理解しておらぬか。思い出せ、お主とこの肉体の主、サーラは同じ魔神の血を射たれておる。つまり、この妾とお主の中の妾は異にして同一の存在ということになるのう」
キャトルがクスクスと笑いながら説明する。
難しいことはよくわからないけど、私の要求は通させてもらう。
「……サーラを返して!」
「無理な相談よな。もし今妾がこの肉体から離れれば、サーラは死ぬぞ?」
「な!?」
サーラが……まだ生きてるってこと?
「キャトル様、そろそろ……」
「そうよな。では最後に良いことを教えてやろう。もうこれで襲撃は起こらぬ。良かったのう?」
キャトルが何を考えているのか全くわからない。
わざわざ教える意図はなに?
「逃さない!」
それよりもアトスを奪還しないといけない。
紅い蝶の翅を生やし、空へと舞い上がる。
そして魔神の手を向かわせた。
「私を……、殺すの?」
手が、止まった。
サーラの、声だ――
「甘いのう……」
キャトルの口元が、歪んだ。
次の瞬間、お腹に激痛が走った。
「かはっ!」
一瞬呼吸が止まる。
――まずい!
「ほれ」
額に激痛。
――で、デコピン!?
しかしその一発で私は簡単に気を失いそうになり、飛行の制御を誤る。
――落ちる!
このままだと――死ぬ!
“手”も間に合わない!
もうダメ、そう思った。でも、ガッシリと私を支える腕に救われる。
「大丈夫?」
目を回しそうだったが、その声に意識を引き戻された。
「……レオン様?」
――私、助かった?
腕の主の顔を見る。
耳まで真っ赤になったのが自分でもわかった。
「れ、レオン様ぁっ!?」
私はしっかりレオン様にお姫様抱っこで抱えられていた。
思わずパニクる私。
癒神の手で復活した、多くの人々の視線。は、恥ずかしい……。
「しかし弱ったな、封印された魔神を連れて行かれてしまった。すぐに対策を練らないといけなくなったね……」
そうだ、レオン様に抱かれて浮かれてる場合じゃなかった!
アトスはまだ封印されたままだ。問題はその封印がいつ解けるか。それは私にもわからない。
「……してやられたな。しかし悪いことばかりじゃない。俺達は、生き残ったんだ」
アルスターさんが空を見上げる。
「……そうだね。まだ終わりじゃない。行こう、このことを父上に報告しないといけない」
レオン様も報告のために領主邸へと歩き出した。
私をお姫様抱っこしたまま……。
* * *
「……以上が報告になります」
急遽上層部が集められ、会議が行われていた。
「まさかヘルクス子爵が……」
「いや、それより封印された魔神が奪われたことだ。国王陛下になんと報告すればいい?」
戦いで生き延びたことより、さらに大きな問題に発展したことで会議は揉めに揉めた。
「そもそもだ、この少女がヘルクス達を逃したのが原因であろう? この少女に責任を取らせるんだ!」
幹部の怒号に私は真っ青になった。
会議の上層部は皆貴族だ。
気分次第では本当に私の首が飛びかねない。
「場合によっては責任を取る必要があるだろうな」
他の貴族が意見を述べる。
――生きた心地がしない。
縋るようにレオン様を見つめる。
「責任? 彼女のおかげで街は護られたというのにですか?」
「そうね。あのツヴァイだっけ? あいつに何人殺されたと思ってるのかしら? テアがいなかったら街は廃墟と化してたでしょうね」
その幹部にレオン様とセリーヌさんが意見してくれた。幹部は舌打ちすると、腕を組みながらドカッ、と着席する。
ジロリ。
そして、睨まれる。
何この理不尽。
「ヘルクスの裏切りについては私も暗部を借りて監視させていたわ。でも、あの封印の部屋で死体となって発見されてたわね」
セリーヌさん、ヘルクスの裏切りを予測してたんだ……。
でも、防げなかった。それ故セリーヌさんの表情は重い。
「……そのようだな。この件は国王陛下に報告し、判断を仰ぐことになるだろう」
「そうですな、閣下。先ずは街の復興でございます」
「うむ、2ヶ月ほど様子を見て襲撃がないようであれば、レオン。お前は王都に移り住み、学園に通いなさい。入学が送れたが、お前ならすぐに取り戻せるだろう」
辺境伯の言葉に私は凍りついた。
レオン様が――いなくなる?
そんな……。
レオン様をチラリと見る。レオン様は粛々と答えた。
「はい、父上。それで、例の件ですが……」
行かないで、なんて言えない。
所詮は――身分違いの恋か。
なんかこう、ポッカリと心に穴が空いたような感覚。
「うむ、わかっておる。悪いようにはせん。心配するな」
もう、何も耳に入って来ない。
その後の話も右から左。
私、何のためにこの会議に参加してるんだっけ?
「テア、聞いているのかね?」
――そうだ、離れ離れになる前に思いを伝えよう。
でも、迷惑じゃないかな、私なんて……。
「テア!」
「は、はい! すいません、ごめんなさい! 私なんか迷惑ですよね!?」
辺境伯の叱責に我に返ると、混乱したまま頭を何度も何度も下げる。
「……なんの話かね? これで会議は終わるが、テア。君に大事な話がある。後で執務室に来なさい」
「は、はい!」
大事な話……?
いったいなんだろう。
チラリとレオン様を見る。
バチリと目があった。
レオン様は変わらぬ眼差しで私を見つめていた。
心の奥が熱くなる。
伝えよう、この想いを。
後悔だけは、しないために――
あのとき伸ばした手の先にあるもの。その温もりを求め、私は天井の虚空を握りしめた。




