41 遅れた襲撃
「どういうことだ……?」
ルーセル辺境伯は困惑していた。
毎月決まった日に起こる魔物達の襲撃。今までのペースを考えれば今日がその日のはずであった。
なのに――
魔物どころか動物一匹前方には見えなかった。あるのは広い草原ばかり。
普通、襲撃がないことは喜ばしいことである。しかし、あるはずの日にないことが返って不安を煽っていた。
「変ね……。いえ、もしかしたらこれは前触れかもしれないわね」
セリーヌはその直感で不安を感じ取っていた。彼女の中ではある1本の線が結ばれつつある。
「前触れ、ですか?」
「そうです、レオン様。次の襲撃、必ず何かを仕掛けてくると私は考えています」
嵐の前の静けさ――
セリーヌはそれを感じずにはいられなかった。
「なぜ、そう思うんだい?」
「……女の勘です」
――本当に意地悪な人だ。
セリーヌがはぁ、と息を吐く。
こいつはわかってて聞いている。そうとしか思えなかったのだ。
「なるほど、それは馬鹿にできないね」
説明になっていない根拠にレオンが納得する。はるか先――眼前に広がる草原を見つめた。
「……嫌な風だ。……あのときと同じだね」
吹き抜ける風が生温かさにレオンが目つきが変わる。
まるで、見えていない先の不安を見透かしているように――
「で、ございましょう?」
セリーヌはそのことを肌で感じ取り同調する。
嫌な予感が2人の心を支配していた。
* * *
「サーラ、元気にしていた?」
治療院の一室。
サーラは立ち上がり窓を眺めていた。ここに来てから1週間、大分顔色も戻ってきている。
「テア、また来てくれたんだ。毎日じゃなくても大丈夫だよ?」
「うん、でもせっかく会えたんだし」
サーラは嬉しい顔をするときと困った顔をする日がある。
今日はちょっと困った顔。うーん、なんだろうこの距離感は。
――妙な違和感を感じるなぁ。
それは何もサーラに対してだけじゃあない。私についても、だ。
なんかこう、心の中で妙にもやもやしたものが残っているのだ。
私は――その正体を確かめたい。
「そういえば外が騒がしかったけど何かあったの?」
「え、うんまぁ……」
サーラに聞かれ答えに詰まる。
定期的に起こる魔物達の襲撃のことを話していいものだろうか?
少考し、私は伝えることにした。
違和感の――正体を確かめるために。
「うん、あのね。ここアルノーブルでは毎月決まった日に魔物達の襲撃があるんだ。本当は今日がその日だった。でも、ないんだよね襲撃が」
じっ、と見て反応を確かめる。
「ふーん、でも襲撃がないなら良いことなんじゃない?」
なんともあっけらかんと答える。
――これが普通の反応なのだろうか?
わからない。
「ねぇ、怖くないの?」
「何が?」
サーラが小首を傾げる。
「定期的に魔物達の襲撃があるんだよ?」
「うん、でもないんだよね? だったら怖がるだけ無駄だよ。それに――」
ふふっ、サーラが笑う。
「テアが、守ってくれるでしょ?」
一点の曇りもない笑顔。
「聞いたよ、テア、とても強いんだってね。みんなが苦労しちゃうような魔物でも簡単に倒したって」
「うん、まぁそうだけど……」
面と向かって言われると照れる。
この街で私を怖がる人はいない。一般の人でさえ、だ。
でも――あの村では違った。
それは相手が盗賊とはいえ、人間だったからかもしれない。
「なら、怖くないよ私。だって――テアが終わらせてくれんでしょ?」
口元が三日月に歪む。
目が――笑ってない?
また――あの笑顔だ。
その笑顔に胸の奥が冷えた気がした。
思考を振り払うように頭を振る。
そして、小さく頷いた。
「……うん、頑張るよ」
きっと――私の思い過ごしだ。
ここの中でごめんなさい、と伝え、私はサーラとの面会を終えた。
そしてそれから5日後。
ついに、その日はやって来た。
「遠方に魔物の大群を発見! 今までにない規模で、到着予測時刻は8時間後と思われます!」
私達が訓練をしていると、馬を駆る兵士から報告が入る。
「ついに来ましたか。全員すぐに休息を取り、戦に備えよ! 集合は4時間後とする」
訓練場に緊張が走る。
ヘルクス子爵より指示が入ると皆が一斉に動き出した。
今の時刻は午前10時頃。夕暮れの戦いになる、か……。
「テア、サーラに会いに行くのは今日は止めなさい。襲撃を知れば無駄に精神的負荷をかけることになる」
納得いかず、ヘルクス子爵の目を睨むように見る。するとヘルクス子爵は視線を逸らし、小さく咳払いをした。
「その通りね。テア、あなたはすぐに休息を取りなさい。これは命令です」
セリーヌさんまで……。セリーヌさんの目がなんか怖いし、ここは従おう。
「……わかりました」
不承不承私は頷く。
セリーヌさんの視線の先には、最後までヘルクス子爵がいた。




