39 懐かしい声、知らない温度
「知ってる子?」
セリーヌさんが眉をひそめる。
「……はい、多分」
「多分……?」
私の返答に何かを感じたのか、サーラと私を交互に見る。
「ほほう、お知り合いでしたか。ふぅむ、それなら私の方で保護をしましょう。簡単な仕事を与え、宿舎に部屋を与えましょうか」
「……いいんですか!?」
ヘルクス子爵が保護を前向きに検討すると、セリーヌさんがそれを訝しむ。
「テアはよくやってくれている。その方がテアとそのサーラという子のためになるでしょう」
「ヘルクス子爵……、ありがとうございます!」
思いっきり深く頭を下げる。
「テ……ア?」
サーラが目を開ける。
そしてか細い声で私の名を呼んだ。
「サーラ!」
しかし彼女はすぐに目を閉じた。
「これはいけない、酷く衰弱しているようだ。すぐに宿舎横の治癒院で休ませるように。テア、付いていてあげなさい」
ヘルクス子爵が兵士に命じる。
「はい!」
――サーラに付いてあげれる!
その物分かりの良さに感動すら覚えそうだ。
「……よろしいので?」
「今の彼女に訓練を続けろと?」
セリーヌさんが確認する。ヘルクス子爵はやはり私を気遣ってくれているようだ。
セリーヌさんが私の方を見る。
「……いいでしょう。許可します」
ため息混じりに許可を出す。
「ありがとうございます」
これで――確かめられる。
「ではテア様、このまま私が治癒院までお運びいたします」
「はい、ありがとうございます」
兵士さんがサーラを抱えたまま歩き出す。私はその後を小走りで付いていった。
治癒院の一室。
充てがわれた療養部屋は個室だった。ヘルクス子爵の指示らしい。
「サーラ……」
見れば見るほど確信する。
間違いなくサーラだ。
冷たい手をギュッと握る。
痩せているのは衰弱のせいだろう。
髪に触れる。
「ん……」
口元が一瞬歪む。
そして、ゆっくりと目が見開かれた。
「テ……ア?」
か細く、掠れた声。
「目を覚ましたんだね、良かった」
手が、次第に温かみを増す。
――生きていた。
夢じゃない。
目に涙が溜まる。
「うん、あのね私……」
サーラが口を開く。
「うん……」
「ここまでどうやって来られたのか記憶がないんだ……」
記憶が――ない?
「どこまで……覚えてる」
「えっとね、注射をされて――」
サーラが言い淀む。
苦い記憶しかないはずだ。当然だろう。
「とても苦しくて、そこから先は覚えてないんだ」
「そっか……」
何も――覚えてないんだ。
一度死んでたことも?
いつ目が覚めたかも?
「でも……テアのことはわかるよ?」
「え?」
「でも良かった、生きてて」
サーラの口元が三日月のように開く。
うん?
気のせい――だよね。
サーラの笑顔ってこんなんだっけ?
「うん、お互いにね」
「テア、覚えてる?」
「なにを?」
「精霊祭のこと」
――なんでその話?
まるで、確かめているみたい。
でもいいか、暗い話は。
元気になってからで――
「うん、覚えてるよ」
――夢で、見たばかりだから。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど……」
サーラがクスリと笑う。
なんだろ?
「うん?」
「……いい人できた?」
ドキィッ!
「はいっ!?」
鋭い指摘に心臓が止まりそうになる。
ほ、ほわいなっ?
「だって、その紅い蝶の髪飾り……」
「あ……、こ、これは、その……」
しどろもどろになる。
な、なんて説明しよう……。
「とっても、綺麗。テアによく似合ってるね。ふふっ」
はうっ!
顔が真っ赤になってるかも……。
「か、片想いだけど……」
「そんなプレゼントもらって?」
越えられない、壁があるから……。
だからわかってる。
ホントは、好きになっちゃいけないんだって。
身分の差。これは絶対だ。
「レオン様は、優しいから……」
――本当に、ずるいよね。
叶わないとわかってるのに――
期待してしまう自分がいる。
「そっかぁ、レオン様って言うんだね、その人。きーちゃった」
「あ……!」
そういえばサーラがレオン様を知るわけがない。上手くやられた?
「ねぇ、聞かせて欲しいな、レオン様のこと」
「う、うん……」
推しを語る。
そんなこと、人生で初めてだ。
その後、療養室でサーラと私の笑い声が響き渡っていた。
空白の時間を埋めるように。
いつまでも、いつまでも……。




