38 懐かしい顔、知らない瞳
「サーラちゃん待ってよう……」
私はショートカットの優しそうな女の子を追いかけていた。彼女はサーラ。とても活発な子で、内向的だった私にとっては唯一無二の親友だ。
「あははは、テアちゃんこっちこっち! 祭り始まっちゃうよ」
そうだ、この日は確か私の村の年に一度の精霊祭の日だ。精霊祭では精霊の巫女に選ばれた女性が伝統的な冠と白い衣装を身に纏い、精霊様に祈りを捧げるのだ。
そして精霊様の祝福をいただき、村の1年間の繁栄を願うのである。毎年選ばれるのはその年に成人した女性で、選ばれることは大変な名誉なのだ。その年にいなかった場合は他の成人女性から選ばれるんだけどね。
精霊の巫女はこの村の女性にとっては名誉であり憧れだ。私もサーラも「いつか私かテアのどっちかがやれたらたらいいね」なんてよく話していたっけ。
村の広場に着くと、既に大勢の人で賑わっていた。大勢、っていっても人口100人くらいの小さな村だから広場にいる人数もそのくらいだろう。田舎だけあって広場の敷地面積は無駄に広いので人口密度はそれほどでもない。
それでも広場には屋台が並んでおり、昼間っからエールを飲んでいるおじさんもいた。多分村人全員集まっていると思う。
カラーン
カラーン
大きな鈴を鳴らす音が広場に響き渡る。巫女様の祈りが始まる合図だ。
「もう鐘が鳴った! でも間に合ってよかったね」
「うん」
サーラは私の手を取り急いで巫女様のいる祈祷場へ向かう。まだ私もサーラも8歳だったから身体も小さい。だからそれを利用して上手く人混みを潜り込むようにすり抜け、最前列を目指した。
そしてちゃっかり最前列に到達すると、巫女様の祈りの儀式が始まる。
巫女様は銀色の冠を被り、荘厳な衣装を身に着け軽やかに舞う。
シャラン、と鈴の音が鳴った。
巫女様の袖に付いた鈴が鳴ったのだ。その涼やかな音色は巫女様の舞をより一層際立たせ、見る者たちを魅了する。
「綺麗……」
「うん……」
神々しさすら感じる舞に私達は釘付けだ。いつかあんなふうに踊れたらいいな、と思っていたらサーラが私の手を強く握りしめる。サーラもきっと同じ気持ちなのだ。
* * *
そこで私は目を覚ました。
「夢……?」
そっと頬に手をやる。
私は涙を流していた。
「もう、いないはずなのにね……」
なんで、こんな夢を見たのだろう。
「サーラ……」
不意にかつての親友の名が口から出た。あの子は天国へ行けたのだろうか。できることなら、もっと話がしたかったな。
窓から外を眺める。
小鳥のさえずりが朝を報せていた。
「あ、いけない。朝御飯食べにいかないと怒られちゃう」
私はベッドから飛び起きると急いで身支度を整えた。私があてがわれた部屋は個室なので一緒に話す相手もいない。それはそれで気楽なんだけど、少し淋しい。
「さぁ、訓練を始めるぞ!」
「はい!」
屋外の訓練場では兵士たちが集まり、厳しい訓練を行っていた。私は治癒士としての参加だ。
「いくぞぉっ!」
訓練場内のあちこちで兵士達が槍や剣を打ち合う。訓練用の木剣や木の槍とはいえ、鎧のないところでは骨が折れる危険があった。
「う、うわぁぁっ!」
銅鑼を鳴らすような音が響く。大盾を持った兵士が尻餅を付いた。
また別の場所では右腕に剣を叩きつけられ、木剣を落としている兵士も。
さらに別の場所では槍の一撃を胸に受け、倒れた人も。
倒れた3人に天使の手を派遣。触れて状態を確認する。
この人は右腕ひび。
こっちとこっちは大きな怪我はないようだ。
「癒せ!」
右腕を負傷した兵士を即座に癒す。
「戦場で気を抜いたら死ぬぞ!」
倒れた兵士達を隊長が叱責する。
「いてて……、右腕が……どうもない!?」
兵士が私に目を向ける。
治療は成功したようだ。
「そう、その調子よ。現場で即座に怪我に対応できるのはテア、あなただけ」
「はい、セリーヌさん」
この訓練、実はセリーヌさんのアイデアなのだ。現場での治癒が可能になれば死人は減る。
でも無茶をする人も出てくる。
だから――
「ぎゃふぅっ!!」
いけない、頭を槍で叩きつけられてる!
すぐに天使の手を飛ばす。
ひょい。
怪我をした兵士が持ち上がる。
気をうしなっているようだ。脳しんとうなら戦闘不能同然。
そのまま怪我した兵士を回収。セリーヌさんの元へと運んだ。
「ふむ、脳しんとうかしらね。いい判断よ」
私の役目その2。
それが戦闘不能者の回収だった。
その3として戦力としての参加も当然ある。しかしそれは最後の手段だとキツく言われていた。
そして訓練が続く。
すると1人の兵士がこちらに走って来た。
「報告します! 門の近くで倒れている少女を発見しました」
「なに? ちょうどいい。ここにはテアとセリーヌがいる。連れてきなさい」
兵士が現場を取り仕切るヘルクス子爵に報告する。
子爵はすぐにこちらに連れてくるよう伝えた。
「……珍しい判断ね?」
セリーヌさんの眉がピクンと跳ねた。
「そうかね? ここは門からも一番近いからね。それが一番合理的だろう」
「……そうね。でも普通は施設に相談が行くと思うんだけど」
確かにそうだ。
そもそもなんであの兵士はヘルクス子爵に報告したのだろう。
「門の外だよ、セリーヌ。明らかに普通じゃない。何があったか知るべきだろう?」
「……そうね」
話を聞くとなるほど、とは思う。あの兵士も同じ判断を下したわけか。
「閣下、この子です」
そうこう話している内に兵士が女の子を抱えて戻って来た。
その腕に抱かれていたのは――
見覚えのあるショートカット。
――でもこんな痩せてたっけ?
いや、間違えるわけがない。
今朝、夢に出てきたばかりだもの。
でも――
確かにあの子は――
あり得るわけがない。
それでも目が逸らせない。
見れば見るほど――
その、懐かしい名前を呼ぶ。
「サーラ!」
彼女に駆け寄る。
その手はとても冷たかった。
やはりそうだ。
見間違うはずがない。
彼女は――
死んだはずのサーラだ。




