34 欲張りな治癒師
「テア、君が戦う必要はないんだ!」
レオン様が私を止める。
それでも――
私には、譲れない願いがあるんだ!
「私――欲張りなんです。だから――」
全部、守りたい。
目の前の人だけじゃない。
アルノーブルのみんなを。
レオン様を!
「破滅の爪牙!」
魔神の手が直接狼男を引っ掻く。
紅い爪痕が虚空もろとも狼男を切り裂いた。
噴き出す鮮血。
響く狼男の遠吠え、
「一体何が起こってるんだ!?」
周りの兵士たちには魔神の手なんて見えない。何が起こったのかなんてわからないだろう。
狼男の身体から顔にかけて大きな紅い爪痕が残っていた。血がとめどなく溢れ出し、石床を汚す。
それでも奴は私に向かって駆け出す。
左腕が、振り上げられた。
「――破滅の爪牙」
いち早く魔神の手が狼男の腕を、身体を引き裂く。両腕を失くしてなお狼男は一步、前に出た。
その直後――
狼男が、吠えた。
それは断末魔の咆哮か。
天に向かって吠える。
その声はどこか苦しげで――
そして――動かなくなった。
それを契機に魔物達が一斉に街を出ようと駆ける。我先にと門を潜り、追撃を受けながらも撤退していく。
「テア!」
レオン様が私の近くに駆け寄る。ところどころ傷だらけだ。瘴気を含んだ傷もある。
「レオン様……」
「大丈夫なのか!?」
力を使っても。きっとそう言いたいのだろう。
私の背中には今、紅い蝶の羽根は生えていない。これが何を意味するのかはわからない。
でも――
私は今の選択を後悔するつもりはない。それだけだ。
「平気です」
私はとびっきりの笑顔で返した。
「そうか、それならいいんだ」
レオン様も笑顔を返す。
私にとって、それが何よりの報酬だ。
それから10分も経たずに魔物達は全員街を出ていった。
「やった、やったぞーー!」
「俺達の勝利だ!」
撤退を確認し、兵士たちが勝ち鬨を上げる。
抱き合い、肩を寄せ合い勝利を喜び合っていた。
「嬢ちゃん! 何をやったのかサッパリだったが、あんたのおかげだ!」
「何をしたんだ? 教えてくれよ」
人々が、兵士達が私の周りを囲む。和やかな勝利のムード。
しかしそんなモノ、彼女の前では砂上の楼閣だ。
「テア!」
たったその一声で空気を変える。人垣が割れ、彼女の前に道ができた。
モーゼ!?
「テア、あなたのしたことは命令違反よ。わかってるのかしら?」
腕を組み、私を見下ろす。背後に見えるのは怒りのオーラ。
あ、これ逆らっちゃダメなやつだ。
本能で理解する。
「も、申し訳ございません……」
深々と頭を下げる。
「セリーヌ、彼女のおかげで多くの命が救われた。テアはアルノーブルの病を治療しただけだよ。治癒師として、ね?」
レオン様がフォローを入れてくださる。
「やり方はめちゃくちゃだったけどね……」
あ、視線逸らされた(泣)。
「レオン様……。それは結果論でございます。成果を上げたからと勝手を許しては、組織は成り立ちません!」
ぐうの音も出ない程の正論だ。
「……その結果死人が増えたらどうする気だったのかしら?」
「は、はい。おっしゃる通りです……」
頭を下げる。
悔しいけど何も言い返せない。
「まぁまぁ、今回だけは大目に見てあげてよ」
「レオン様は甘いです! ですがいいでしょう。テア、今回だけですよ?」
セリーヌさんは人差し指を立て、私に顔を近づける。
むっちゃ近いです。
「は、はい!」
「レオン様にお礼を言いなさい。いえ、お礼を言うだけでは失礼というものです」
セリーヌさんがレオン様をチラリと見た後、私に向かって諭す。
「そ、それは、まぁ……」
「そこでどうでしょうレオン様。レオン様にも休息は必要でございます。たまには羽根を伸ばす必要がございます。テア、あなたは責任を取る意味でも同行し、お世話なさい」
え、それって……?
「僕としては反対に礼をしたいくらいなんだけど……」
「それなら街を案内してあげてはどうでしょう。来てすぐに治癒師として働いていましたからね。自分の守る街のことは知っておくべきです。レオン様も良い気分転換になるでしょう」
完全にご褒美です……!
「うん、いいねそれ。楽しみだな」
レオン様が、楽しみ!?
思わずセリーヌさんを見る。
――ウィンク。
……完全に、ご褒美でした。




