33 瘴気の傷痕
「そう、瘴気よ。瘴気はね、治癒魔法を打ち消してしまうの。人体にも有害で、抵抗力がなければ生命そのものを蝕まれて命を落とすわ」
「どうすれば……」
セリーヌの説明に皆が視線を落とす。
「聖水よ。教会へ行って聖水をもらって来て。それなら浄化できるはず!」
「は、はい!」
セリーヌの指示を受け、数人の治癒師が教会へと走る。早くても往復15分はかかるだろう。
だが――それでは間に合わない患者が私の目の前にいた。
今、この瞬間に死に瀕している患者が。
腹の右横に深々と抉られた傷痕。この場所にあるのは肝臓だ。
時間がーーない!
瘴気の浄化。
私の癒神の手にそれができるかはわからない。
「ぐああっ! はぁっ、はぁっ……」
目の前の患者は呻き、息も絶え絶えで危険な状態だ。
――私は治癒師。目の前の命を救うことが私の使命。
1人頷き、大きく深呼吸する。
――集中!
できるかどうかなんてわからない。
――でも、やるしかない!
「癒神の手よ、浄化して癒せ!」
ぐぅっ!?
一気に力が吸われる感覚。
引き換えに癒神の手は眩い光を放ち患者を包み込む。
「テア、あなた何をしているの!」
その光にセリーヌさんが反応する。
命令にない行動。
本来なら懲罰ものかもしれない。
――それでも。
私は目の前の命を諦めたくははかった。
「き、傷口が!? これは浄化? いや、そんなまさか……!」
理解が追いつかない、という顔だ。私だってよくわからない。
それでも――
患者の傷口が塞がっていく。
この感覚、この手応え。
恐らく臓器すら治癒しているだろう。
いや、そうでなくちゃ困る!
「頑張れ、頑張れ!」
自らにエールを送り鼓舞する。その甲斐あってか患者の顔色が戻り、呼吸が落ち着いていった。
「これは……、瘴気が残ってる。浄化じゃない。この力は……?」
セリーヌさんが治った患者をじっくりと観察し、様子を確認する。
「でも肉体は瘴気の影響を受けていない? まさかそんな……!」
浄化じゃ……ない?
そりゃそうか、それができたら私は聖職者だ。どういうことなのかは正直私にもわからないかな。
「助かった……のか?」
瀕死だった兵士が目を開ける。彼はすぐに立ち上がろうとした。
「行かねば……!」
「さっきまで瀕死だったんですよ!? 無茶にもほどがあります!」
私は兵士を諌める。
しかし、私は兵士の次の言葉で凍りついた。
「レオン様が危ないんだ! あの魔物は危険過ぎる!」
「どういう……、ことですか?」
はやる心を抑え、その真意を問う。
「その魔物は剣で斬られても傷が一切つかないんだ。魔法すらものともしない。まだ12歳のレオン様に抑えられる相手じゃない!」
「レオン様が……!」
手が震える。
まさか、まさかまさかまさか!
「このままだと死ぬぞ。あの方を死なせるわけにはいかんのだ!」
兵士が気を吐き立ち上がる。
この兵士は生命に代えてもレオン様をお守りするつもりだ。
私は――?
私はどうしたい?
――決まっている。
「レオン様は――私がお守りします」
ハッキリと告げ立ち上がる。
「ダメよテア。あなたは治癒師。何のためにあなたはここにいるの?」
――なんのために?
「私は――」
決まっている。
救いたい。
目の前の人も。大切な人も。
「レオン様のためにここにいます!」
「……!」
私はすぐさま手を召喚し、自らを運ぶ。真っ直ぐ前線を目指した。
セリーヌさんが私を呼ぶ声が聞こえた。それでも私は振り返らない。
後で怒られるだろうな。
でも――
レオン様を失うことは私にとって死の宣告と変わらない。
空を飛び前線まで5分足らず。
見つけた!
見た目は身体の大きな狼男。銀色の毛に覆われ、なにやら紫色の煙が奴から立ち昇っていた。
その周りをレオン様を中心とした騎士たちが囲んでいる。他にも多くの魔物どもと乱戦になっていた。
レオン様かすり傷とはいえ、そこかしこに傷痕が見える。
――押されてる!
狼男が右手を振り上げた。
――させない!
「破滅の爪牙!」
魔神の手が狼男の右腕を切り飛ばす。そしてレオン様の前に立ち、狼男と対峙する。
「治癒師として――」
狼男を指差す。
「アルノーブルに巣食う病は――私が排除します!」




