32 効かない治癒
門が破られてからが私達後方支援部隊の出番だった。
門の前の広場が最前線となり、本格的に怪我人が増えてくるからだ。
「しっかりなさい! テア、この人もお願い」
後方支援の仲間が次々と怪我人を連れてくる。
「はい!」
部隊の人が私の前に怪我人を横たわせる。
黒い爪痕。その爪痕から組織の壊死が進行し始めていた。セリーヌさんからもらった瓶の蓋を開ける。
花の香が鼻腔をくすぐった。
薬を傷痕に塗る。すると不思議なことに組織の壊死が止まった。
――これなら。
天使の手で治癒を行う。以前感じられた抵抗が微塵も感じられなかった。傷は瞬く間に塞がり、色を取り戻していく。
――いける!
これなら魔力消費をかなり抑えられる。
「凄い!」
薬の効果に驚きつつも手を動かす。セリーヌさんの指示で完治はさせず、動ける程度までに抑えていた。
そのため治癒にかかる時間の短縮と数をこなす。2つのことが可能になっていた。
「ちゃんとやれてるわね。いい? 治療の後はどのみち休息が必要なの。なまじ完治させては無理をさせかねないわ」
「はい!」
セリーヌさんが手を動かしながら私に意図を話す。今ならその理由が理解できる。
治癒魔法では体力まで回復しない。
それなのに――
「ありがとう、これで前線に戻れる」
治療を終えた兵士が立ち上がった。そしてはるか前方ーー門前の広場を見つめる。
「ちょーーっと待ちなさい! あなた今の話聞いていたのかしら?」
「え、ええええ?」
前線に戻ろうとした兵士をセリーヌさんが叱責した。兵士は理解できず戸惑っている。
「あれは貴方にも言ったのよ。休息が必要と言ったでしょ?」
「いや、しかし……!」
兵士が一步身を引く。
少し身体がグラついた。当然だ。痛みを堪えるのは体力を使うのだから。
「私達は死人を増やすために治療してるんじゃないの。生きていてほしいから治すのよ。そんなフラフラで戦うなんて死にに行くようなものよ」
セリーヌさんの正論に兵士がたじろぐ。
ここで私の悪戯心に火がついた。
必殺、天使の手で膝カックン!
そっと兵士の膝裏を押した。
「おわっ!?」
兵士がその場にへたり込む。するとセリーヌさんがちょうど兵士を見下ろす形に。
「ほら言わんこっちゃない。そんなザマじゃゴブリンにすら返り討ちに遭うわね。大人しく休んでなさい!」
皆が休んでいる休息場を指さし一喝する。
「あの、治療の邪魔です。休んでていただけますか?」
実際邪魔だし。衛生兵の人たちが場所が空かなくて困ってるじゃない。
「はい……」
私の笑顔の圧力に兵士は渋々立ち上がり、大人しく休息場に向かった。
あれから時間が経ち、第一陣の休息グループが立ち上がる。
「頼んだわよ。あまり無茶をしないように」
「はい」
魔力回復のポーションを飲む。魔力の回復を確認すると、すーっと息を吸い込んだ。
「癒神の手よ……、癒せ!」
癒神の手を発動させる。
光の波紋が広がり、大気中を光の粒子が舞った。
「奇跡だ……!」
歓声が起こる。
規格外の治癒能力に兵士達の表情は様々だ。
「行くぞ! 俺達の街を守るんだ」
兵士達が武器を手に前線に向かう。その目には強い意志が感じられた。
最初の治療で動ける程度に治し、体力がある程度回復したところで完治を図る。
範囲回復はかなりの魔力を消費するが、治す割合を調整すればかなり軽減できた。
これがセリーヌさんの提唱した段階的治癒法だ。メリットととしては私を含む多くの治癒師の負担軽減。さらに完治のタイミングを合わせることで一気に戦力が補充されるため、交代要員の役割も果たせる。また、治ってすぐの戦線復帰をさせないというのも馬鹿にできなかった。
やってみるまでは半信半疑だった。でもいざやってみてその理論の正しさをか理解する。
戦力が一気に補充されるのは士気の高揚にも繋がるとかで、一石二鳥どころの騒ぎじゃない。
あの若さでリーダーを任せられるだけあるな、素直に感心する。
「これで一気に盛り返せるわね」
セリーヌさんがしてやったり、と笑顔をこぼす。
やがて交代で下がってきた兵士達が数人の負傷者を支えながらやって来た。
私達はすぐに治療にかかる。
「紫の、傷……?」
その爪痕は紫色。それ自体はおかしくない。
妙な違和感――
その正体を周りの声が教えてくれた。
「セリーヌ様、この傷治癒魔法を受け付けません!」
「あの薬も効きません!」
現場に緊張が走る。
私も薬を塗り、天使の手を試す。
……効果がない。治癒の力が届いていない感じがする。
まるで治癒を拒んでいるかのように。
「なんですって!? テア、あなたの方はどうなの?」
セリーヌさんが血相を変えて私の様子をうかがう。
「ダメです、治りません……」
俯いて力なく答える。
癒神の手なら……。
でも――消耗が激しすぎる。
「ぐっ、ぐああああぅっ……!」
傷を受けた兵士が苦しそうに喘ぐ。
傷口から紫斑が少しずつ広がっていった。
私を含め、皆がセリーヌさんに視線を送る。
皆待っているのだ、セリーヌさんの指示を。
「……私が診ます。代わりなさい」
セリーヌさんが近くの治癒師と交代する。他の薬を試しながら、探るように時々思案にふけっていた。
そしてついに答えを出す。
彼女が短く息を吐いて顔を上げた。
「原因は恐らく――瘴気ね」
「「「瘴気!?」」」
その一言に現場が凍りついた。




