31 小さな違和感
「そんな厄介な存在だったとはな……」
ルーセル辺境伯の執務室で私はアトスのことを話した。辺境伯はむぅ、と唸り顎に手を当て思案する。
「……他にわかったことは?」
「……ありません」
言えない。
私の中に魔神が生まれようとしているなんて。
あのエンディングで見たスチルが脳裏を過る。あのときテアは15歳。まだ時間はあるはず——
チラリとレオン様を見る。
彼は真っ直ぐに私を見つめていた。
——凛々しい目。
何か決意を秘めたような真っ直ぐな眼差し。それでいてどこか優しく、温かな視線。
そうだ。あのテアと今の私には決定的な違いがある。
彼女は生きるのを諦めた。
でも——私は諦めない。諦めたくない。
この身をーー魔神になど渡してなるものか。
拳を握り締める。真っ直ぐにルーセル辺境伯を見つめ、姿勢を正した。
「そうか。恐らくゾーア教団の狙いはそのアトスの解放で間違いない。問題はその手段だな」
「やはり街を攻め落として直接奪うつもりでは?」
辺境伯の疑問にヘルクス子爵が答える。しかし何かが引っかかった。
ゲームではどうだった?
アトスは名前すら出て来ず、この街で封印されたままだ。
その理由は語られていない。
なぜゾーア教団は諦めたんだろう?
「ふむ、答えが出ないことをここで考えても仕方がないか」
「そうですね。それよりも毎月定期的に襲って来る魔物の群れです。なぜこうも定期的に襲撃を起こせるのか、ですね」
レオン様が天井を見上げ、疑問を口にする。
「あ、あのぅ……。なぜゾーア教団の仕業だとわかったのでしょう?」
これが最大の疑問だ。ここになんらかのヒントがあると思う。
「それは簡単なことです。いたんですよ、教団の幹部を名乗る者が。その者が私達の前で堂々と魔物達に命令していましたからね」
「その者はどうなりました?」
私の疑問にヘルクス子爵が続けて答える。
「ええ、何度か姿を見せています。いつも知らない内に姿を消していますがね。私も何度か直接やり合ったことがありますが、かなり手強いですね」
うん……?
なんとなく小首を傾げる。
ま、いっか。それよりも。
「出現場所の特定などは行ってないんですか?」
「したくてもできんのだよ。毎月決まった時期に来るのだ。調査するにも日にちが足りん。そうだな?」
普通はこういうのは調査しそうなものだと思う。しかしそれはしてないと辺境伯が答えた。
「ええ、その通りでございます。最初の襲撃の際、その幹部は近い内にまた来ると言ってましたからね。そちらの対応を優先させたのです」
……随分と親切な幹部さんだ。
「ということだ。結果的にヘルクス子爵の判断は正解だった。そうそう、襲撃の時期も近づいている。テア、君には現場の後方支援部隊に入ってもらいたい」
「はい、わかりました」
まだ何かが引っかかっていた。
しかし、それは本来私が判断することではないだろう。
* * *
現場の後方支援部隊。
そのリーダーはセリーヌさんだった。私の参加にかなりご立腹のようである。
「あなた、まだ9歳よね……?」
「え、ええまぁ……」
私を眺め、はぁ、とため息をつく。
「何を考えてるのよ上層部は! 普通9歳の女の子を戦場に出す!? 頭にウジでも涌いてるのかしらぁっ!?」
うん、凄く真っ当な意見だと思う。
大声で文句を宣うと、肩を落として息を整える。
そして私の肩をポン、と叩いた。
「悪いことは言わないわ。辞退なさい。上層部には私から言っておくから……」
セリーヌさんは私を本気で心配しているらしい。
でもーー
「私は、治癒師ですから」
目を見て答える。
セリーヌさんが顔を引き締めた。
「……死ぬかもしれないのよ?」
しばらく見つめ合う。
「……わかったわ。その代わり、指示には必ず従うこと。いいわね?」
人差し指を立て、子供に言いつけるように約束を迫る。
「はい」
私がしっかり返事をすると、満足げな表情を浮かべた。
「テア、あなたにこれをあげるわ」
セリーヌさんが私に大瓶を手渡す。中に入っているのは――軟膏?
「これは……」
「襲撃には必ず黒い虎のような魔物がいるわ。そいつにやられた傷は治癒魔法の効果を著しく弱めるの。その原因は――」
セリーヌさんが得意げにその軟膏の秘密を語る。これは話が長くなるパターンかな……。
「――ということなのよ。まだ試作段階で試験運用中だけど、効果は保証するわ」
長い説明を終え私が頷く。するとセリーヌさんは満足げにふふん、と笑みをこぼした。
何にせよ魔力消費を抑えられるのはありがたい。有効に使わせてもらおう。




