30 封じられし者
「なるほど、その“魔神の血”とやらを注射され、君はその能力を手に入れたということだね」
「は、はい……」
狭い個室の中、私は一人掛けの椅子に腰掛けていた。
私の前には3人の調査官。しかもその内の1人は子爵だという。
彼らは私の体験した話を聴き取りながら調書を取っていた。
私がどこで生まれ、どのような経緯でこの能力に目覚めたか。どういった経緯でウォルノーツにいたのか。そんなことを説明していた。
「ヘルクス子爵、これはやはり……」
「そうですな。間違いない、ゾーア教団が関わっていますな」
説明の中で私は組織の名前を出していない。私が組織名を知っているのは不自然だからだ。
――知らない振りをするのももう慣れてしまったなぁ。
「テア殿、情報提供感謝する。一応我がアルノーブルの現状も説明しておこう」
私はコクリと頷いた。
「アルノーブルでは月一度の割合で魔物たちの襲撃が起こっている。それもきっかり一ヶ月周期で、だ」
ヘルクス子爵が語り出す。その後に続き、他の調査官が説明を補足する。
「これは魔物たちの襲撃が人為的なものであるという証左に他ならない。そしてそれを行っているのはーー」
「ゾーア教団。これは間違いないだろう。狙いも見当がついている」
そこまで話し、ヘルクス子爵が顎髭を撫でた。
「しかしわからないことも多い。ここから先のことは決して口外なさらぬようお願いする」
「はい……」
「この街には魔神が封印されている。奴らの狙いは魔神の解放だろう」
魔神……。
私の中にいる魔神とどういう関係なのだろうか。それは原作を知る私も知らないことだ。
「今から君をその封印の地へ案内しよう。しかし何かあるといけない。だからレオン様に来ていただいてから向かうことになる」
レオン様と……。
ここから先は私も知らないことが多い。慎重にいかないと……。
「待たせたね」
しばらく待っているとドアが開く。入って来たのはレオン様と――
「お待ちしておりました、エリオット閣下、レオン様」
エリオット閣下。
エリオット•ド•ルーセル。辺境伯領主にしてレオン様のお父様だ。
2人が入室すると、一気に空気が引き締まる。
長いブロンドは後ろで束ねられ、凛々しく整った顔立ち。渋いおじさま、という言葉がよく似合う。
「……君がテアか。息子が世話になった。礼を言うよ」
「い、いえそんな……」
私は頬を染め答える。
「ヘルクス子爵、君も来たまえ」
「はっ!」
「さ、行こうか」
レオン様が私の手を取った。
温かい……。
優しく手を引かれ、私は少し舞い上がっていた。
案内されたのはこの世界の女神イシュタリアを祀る神殿の奥。
「ここだ……」
重そうな扉の奥。
そこから異質なまでに強大な力を感じ取る。
扉が開かれる。
広い空間。その中央には青く大きなクリスタルのようなもの。
その中にそれはいた――
紅い蝶の羽根を纏った美しい女性。
黒く長い髪はどこまでも深い闇のような禍々しさが――
細く白い素肌は透き通るような美しさが――
その女性は微笑を湛えたまま、まるで時間が止まったかのようにピクリとも動かない。
紅い瞳は見開いたままだ。
ふいに、その瞳と目が合った気がした。
「これが……魔神」
目が離せない。
まるで吸い込まれるかのように。
ゾクリと背中が寒くなった。
――怖い。
ゴクリと唾を飲み込む。
冷や汗が頬を伝う。
膝がカタカタと震えていた。
「テア、何か感じるかい?」
「はい……」
――そう、あなたはテアというのね。
心に直接語りかける声。
――ずっとあなたを感じていたわ。
「あなたは……いったい……」
震えながら答える。
「テア……?」
ーー私の名はアトス。あなた達人間が魔神と呼び恐れる者。かつてはアンラ=マンユと呼ばれ神々に敵対した者たちの女王。
「魔神達の女王……!」
「……!」
私の言葉に皆の視線が釘付けになる。
――テア、貴方の中に同族を感じるわ。でもまだ凄く小さい。これからどんな子が産まれるのかしらね?
クスクスとアトスの笑い声が頭に響き渡る。
――楽しみだわ。
その言葉に身体がすくみあがった。




