29 生命の価値
「ん……」
目を覚ます。
周りにあるのは荷物。それと布団代わりの布だ。
振動はない。つまり今、馬車は動いていないということか。
幌の中から顔を出す。
見ると皆がご飯準備をしていた。
馬車を降りるとなんか違和感が。
――こんな場所だったっけ?
周りは草木が生い茂っており、森林特有の香りがする。それになんだか日も高い。
ちょうどカインさんがいたので聞いてみることにした。食事となるスープを他の騎士団員と一緒に作っているようだ。
「カインさん、その、寝坊しちゃったみたいで……」
「おっ、嬢ちゃん目が覚めたか。丸一日寝てたんだ、腹減ったろ?」
「まる……一日?」
そんなに寝てたんだ……。
「瀕死のアーネスを助けられた程の力だ。それだけ消耗もエグかったってことじゃないのか?」
「そ、それは……」
……否定できないかも。
「だが俺は感謝してる。アーネスを助けてくれてありがとう」
カインさんが頭を下げる。
「いえ、そんな……。アーネスさんを助けたかったのは私も同じですし。それに……」
「それに?」
そうだ、この気持ちに偽りはない。
「私は、治癒師ですから」
胸を張って答える。目の前の命を救う。それが私の治癒師としてのあり方だ。
「凄いな、嬢ちゃんは。本当に9歳かと思うよ」
「9歳ですよ。なのでお腹いっぱい食べたいです」
もっと力をつけないといけない。癒神の手を使いこなすにはまだまだ力が足りない気がする。
そのためには成長するしかない。心だけじゃなく身体も、ね。
「ははっ、昨日は食べてないしな。たくさん食べていいぞ」
「ふふっ、ありがとうございます」
カインさんはそう言いながら鶏肉を追加した。
それから5日。ようやくアルノーブルに到着する。
街並みの様子はウォルノーツとそう変わらない。
露店では実演販売士が啖呵を切り、またある者は大声で自らの商品をアピールしている。
舗装された石床の街路を馬車が行き交い、街路樹も立っていた。
一番驚いたのは外壁の高さ。
街全体を囲う外壁は全て高さが10メートルくらいはありそうだ。外壁の上では弓隊が交代で見張りについているとか。
しかし治癒院の喧騒に関して言えばウォルノーツを超えていたと断言しよう。
「次の重症者もお願いします!」
私に回ってきたのは主に重症患者。それこそ放っておけば命を落としてもおかしくない患者ばかりだった。
――またこの傷だ。
打撲痕や擦り傷、裂傷。それらに異常性はない。しかし運ばれてくる患者の中にあの黒い爪痕を見つけたのだ。
天使の手を使っても治癒に時間がかかってしまう。
正直もどかしい。
それでも天使の手を使い、次々と治していく。癒神の手は消耗が激しすぎるのであくまで切り札としたかった。
したかったんだけどね、そうしないと助けられない人もやはりいた。
「癒神の手……!」
瀕死の重症ではあったが、半分程度の力で快癒に至る。
「すっげ! いや、俺死んだと思ったんだけど。あんたは命の恩人だ」
手を取り、患者が感謝を示す。
しかし全力ではなかったとはいえ、さすがに力を使い過ぎた。足下がふらつき、その場に座り込む。
「すいません、急患です! 中隊長、しっかりしてください!」
1人の急患が仲間の肩を借りて私の下に辿り着く。
「ご、ごめんなさい、魔力が切れて。少し休めば……」
癒神の手の消耗は思った以上に激しく、私は座り込んだまま立てずにいた。
ーー酷い傷だ。
早く治療しないと命に関わる。
助けなきゃ。私は治癒師なんだから。
心を奮い立たせ、身体を起こす。しかし膝が崩れ、その場にへたり込んだ。
「……あれ?」
――ダメ、間に合わない。
「……全く、情けないわね」
周りがざわつく。
中隊長を連れてきた兵士の顔がパッと明るくなった。
重苦しい雰囲気が一発で消し飛ぶ。
「セリーヌ様!」
上手く立てない私の代わりに白衣のセリーヌと呼ばれた女性が治癒に当たる。
見れば低級の治癒魔法を局所的に使い、効果を高めている。薬と包帯を併用し、確かな技術で治療に当たっていた。
完治はしていない。しかしあの様子なら一月もせずに現場復帰できそうだ。
「……あなたがテア?」
「はい、そうですけど……」
治療を終え、白衣の女性が私に話しかける。髪を短めに切りそろえ、眼鏡をかけた知的な美女だ。
「あなたの力が凄いのは認めるわ。でも頑張り過ぎね。ううん、空回りというべきかしら?」
セリーヌのメガネが光る。
「空回り……ですか?」
「そうよ。私たちの力は有限。時間だってそうよ。一般兵は最悪代わりが効く。だから必要最低限でいいの。でも指揮官は違うわ。指揮官がいなきゃただの烏合の衆に成り果てる。それでは全滅してしまうわ」
「ぜ、全滅……!」
わからないわけでじゃない。それでもここは治癒場。助けられる命を助けないのは違うと思う。
「そうよ。覚えておきなさい、命の価値は平等じゃないの。代替えの効かない人材こそ重視されるべき。それが結果的に多くの命を救うのよ」
「それでも……」
言っていることはわかる。
それでも納得できるかは別の話。
「それでも私は目の前の患者を見捨てることなんてできません!」
するとセリーヌがはぁ、とため息をつく。
「わかってないわね。誰も見捨てろなんて言ってないわ」
「あう……」
確かに言ってない……。
「なら方向性を変えるわ。あなたが1人の重症者を完治させた力。それを分ければ後ろの傷病者を何人治せたの?」
「そ、それは……、でも……!」
確かにこの力を使うと後の人はほとんど治せないだろう。その点を指摘され、口ごもる。
「同じ程度の怪我を1人は即完治、他は治療中で様子観察。そんなのおかしくないかしら?」
「それは確かにそうですけど……」
反論できず言葉が続かない。
「あなた、戦場の現実を知ってるのかしら?」
「戦場の……現実?」
「そうよ。死者よりも厄介なのが怪我や病気で動けなくなった人なの。だから軽い傷なら治す。でも重症者は殺すか放置されるのが戦場なのよ」
……衝撃だった。
目の前の命を救う。
それこそが治癒師なのだと思っていた。しかし彼女、セリーヌさんの言っていることも理解できた。
それでもーー
それでも心が拒絶する。
救える命は救いたい。それが私の治癒師としての誇りだからだ。
「今のままだとあなた、潰れるわ」
「え……」
「視野が狭い、そう言ってるの。力はあるのにもったいないわ」
それだけ伝えると、セリーヌさんはふいっ、と背を向ける。そして他の患者の治療を始めるのだった。
動けない私はただ、その背中を眺めることしかできなかった。
――あの人が間違ってるのか。
それとも、私が――
答えは、出せなかった。




