27 音の消えた夜
旅路は順調だった。
――それも順調過ぎるほどに。
晴れ渡る空の下、数台の馬車が揺れている。その中の1つに私とレオン様が同乗していた。
しかも向かい合わせ。
私の隣にはマリサさんが座り、レオン様の隣にはネルソンさんが座っていた。
レオン様が外の景色を窓から覗いている。その横顔を私は堪能していた。
整った顔立ち。いつまで見ていても飽きない自信がある。
――この時間がずっと続けばいいのに。
ふいに私の視線に気づき、微笑み返す。
もうそれだけで心臓が飛び出そうになった。それを見てマリサさんがクスリと笑った。
「今日はこの辺りで野営ですな」
日も落ち始め、広い草原の中で馬車を止める。騎士団の人達がテントを張り始めた。
……風がない。
草原とはいえ、不自然なほど静かだ。
私は、というと桶を天使の手で持ち上げ、馬の水やりである。
ブルルル……
馬が小さく嘶き、水を飲み始めた。私はそれを両手で頬を覆いながら見守る。
「馬の後ろには立つんじゃないよ? 蹴飛ばされるからね」
「はい」
アーネスさんは私の護衛だ。この旅には風の旅人も参加している。そのままアルノーブルで傭兵をやるそうだ。
「テア様ー、アーネス様ー!」
マリサさんの声だ。食事の準備ができたようだ。
私たちはいくつかのグループに分かれる。私のグループにはレオン様、マリサさん、ネルソンさん、風の旅人の人達がいた。
夕食は鶏肉のスープ。
野菜と鶏肉を煮込んだ塩味のスープで、アッサリしていて食べやすい。
「美味しい……。優しい味ですね。お肉なんて久しぶりです」
お肉なんてワイバーン以来だ。治癒院での食事はお腹を満たすのが目的だったからなぁ。
「え……。テア、あんた普段どんな食事してたんだい?」
アーネスさんが驚いたように聞いてくる。
「え? 野菜のスープとパンです」
「ほら、もっと食べな! 子供はしっかり食って大きくならないと」
私がさも当然に答えると、私の器にお肉と野菜を分け入れてくれた。
「ありがとう……ございます……」
申し訳なさそうにお礼を述べる。
「そうですねぇ……。確かに少し栄養が足りてませんね」
マリサさんが憐れむように私を見る。でも庶民の生活なんて、そんなものだろう。肉はなかったけど、お腹はちゃんと満たされていた。それなら庶民の中では良い方らしいから。
「テア、遠慮せずお腹いっぱい食べるといい。量は十分にあるから」
「はい、ありがとうございますレオン様」
そうだ、たくさん食べてボンキュッボンにならないと。成長期なんだし栄養は必須だもんね。
その夜、用意されたテントの中で私は横になる。私のテントにいるのはマリサさんとアーネスさんだ。
騎士の中にも女性はいるが、顔見知りの方がいいだろう、という配慮である。
「鎧のまま寝るんですね」
「ああ、すぐに動けるようにね。不寝番は多いが、何があるかわからないからね」
アーネスさんは何かを感じ取っているのか、テントの入り口を少し開け、覗き込む。
「何かあれば必ず守るわ。だから安心して休みなさい」
その声はいつもより少しだけ強かった。
「はい、ありがとうございます」
厚手の布を被り目を閉じる。
しかし簡単には寝付けなかった。
私もまた、ねっとり絡みつく嫌な感覚に苛まされていたのだ。
「テア、起きてるんだろ? 妙だ」
「妙……ですか?」
アーネスさんの一言にむくりと身体を起こし、小声で答えた。
「ああ、静か過ぎる。胸騒ぎがするわね。ちょっと見てくるわ」
アーネスさんがテントを出る。
そして立ち上がると同時に――
違和感。
何かが、ずれた。
ドサリ。
一気に身体が冷えた。
「え……?」
音からほんの少し遅れ、声が漏れる。
胸騒ぎがしてテントの入り口を開ける。
目が合った。
倒れるアーネスさんの側に立つ男と。
その男は冷徹な目で私を見下ろす。見知った軍服――
不安になりアーネスさんに目を向けた。
「アーネス、さん……?」
動いて……。
ねぇ、動いてよ……。
私は震える手でアーネスさんに手を伸ばす。
背中から流れる血。
あの場所は――
違う!
嘘だ!
嫌だ!
……心……臓……?
「いやああああああっ!!」
私の悲鳴が静寂を破壊した。




