25 その手を取る理由
「私も男運がないのか、ダメ男ばっかり好きになっちゃってね……」
アーネスさんがワインをクイッ、と飲み干すと、ぷはぁと息を吐く。
ワイン、これで7杯目。
顔にも赤みが差していた。
「は、はぁ……」
「今実はアルスターのことちょっと気になってるんだけどさ……」
チラリとアルスターさんを見た後、ボソリと私に耳打ちする。
アルスターさんはちょっと意外。てっきりカインさんだとばかり思ってた。
「あいつ、魔法オタクで研究のことしか頭にないから……」
メイドがワインを注ぐ。
すると一気にワインを飲み干した。
「……苦労してるんですね」
「わかるぅ? 本当にあの朴念仁ときたら……」
恋バナというよりは一方的に愚痴を聞いてるだけかも。これはこれでおもしろいけど。
「歓談のところ失礼。私はエンゾ•ド•ラ•オルセント伯爵と申します。テア様でございますね?」
アーネスさんとの恋バナ中に話しかけてきたのは中年太りのおじさんだった。貴族らしく威厳は感じられるが、どこか胡散臭さがある。
ん?
エンゾ……?
嫌な予感しかしないんだけど。
「ええ、テアと言います。私に何か御用でしょうか?」
ちょっとひくつきながらも笑顔を返す。するとエンゾがニチャアと笑みを浮かべた。
私を品定めするかのように全身に視線が注がれる。
……キショいです。
ゾゾゾ、と背筋が寒くなった。
「ええ、あなたさえ良ければ是非とも私の養子に迎えたいと思いまして。悪い話ではないと思いますよ?」
……断りたい。
むっちゃ悪い話です。
だってこいつ悪役貴族なんだもん。
「いえいえ、私などとんでもないことです。私程度の教養ではとても伯爵家の子女など務まらないでしょう(訳∶絶対やだ)」
「なに、そんなのは家庭教師でも付ければ済むことです。あなたのその力を私は高く評価しているのですよ(訳∶その力私のために使え。いい暮らしさせてやるからよ)」
……。
お互い笑顔を崩さず。
ただ静かに火花が散った。
どうやって断ろう……。
私が困っていると思わぬ助け舟がやって来た。
「お待ち下さいエンゾ伯爵」
「こ、これはレオン様」
「ちょっとお耳を拝借します」
レオン様がエンゾに何かを耳打ちした。一瞬、レオン様の顔から笑みが消える。
するとエンゾの顔色が露骨に変わった。
「そ、そうですな! こ、この話はまたの機会に。で、では!」
そそくさとエンゾが私たちから離れて行った。何を言われたのか聞くのが少し怖い……。
でも今は素直に助けられたことを感謝したいな。
「あ、あの。レオン様ありがとうございます」
「ふふっ、気にしなくていいよ。それより……」
レオン様がチラリとアーネスさんに目をやった。
「ふぅ、少し飲み過ぎたわ。ちょっと風にでも当たってくるわね」
アーネスさんがふふっ、と笑う。
そして私にそっ、と耳打ちした。
「……頑張りなね」
その一言で私は耳まで真っ赤になった。
「ちょっと、話せないかな?」
「は、はい! 喜んで!」
レオン様が私の手を取った。
手袋越しに体温が伝わる。
優しく手を引かれ、私はゆっくりとその後をついて行った。
レオン様がときどき振り返り、微笑む。もうそれだけで胸の鼓動が早くなった。
でも、辛くはなくて。
むしろ胸の奥がじんわりと熱くなって、どうしようもなく嬉しかった。
案内されたのは中庭。
夜の噴水はとても綺麗で、水面に揺れる月がゆらゆらと形を変えていく。
静かに流れる水の音が優しい静寂を与えていた。
彩り豊かな花壇には夜露が光っていてどこか幻想的だ。
そんな中でレオン様と2人っきり。
レオン様の手の中には私の手。
重なり合うように握られた手がより私を幻想に誘っているようだった。
「……テア、って呼んでいいかな?」
名前呼びなんて、されるだけで夢心地だ。
「……はい、喜んで」
素直に答える。
「テア、君に頼みがあるんだ」
「はい、なんなりと」
レオン様のためなら一晩で法隆寺だって建ててみせます。
「一緒に、アルノーブルに来てほしい」
「え……!」
……これはもしやプロポーズ!?
……なわけないか。
「君に見てもらいたいものがあるんだ」
「見せたい……もの?」
サーッと風吹いた。
葉の、擦れ合う音。
「……君だからこそ、見てもらいたい」
「私だからこそ……」
オウム返しに呟く。
もしかしてそれは……。
そうだ、アルノーブルに何があるのか私は知っている。
「そう。そして、できれば力を貸してほしい」
レオン様がほしいのは私?
それとも私の力?
いや、この際どっちだっていい。
大切なのは私がどうしたいか、だ。
――なら。
「行きます、いえ、行かせてください!」
――あなたの、隣に。
優しく重なっていた手を私はよりしっかり握りしめ、答えた。




