18 スタンピード
「どうやら寝ている場合じゃなさそうだ……」
レオン様が身体を起こす。
「坊ちゃま、まだ休んでいてください!」
ネルソンさんが制止をかける。
「平気だよ。前より調子がいいくらいだ」
「しかし……!」
「問題ない。君のおかげだ、ありがとう」
レオン様が私に目を向ける。
温かい微笑み。
トドメの頭なでなで。
「~~~!!」
嬉しすぎて心臓が止まりそうになった。
そんな場合じゃないのに。
「テア、行きますよ。ここは戦場になります」
はっ、と我に返る。
そうだ、蕩けてる場合じゃない。魔物達が迫っているのだ。
私と院長が馬車を降りる。
「すぐにギルドに報せろ、スタンピードだ!」
慌ただしい空気。
騎士たちが隊列を組む。
「さぁ、お嬢さん方は中へ。ここは戦場になります」
騎士が私たちを街の中へ促す。
しかし院長がそれを拒んだ。
「いいえ、私たちは治癒師。ここが戦場となるなら、そこは我々の戦場でもあります」
院長が胸を張って宣言する。
「アラウネ、皆を呼んできなさい。緊急事態です」
「はい!」
「テア。治癒魔法を正式に解禁します。治癒師の本分を果たしなさい」
「はい院長!」
そうだ、私は治癒師。
私も街を守るんだ!
やがて治癒院の皆や領の騎士団、街の冒険者達が集まる。彼らは街から少し離れた位置で隊列を組み始めた。
私たち治癒師は後方支援だ。
ゴザを敷き、すぐに処置に移れるよう包帯や薬、魔力回復ポーションなどを用意する。
「来たぞ、総員構え!」
緊張が走る。
地響き。
それが魔物達の進軍を伝えた。
街のはるか前方では戦いが起こっているようだ。私たちの位置からは戦いの様子はわからない。
しかし次々と運ばれる負傷者達が決して楽観視できない状況であることを伝えていた。
黒い爪痕。
鋭い歯型。切り傷、打撲、果ては骨折と重症者も増えてきている。
前線と私たちの間にはレオン様を中心とした騎士団が陣取っていた。彼らは負傷者の運搬を手伝いつつも戦闘の交代要員を担っているようだ。
その彼らが一斉に盾を構える。
「来るぞ!」
「クソッ、前線は何をやってるんだ!」
私たちの位置からでも見える。
その黒い獣たちは一言で言い表すなら大きな黒い虎。いや、虎なんて可愛いものだ。
少なくともその化け物に比べれば。
騎士団が攻撃を開始した。
黒い虎が咆哮を上げる。
それが戦いの合図だった。
「きゃああああっ!!」
化け物の咆哮に治癒師たちが悲鳴を上げる。
「落ち着きなさい!」
院長が叱咤する。
「私たちが怯えれば前線に伝わります。信じなさい」
その叱咤で全員の顔つきが変わる。そして治療は再開された。
「いかん!」
1体の魔物が飛び出し私たちに牙を向ける。
「させない!」
「テア!」
前に出る。
怖いはずなのに――
それでも身体が勝手に動いた。
飛びかかる魔物。
それを悪魔の手が塞ぐ。
「爆ぜろ!」
爆発音。
魔物の顔が一部蒸発する。しかし致命傷には遠かった。
魔物が一旦動きを止める。そこを魔道士の火の魔法が襲った。
火に巻かれる獣。
突き刺さる矢。
断末魔の叫びが響き渡る。
それでもたった1体減っただけ。
私たちの目の前では騎士団たちが死闘を繰り広げていた。
大勢の黒い獣たち。
その中にあってさらに異質な1体の魔物。
血のように赤く大きな虎。
その魔物がたった1体でその場の空気を変えた。
その虎をレオン様や騎士団が必死になって抑えていた。
「ここはもう保ちません、街の中に避難してください!」
領の兵士たちが傷病者を抱え、避難を促す。
「皆さん下がりますよ! 私たちが居ては足手纏いになります」
院長が後押しすると、皆が門の中へと逃げていく。
しかし私は逃げられなかった。
目を離せなかったのだ。
レオン様と赤い虎の戦いから――
赤い虎がその大きな腕を振るう。
たったそれだけで騎士団の何人かが吹き飛んだ。力の差は圧倒的だ。
このままじゃ――
レオン様が死んでしまう!
嫌だ!
不安が私の心を押し潰す。
そのときだった。
――力の使い方、教えてやってもよいぞ?
また、あの声が聞こえた。




