17 邂逅
「テア、こっちも手伝って!」
「は、はい!」
先輩に呼ばれ、私は包帯を持って駆けつける。
ネルソンさんが来てから数日経った。今日も治癒院はてんてこ舞いだ。
「……終わりました!」
包帯を巻くのも大分慣れた。
うん、綺麗に巻けている。
だけど――
未だ治癒魔法は禁止されていた。
「次はこっちよ、ぐずぐずしない!」
「は、はい!」
心に閊えたものを抱えながら次の患者のところに走る。
「え……」
まただ。
黒い引っ掻き傷。
傷の深さの割に少ない出血。
それなのに治癒魔法でも完全に血が止まっていない。
巻いた包帯の上から血が滲む。
おかしい。治癒魔法がほとんど効いていない?
私の神の手なら治せるかもしれない。使えないのがもどかしかった。
「いったいどうなってるのよ!」
即完治特別快癒コースの方だ。
見れば同じ患者に上級治癒魔法を2回もかけていた。1人終えるたびにポーションを飲んでいる。
明らかに異常だ。
院長も只事じゃないと思ったのか何か考えている様子だ。
ふと、院長と目が合う。
――ここは私の出番だ。
声がかかる。
そう思ったのに院長は私から視線を逸らした。自らも上級治癒魔法を駆使して治療を再開する。
「ボサッとしない! 全くもう……」
苛ついた様子で私を叱責する。
「す、すいません!」
慌てて薬を塗り、包帯を巻く。
「確か嬢ちゃん即完治コースにいたよな? なぁ、もっとちゃんと治してくれよ」
「……すいません」
冒険者の人が不満を漏らす。
私は謝ることしかできなかった。
なんか――こういうの嫌だな。
「はぁ……」
仕事が一段落し、私はため息をこぼした。遅めの昼食――硬いパンをスープに浸しながらゆっくり咀嚼する。
味気ない……。
柱に寄りかかりながら天井を眺める。治癒院の天井は高い。
ドーム型の形状で採光用の窓ガラスは高い位置にあった。
今日は天気が悪いため、日光が差し込むことはない。代わりに光の魔法具が煌々と治癒院の治療場を照らしていた。
――疲れたな。
心も、身体も。
――静寂。
先輩達も疲れているのか会話がない。ただ黙々と遅めの昼食を取っていた。
「頼む、すぐに来てくれ!」
静寂を破るような誰かの大声。
皆の視線が一斉に集まる。
立派な鎧――しかしところどころ傷だらけだ。その騎士たちの中にネルソンさんを見つけた。
「なにごとですか!」
院長が立ち上がる。
「重症者がいる! お金は幾らでも払う、腕のいいのを連れてきてくれ。さぁ早く!」
騎士が焦るようにまくし立てる。
「仕方がありません。行きますよアラウネ」
「はい」
古株のアラウネさんが立ち上がる。
院長が私を見た。
「……テア、あなたも来なさい」
「……! はい!」
私は疲れた身体を奮い立たせ、立ち上がる。正直ふらふらだ。
でも、行かなきゃいけない気がした。
「さぁ早く!」
騎士団の人たちが走り出す。追いかける私たち。
しかし子供の私の足では皆に追いつけない。それに走る体力すらなかった。
――仕方がない。
私は久しぶりに手を召喚し、自らを運んだ。緊急事態だ、このくらいは勘弁してもらいたい。
街の門の外。
そこに3台の馬車。
周りには傷を負い、座り込む騎士たち。
その傷は黒く、その割には出血が少なかった。
「重症者はこの馬車の中だ。失礼のないようにな。できれば周りの騎士たちも診てやってくれ」
騎士が示したのは3台の中で一番立派な馬車だ。さぞ身分の高い方が乗っているのだろう。
「アラウネとテアは周りの騎士たちに処置を。私が馬車の中の人を診ます」
「「はい」」
院長が役割を指示し、私たちは処置にかかった。
アラウネさんが治癒魔法を、私は薬を塗り包帯を巻いていく。
馬車の中から光が溢れる。院長が治癒魔法を使っているのだ。
少し経って院長が馬車から顔を出す。そして首を横に振った。
「頼む、坊ちゃまを……!」
中から声が聞こえた。
――治療が失敗した?
「……テア、中に入りなさい」
「は、はい!」
院長に呼ばれ、馬車の中に入る。
時が――止まった。
見覚えのある髪。
見覚えのある顔立ち。
――私は彼を知っている。
今の年齢は12歳のはず。その頃の顔を私は知らない。
でも私の心がそう叫ぶのだ。
「レオン……様?」
左腕の傷が深い。爪痕だけじゃない。これは噛まれた痕だ。
そこから組織が壊死し始めている。
このままじゃ左腕は使い物にならなくなる――。
隻腕。その言葉が頭を覆い尽くした。
「うう……」
苦しそうに呻く。
目を閉じ、歯を食いしばって堪えていた。
「テア、私の上級治癒魔法すら効きませんでした。でも、あなたなら――」
「……やらせてください」
私まで失敗したら――そう思うと怖い。でも今は、今だけは――
やらなきゃ。
私は静かに、ハッキリと答えた。
「癒せ、天使の手」
全力で癒しにかかる。
レオン様の腕は――私が守る!
天使の手が傷口に触れる。
――違和感。
黒の侵食。壊死だけじゃない。
治癒の力に抵抗している!?
「……っ!」
さらに想いを込めた。
絶対治す!
かざす手に力が入る。
黒く壊死した組織が再生し、元の白い肌を取り戻していく。黒い傷痕さえ消え去り肉が再生した。
「……」
レオン様の呼吸が安定し、ゆっくりと目を見開く。
ふわり。
私の顔に温かい手が触れた。
「ありがとう……、君は命の恩人だ」
「レオン様……」
よかった……。
よかった……。
涙がこみ上げる。
私はその温かい手にそっと両手を添えた。
「大変です! 例の魔物たちが街に近づいています!」
誰かの大声。
「総員迎撃態勢!」
騎士たちの鎧が音を立てる。
それは、この場所が戦場と化すことを意味していた。




