16 来客
「ルーセル……辺境伯?」
ルーセル辺境伯といえばレオン様のところだ。
嬉しい反面、なぜ、と疑問が。
「テア、座りなさい」
院長に促され、ソファに腰掛ける。隣には院長。
対面には机を挟みネルソンさん。
私が座ると院長が唇に人差し指を当ててみせた。
何も言うなということか。
向かい合って座ると、ネルソンさんは紅茶を一口すする。
様になっている。
上質な黒の礼服。いかにも老紳士と言えるたたずまいだ。
「なるほど、この子が例の」
「ええ、まだ9歳です」
沈黙。
?
なんか火花が見えた気がした。
「コホン、ご存知の通りルーセル辺境伯領領都アルノーブルでは魔物の襲撃が続いております」
ネルソンさんは咳払いをすると用件を伝え始める。
「そうなのですか? ウォルノーツの外のことはサッパリでして」
うわ、バッサリだ。
しかしネルソンさんは気にせず話を続ける。
「……怪我人が続出しており、治癒師が足りません。それでこの街に大変腕のいい治癒師がいると聞きましてね」
「そうなのですか? この子はまだ半人前ですが」
院長、いちいち話の腰を折っているし。
「だが実力はある。違いますかな?」
「この子はうちの将来のエースです。まだ教えることがたくさんあります」
ピシャリと言い放つ。
そうか、必要とされてたんだ。
そう思うと少し安堵した。
「……ふぅ、弱りましたね。ある方のご意向なのですが」
「え……」
思わずこぼす。
院長がキッ、と私を睨んだ。
「……っ!」
思わず口を両手で覆う。
ネルソンさんの眉が動いた。
「ネルソン様。人手が足りないのはこのウォルノーツも同じです。今日はこれでお引き取りください。アレン、お客様がお帰りよ」
出入り口で待機していたアレンさんが扉を開ける。
「ネルソン様、こちらです」
ふぅ、とネルソンさんがため息をつく。
「……今日のところはこれで帰ります。またお伺いいたしましょう」
「……」
院長は何も言わない。
ネルソンさんは一度私に目を向ける。
ほんの数秒。
それから立ち上がった。
「では……」
ネルソンさんは出入り口に差し掛かると振り返り一礼する。
ネルソンさんが退室すると、院長が口を開いた。
「テア。アルノーブルに何があるかは知りません。ですがあなたはまだ半人前。人としても治癒師としても、です」
「はい……」
――半人前。
その言葉が深く突き刺さる。
「あなたには実力がある。それは認めましょう。ですがあなたは知るべきです。力には責任が伴う、ということを」
力の責任――。
メルデの村のことを思い出す。
感情に支配され、私はどうなった?
……全てを失った。
仲の良かった友達も。
温かい食卓も。全部。
「はい……」
だからこそ私は何も言い返すことができなかった。
* * *
ネルソンは治癒院を後にすると、あの少女のことを思い出す。
彼女はまだ9歳だという。
なのに妙なチグハグさを感じていた。
「ふむ……」
ネルソンはテアが“ある方”という言葉に反応したのを見逃さなかった。
――ただの反応ではありませんな。
ネルソンは確信する。
「……あの方に出てきてもらうしかありませんな」




