15 大切なこと
「……行かなきゃ」
気分が重い。
それでも身体を起こす。
部屋を出ると先輩が前を歩いていた。
「おはようございます」
お辞儀。
?
返事がない。
「……」
先輩は一瞥するとサッサと行ってしまった。
治癒場に入り、いつもの即完治特別快癒コースの場所へ向かう。
そこには院長がいた。
「テア。今日は普通治療を担当なさい」
「? わかりました」
よくわからないまま了承。
なんで――?
頭の中に疑問符が浮かんだ。
私の場所に古株の治癒師が陣取る。その側には大量のポーション。
思わず目が向く。
「上級治癒魔法は連発できないの。あなたと違ってね」
私を一瞥し、古株さんが答えた。
「はぁ……」
何となく棘を感じる。
思わず気のない返事をした。
「言い忘れていたわ。今日は治癒魔法の使用を禁止します」
「え……?」
禁止?
意味がわからない。
「返事は?」
「……はい」
納得はできなかった。
でも従わないといけない。
きっと院長なりの理由があるのだろう。
釈然としない心のまま現場へと向かった。
「治癒……。はい、包帯を巻いて」
先輩が患者にヒールをかける。
塞がりきってない傷。
血が止まっただけだ。
「は、はい!」
急いで包帯を巻く。
「違う! 教えたでしょ、ちゃんとやって」
「す、すいません!」
先輩に叱責され巻き直す。
……私なら完璧に治せるのに。
慣れない手つきで包帯を巻く。
少し不格好だけどちゃんと巻けたと思う。
「ありがとさん。ま、銀貨5枚だしこんなもんだろ」
男が腕の曲げ伸ばしをする。
痛みの確認をしているのだろう。
感謝はされている。
しかしなぜか釈然としなかった。
ふと即完治特別快癒コースの方に目が向いた。
大怪我が治り涙する患者とその仲間たち。
――あそこは私の場所だったはずなのに。
治療を終え、ポーションを飲む古株。
そうか、あれは魔力を回復するための――。
――私ならあんなもの必要ないのに。
「テア、どこを見ているの。仕事に集中しなさい!」
「す、すいません……!」
ビクッ、と身体が震える。
恐る恐る先輩を見た。
怒ってはいない。
それ以上何も言われなかった。
チクリと心に棘が刺さった。
「なんか今日は空気悪いわね……」
仕事も一段落し、先輩達がヒソヒソと話し合っている。
「ほら昨日……」
「あー、そりゃ腹立つわ」
「いい薬よ」
会話が耳に入る。
私は膝を抱え、俯いていた。
――みんな怒ってるんだ。私そんなに間違っていた?
「テア、あなたにお客さんよ」
院長だ。
「は、はい……」
誰だろう。呼ばれて足を運ぶ。
昨日出会った親子だ。
彼らは私を見ると一礼した。
「昨日はありがとうございました。まだ金貨6枚には足りませんが……」
「おねぇちゃん、昨日はありがとう」
女の子が精一杯の笑顔を向ける。
それを見ると治って良かったと心から思えた。
父親の払った額は銀貨2枚。
基礎的な治療すら受けられない額だ。それでもこの親子にとっては、なけなしのお金なのだろう。
彼らの姿を今一度見る。
ところどころほつれた服。汚れもそこかしこにある。
それに対し私は清潔な治癒師の制服を着ている。
雲泥の差だ。
「じゃ、半分だけ……」
ダメだ、全部もらえない。
悪いと思い半分だけ受けとる。
「テア、ちゃんと全部受け取りなさい。まだわからないの?」
すると院長が私を叱責した。
「え……?」
院長を見る。
怒っていた。
私また間違えた……?
「そのお金は“対価”よ。その重みがわからないの?」
お金の重み――。
なんとなくわかった気がした。
「どうかお受け取りください」
父親が改めてお金を差し出す。
「……はい、受け取ります」
今度は、ちゃんと受け取った。
すると父親がはにかむ。女の子も口を開けて微笑んだ。
「そう、それでいいの」
優しい声。
――そうか、それでいいんだ。
「またお金ができたら持ってきます」
父親が頭を下げる。
「はい、お待ちしてます」
私は笑顔で答えた。
父親は帰る途中ももう一度振り返り頭を下げる。
心の中が少し温かくなった。
もしかしたら救われたのは私の方かもしれない。
「あの人たちに救われたわね」
「……はい」
素直に答える。
「いい、テア。あなたの救いたいという気持ち。それはとても尊いものよ」
「はい……」
去っていった親子の方を見つめながら私は答えた。
「上級治癒魔法を使うために用意したポーション、あなたも見たわよね」
「はい」
「それが普通なの。一日に何度も使えるものじゃない。それにあれだけのポーションなんてとても飲めないわ」
「……」
そうか。だからあんなに……。
「悲しいけど全てを救えるわけじゃないの。それはただの傲慢だわ」
「はい……」
そうか、そういうことなんだ。
――それでも私は――
あの親子を救ったのは間違いじゃないと思いたかった。
何が正しいのか。
――答えはまだ出なかった。
* * *
次の日、私は院長に応接室に来るよう言われた。
応接室なんて利用するのは余程のお偉いさんのはず。恐らくお貴族様だろう。
「失礼します」
私が入室すると男性が立ち上がる。
シルクハットを取ると、恭しく一礼した。
「初めましてお嬢さん。私はルーセル辺境伯様の家臣、ネルソンと申します。本日はお願いがあって参りました」




