11 風の旅人 1
「あった、これだ」
印をつけた木の根元を掘り、魔石を取り出す。
手のひらに乗せると、ずしりとした重みが伝わってきた。
「……でも、お肉はもう無理だね」
ぽつりと呟く。
ふと、視界の端に村の門が入った。
壊された門。その向こう側を見ようと思えば、見える。
けれど――視線を向けることができなかった。
「マエルさん……、ジル……」
無意識に、名前がこぼれる。
もう二度と会えない名前だ。
あの家も、あの食卓も――全部、終わった。
小さく頭を振る。
「……行こう」
言い聞かせるように呟き、私は手に乗る。
逃げるように、村から離れた。
あぜ道を抜け、林道へ。
そのまま真っ直ぐ進む。
――そのときだった。
耳に入る金属音。
重い衝撃音と、魔物の咆哮。
誰かが戦っている。
速度を落とし、低空で慎重に進む。
木々の隙間から覗き込むと、三人の男女が魔物と対峙していた。
熊……に見える。
だが違う。
前足は二本のはずなのに、その魔物は四本の腕を持っていた。
四本の腕を自在に振るい、戦士風の男を追い詰めている。
――強い。
少なくとも、私が関わる必要はない。
高度を上げ、このまま通り過ぎればいい。
そう判断して、手を浮かせる。
「カイン!」
女性の叫び声。
――動きが止まった。
もう一度、戦士の男を見る。
肩当ては砕け、右腕から血が流れていた。
あれでは、もう剣は振れない。
「……ダメ」
口から言葉がこぼれる。
手に命令を出そうとして――止まる。
怖い。
怖いのは、魔物じゃない。
私じゃない、私。
「また……あんな風に、全部壊したら……」
あのときの光景が、脳裏をよぎる。
だから、足がすくむ。
「ああっ!」
女性の悲鳴。
剣が折れ、体が木へと叩きつけられた。
――このままだと、死ぬ。
気づいたときには、もう命令していた。
「行け!」
黒い手が、音もなく現れる。
次の瞬間――
女性を襲っていた魔物の頭を、横から殴り飛ばした。
「今だ! 雷撃!」
魔術師の男が杖を振る。
放たれた雷光が、魔物の全身を貫いた。
バチィッ、と炸裂音。
巨体が震え、やがて動かなくなる。
沈黙。
男は大きく息を吐いた。
「……助かった」
その言葉を聞いて、私は小さく息をつく。
「……やっちゃった」
少しだけ考える。
でも、後悔はしていない。
悪いことをしたわけじゃない。
――だから、大丈夫。
意を決して、私は彼らに近づいた。
「あの……」
手に乗ったまま、恐る恐る声をかける。
「う、浮いてる!?」
「な、なんでこんなところに子供が……」
「まさか……君が?」
三人の視線が、一斉に集まる。
魔術師の男が一歩前に出た。
「君は……何者だ?」
問われる。
けれど、答えられない。
「助けてくれたことには感謝する。だが……さっきのは何だ? ツインアームベアが、いきなり吹き飛んだ」
静かな声だったが、警戒がにじんでいた。
「どう考えても普通じゃない。何をした?」
「……」
やはり、視えていない。
私の“手”は。
「……どうした? 何か事情があるのか?」
問い詰める、というよりは探るような声音。
「やめなさい、アルスター」
女性が間に入る。
「この子は私たちを助けてくれたのよ。それよりカインの腕よ。出血が酷いわ」
言われて、私は男の腕を見る。
肉が抉れ、血が止まっていない。
このままでは危ない。
「あの……私、治せます」
言葉にすると、三人の視線が再び集まる。
「……いいだろう。だが妙な真似はするな」
警戒は解かれないまま、許可が下りた。
私は頷き、手を伸ばす。
「癒せ」
白い手が現れ、傷口に触れる。
みるみるうちに血が止まり、裂けた肉が繋がっていく。
やがて、傷は完全に消えた。
「……なっ」
「うそ……」
「これが……治癒魔法?」
三人が言葉を失う。
「これで……大丈夫だと思います」
そう言うと、空気がわずかに変わった。
警戒が、驚きへと変わる。
「すごいな……。これだけの腕があれば――」
男が呟く。
「ルーセル辺境伯領なら、間違いなく歓迎されるだろう」
「ええ。あそこは今、魔物との戦いが激しいもの」
「優秀な治癒師は、喉から手が出るほど欲しがっているはずだ」
「……あの人なら、なおさらな」
――ルーセル辺境伯領。
レオン様のいる場所。
「あの……!」
気づけば、身を乗り出していた。
「そこに行くには、どうすれば……?」
三人が顔を見合わせる。
そして、わずかに間を置いた。
「……悪いことは言わない。やめておけ」
「そうね。あなたみたいな子が、その力を持っていると知られたら……」
「利用されるか、売られるかだ」
「……っ」
言葉が詰まる。
正しい。
きっと、その通りだ。
「君はまだ幼い。世の中のことも、よく知らないはずだ」
アルスターが言う。
「助けてくれた礼だ。まずは生活基盤を作れ。話はそれからだ」
「治癒院なら人手不足よ。あなたなら、きっとやっていけるわ」
三人が、道を示す。
遠回りだ。
でも――
「……はい。お願いします」
私は頷いた。
本当は、今すぐ会いに行きたい。
それでも。
――遠回りでもいい。
必ず、辿り着く。




