10 私の世界が終わる日 3
私は走っていた。
背後から聞こえた声を、振り切るように。
「テアちゃんじゃない!」
その言葉だけが、何度も頭の中で反響する。
気づけば、足は村の門へ向かっていた。
息が苦しい。
胸が、痛い。
なのに足は止まらない。
――私は、何をした?
賊を殺した。
それも、まるで虫を踏み潰すみたいに。
怖くない。
嫌悪もない。
ただ、“そうするものだ”と思っただけ。
(……おかしい)
あの時聞こえた声。
あれに従ったから?
それとも――
もう、とっくに壊れていた?
わからない。
わからないまま、私は立ち止まっていた。
村の門の前。
さっきまでの出来事の跡だけが、残っている。
自分がやったことなのに、どこか現実味がなかった。
「お前は一体誰なんだよ……」
背後から声がした。
振り返らなくてもわかる。
ジルだ。
言葉が、すぐには出てこなかった。
「……私、だよ」
やっと、それだけを絞り出す。
「他の誰でもない。ただ――」
少しだけ、言葉が途切れる。
「……きっと、みんなとは違う」
何を言ってるんだろう。
これは、本心じゃない。
でも、他に言いようがなかった。
「なんだよ、それ……」
ジルの声が震えている。
「助けてくれたことは、感謝してる」
一瞬、間があく。
「でも……」
ジルが頭を横に振った。
「無理だ」
胸が、少しだけ痛んだ。
「俺、お前のこと……怖い」
その一言で、全部わかった。
ああ、そうか。
私は、言ってほしかったんだ。
“それでもテアだ”って。
“ここにいていい”って。
でも、それは叶わなかった。
「……そっか」
自然と、言葉がこぼれる。
不思議と、恨む気持ちはなかった。
まだ一週間しか一緒にいなかったんだ。
当然だよね。
――それでも。
いや、よそう。
「……じゃあ、さよならだね」
声が少しだけ掠れた。
「世話になったね、ジル」
少しだけ間を置いて、
「街の場所、教えてくれる?」
しばらく沈黙が続く。
「……門を出て右だ」
ジルが、絞り出すように言った。
「林道に出る。そのまま降りればウォルノーツに着く」
「そっか。ありがと」
本当は、振り向きたくなかった。
でも――
私は振り返って、手を振った。
「ばいばい、ジル」
ジルが何か言いかけた気がした。
手を伸ばしていた気もする。
でも――
私はもう、止まらなかった。
門を抜ける。
村の外へ出る。
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
「……っ」
声が出た。
腕を呼び出す。
身体を持ち上げる。
逃げるように、前へ進む。
「……切り替えなきゃ」
呟く。
「元々、出ていくつもりだったんだ」
そうだ。
予定通りだ。
「何も……辛いことなんてない」
なのに。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
涙を拭いながら、低空を進む。
風が頬を撫でる。
少しだけ冷たい。
やがて林道が見えた。
この先に街がある。
そのとき、ふと思い出す。
「あ……魔石」
ワイバーンの魔石。
あれはお金になる。
今の私には必要なものだ。
でも。
「あの村……戻りたくないな……」
足が止まりそうになる。
(……いや)
「回収するだけ」
自分に言い聞かせる。
「村に入るわけじゃない」
大丈夫。
問題ない。
そう思って、向きを変える。
「レオン様に会うためだもんね」
口に出した、その瞬間。
胸に、小さな痛みが走った。
どうしてだろう。
さっきまでいた場所のことが、
頭から離れなかった。




