第76話
VSアリスちゃん①
赤いスープに満たされた世界を切り裂く雷が、童女の体を吹き飛ばす。まるで風に揺られる木の葉のように、ひらりひらりと楽し気に。
吹き飛ばされた魔女の体に傷はなく、その表情に苦痛はなく、攻撃されたと言う認識さえもしていない。受ける被害の全てを彼女は、意味のない嘘に変えてしまうから。
故にそう。その後に続く行動も、反撃などでは決してない。悪意はないのだ。害意もない。ならば一体何を考えているのかと、それは大魔女自身にすらも分からぬこと。
楽し気に歌を歌う。意味もなく歌を歌う。何を考えているのか、何も考えてはいないのか、それすら定かではない蒙昧なままに歌を歌う。狂ったように、壊れたように、歌を歌い続けている。
「The Queen of Hearts, She made some tarts, All on a summer's day♪」
歌いながらに両手を広げ、頭の上で一つ叩く。重ねた掌の間から、広げた途端に零れ落ちるは四枚の絵札。スペードハートダイヤにクラブ。二色四種のトランプに、手足が生えて起き上がる。
起き上がったトランプは、見る見る内に大きく育つ。平均的な成人男性と同程度の身長なった手足の生えたトランプは、海外のカートゥーンアニメを思わせる動作で頭を生やすと武器を構えた。
「The Knave of Hearts, He stole the tarts, And took them clean away♪」
「アリス・キテラの人形兵団か!」
雷光の一撃を放った直後、振り抜いた剣を構え直してクリスが動く。人形兵団は大魔女の十八番と言える程度には、彼女自身が好んで使う手札である。
大魔女との戦闘経験があるクリスは当然、その仕組みに付いても知っている。精鋭兵を超える程度の実力を持ち、無限に増え続けると言う厄介な性質を有していると。
「攻撃すれば増える兵。ならば、斬らずに対処する。良いね、シャルちゃん」
「了解です。先生」
理屈を知れば、それは妥当な対策だ。切れば増えると言うことは、切らねば増えぬと言うことだから。
駆けるクリスに、僅か遅れてシャルロットが追従する。長い槍を構えたトランプ兵は、向かって来る男女を迎撃する為に刃を振った。
槍の穂先が空を切る。上と下。振り抜かれた刃を足場に跳躍し、途中の兵士の頭を踏み台にして、クリスは大魔女へと向かって行く。
対するシャルロットは姿勢を落として、雷特有の直角的な軌跡を大地に残しながらに疾走する。兵の武器は無論のこと、その視線でさえも追い付かない。
「The King of Hearts, Called for the tarts, And beat the Knave full sore♪」
頭を踏み台にされたトランプ兵は、慌てた動作で周囲を見回した後、両手を使って潰れた頭を上に伸ばす。
ぐにょんと頭は伸び過ぎるが、細長くなった頭部を拳で何度か叩けばほら元通り。と言わんばかりのドヤ顔で、何故か胸を張っている。
シャルロットを追おうとしていた人形兵は、高速で移動する彼女を追い掛ける為に、振り向き振り向き振り返る。
目で追い掛けた時にはその場に相手が居ないから、何度も回転することとなり、結果ぐるりぐるりと回り続けた兵隊は、コミカルに目を回して倒れていた。
コントをする為に出て来たのかと言う醜態を晒す人形兵の姿に、大魔女はニコニコケラケラ笑って見詰めているばかり。
自身に迫る二つの刃を、彼女は何の脅威にも思ってはいない。事実、脅威ではない。師弟の剣は霞か何かを切るように、唯々擦り抜けるばかりであった。
「手応えがない。これは、どうしたものか。厄介、ですね」
「気にする必要はないよ。分かっていたことさ」
大魔女アリス・キテラは、全てを嘘にしてしまう。攻撃した所で、被害を嘘にされるだけとは分かっていた。
一部の例外こそあるが、今の手札では攻撃を通す結果が望めない。
人員配置の時点で分かっていたことだから、今更に動揺する程のことでもないのだ。
「僕らの役目は足止めだ。大魔女が興味を失わないように、攻め続けるだけで良い」
クリストフとシャルロットの役割は、邪教側の最大戦力である大魔女の足止め。この凶悪な力を有する幼子の、興味を惹き続けることこそやるべきこと。
無駄だと分かって仕掛ける理由は即ちそれだ。童女の中身は見た目と相応。上手く気を惹き続けなければ、直ぐにも飽きて動きを変える。
「The Knave of Hearts, Brought back the tarts, And vowed he'd steal no more♪」
くるりくるりと童女は回る。宙に浮かんで歌いながら、両手足を広げてぐるりぐるりと、時計のように回転している。
そんな少女を切り付けた後、距離を取って後退した二人。彼らには分からない。気を惹くことが出来ているのか否かすら。
それでも為さねばならぬと、再び切り込むクリスとシャルロット。楽しそうに回転を続ける大魔女と異なり、彼女の配下は大変そうだ。
走り回る二人を追い掛けようとして、目を回したり互いに激突したり、結局追い付けずに座り込んだり、サボった仲間を囲んで袋にしていたり、派手に分かり易い動きを見せている。
コミカルなトランプ兵の姿に、ニコニコと笑う童女は両手を叩いて楽し気だ。これはこれで時間稼ぎが出来ているのかと、気が抜けそうになりながらも雷の師弟は安堵する。次の動きがあったのは、そんな時のこと。
幾度かの攻撃を嘘にされた後、全く役に立っていなかったトランプ兵の一人が何か思い付いたように手を叩く。そうして目配せ、残る三人の内の二人が頷いた。
疑問符を浮かべた最後の一人を、左右から二人が拘束する。まさかと表情を変えたそのトランプ兵の前で、黒い笑みを浮かべた最後の一人が槍を構えて突き刺したのだ。
結果は当然、刺された一人が二人に増えた。途端に暴れ出す被害者を、左右の二人が羽交い絞めにして拘束。黒い笑みを浮かべたままの加害者は、拘束役諸共に正面から槍で貫いた。
裏切ったなと目を見開きながら、増える被害者と拘束役。それを後目にもう一方も増やした加害者に、切れた被害者達が今度は逆撃。囲んで叩いて踏み付けて、次から次へと数が増える。
「……人形兵団って、最初から増えてる時もあったけど、こうやって増えてたのかー。おじさん、新発見」
「言ってる場合ですか。これ、馬鹿らしい光景ですけど、とんでもなく厄介ですよ」
勝手に乱闘を始めたトランプ兵と、目をキラキラとさせてそれを見ているアリス・キテラ。見た目だけなら喜劇のような馬鹿らしさだが、その厄介さは語るまでもなく伝わることだろう。
遠い目をして知りたくなかったと呟くクリスにも、深く嘆息して思考を切り替えるシャルロットにも分かっている。同士討ちで増えていく兵団を放置すれば、被害は直ぐにも町を飲む程になるのだと。
「攻撃しても放置しても増え続けると言うのなら、元凶を叩くか行動不能にするべきなのでしょうが」
「前者は無理だね。大魔女をどうにかする手札が、おじさん達にはない。となれば、シャルちゃん。派手にやるから、ちゃんと防いでよね」
「はい。問題ありません、先生」
「行くよ、雷翔円陣!」
刀を鞘に入れたまま、逆手に以って大地に立てる。同時に周囲へ、円形状に広がっていく雷の領域。それが周囲一帯を包み込む。
必要以上に傷付けぬように細心の注意を払って、発動した力の狙いは麻痺効果。人形兵団を感電させて、行動不能に追い込むと言うもの。
(流石は先生。増える為に必要なダメージを与えることなく、兵団を纏めて行動不能に追い込んでいる。私では、こうは行かないでしょう)
雷翔円陣自体にはそんなエフェクトはない筈なのに、落雷に打たれたアニメキャラのように黒焦げになりながら派手に痺れている人形兵団。
同じく雷に打たれながら、しかし平然としているアリス・キテラ。麻痺している兵団は兎も角として、大魔女は行動不能に成っている訳ではないだろう。
(でもその分、繊細な制御を求められる。流石の先生も傷付けないように無力化したまま、戦闘行為を続けることは出来ない。となれば、問題は)
「あらららららら、あらららら♪」
(大魔女がいつ、飽きるかと言う点。このまま先生が兵団を拘束し続けるのなら、事態は硬直する形となる。当然、大魔女が興味を削がれて動きを変えるのは時間の問題)
汗を流しながら、荒い呼吸をしている雷将。彼の下に代名詞であった大剣はない。精霊術の行使を助ける彼の剣がない以上、この精度が求められる力の行使はクリスにとっても負担が大きい。
元より万全な体調と言う訳でもないのだから、雷翔円陣をこの精度で展開したまま戦闘を行うのは不可能だろう。
拘束する彼も拘束される兵団も動けぬと言うのならば、大魔女が飽きる前に彼女が動くより他に術がない。
「私が、やるしかありませんね。纏います、雷翔導体」
体の内と外に雷を纏って、シャルロット・ブラン=シュヴァリエは大地を駆ける。
拘束されている人形兵団を大回りで避けながら、ニコニコと笑っているアリスの下へ。
相手の反応を見逃さない為に、視神経を強化した。その状態で注視して、しかし大魔女の思考は読めない。
笑っているのは、本当に楽しいからなのか。既に童女は、真っ当な人間とは思考回路が違うのだ。常人に読み解ける筈もない。
(やはり、顔色から思考は読めない。そもそも思考をしているのかすら、目や顔を見ても分からない。けど、問題はない)
だが、そんなことは端から分かっているのだ。狂って壊れた赤い童女の思考を読めるのは、同じ狂人や壊人の類だけであろうと。
故に求めたのはそれじゃない。雷を纏った高速移動を続けながら、体内にも電気を流して思考速度や反射神経を拡張している理由は一つ。
(分からないとは、分かっている。だから、必要なのは動きの前兆を見逃さないこと。どんな僅かな変化でも見逃さなければ、行動変化のタイミング程度は読める筈!)
前兆の把握。僅かな予兆も見逃さない為に、視覚と思考を強化したのだ。
そうして襲撃を行うシャルロットは、その足を止めることもない。
ヒットアンドアウェイ。いや、当たってはいないのだから字義通りとは行かないか。
攻撃が擦り抜けても気にせずに距離を取り、駆け回りながら仕掛け続ける。
その合間も、目を逸らすことはない。剣を構えた時も振り抜いた瞬間も、跳躍して後退する時も再び構えて前進する時も、片時も目を離さない。
そう動いていたからだろう。自身の周囲を飛び回る女の動きに小首を傾げた童女が、笑みの質を変えた瞬間にも当然気付いた。だから分かる。何かが来ると。
「来るっ」
「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady♪」
ふわりふわりと高度を上げて、両手を広げたアリス・キテラ。可憐な声で歌い始めた少女を見上げたシャルロットは、その背に浮かぶ光景に思わずその目を見開いていた。
「Take a key and lock her up, Lock her up, Lock her up. Take a key and lock her up, My fair lady♪」
「なっ、隕石!?」
空の向こうから、高速で迫るその巨岩。直径10キロを超える巨大隕石が地球の重力圏内に出現し、赤熱化しながら落ちて来ようと言うのである。
「How will we build it up, Build it up, Build it up? How will we build it up, My fair lady♪」
「不味い! 間に合うかっ!?」
こんなものが大地に衝突すれば、それだけで地上の文明が滅びかねない。
人形兵団など比較にもならない危機を前に、クリスは雷の結界を解除する。
魔王の縛りについて事前に聞いていればこそ、あり得ぬと想定していた規模の攻撃。
其処に疑問を抱くような余裕はなく、焦燥を隠せぬ表情でクリスは構えた。
「Build it up with silver and gold, Silver and gold, Silver and gold. Build it up with silver and gold, My fair lady♪」
(ちっ、心威は間に合わない。なら――っ! 火力が足りるか不安だけど、やるしかないっ!)
「先ず、僕が大技を当てて、可能な限り砕くっ! 細かいのは、シャルちゃんっ! 君に任せたっ!」
「はいっ! 分かりました! 全力を尽くします!」
最高火力の発動に必要な、詠唱をしている時間がない。となれば落ちて来る巨岩を一撃で跡形もなく破壊する、と言うのは不可能だろうと判断する。
秒とせぬ内にそう結論付けて、クリスが放とうとするのは二番目に高い火力の単体技。その一撃で巨岩を砕いて、壊し切れない分は弟子に任せる。それが現状での最適解。
「雷翔光波――」
「雷翔――」
師と同じく構えた女が放とうとするのは、初手で用いた広範囲を纏めて薙ぎ払うタイプの技だ。恐らくはそれでも被害は残るが、やらないよりは遥かにマシだと。
覚悟と悲壮感が綯交ぜになったまま、今正に迎撃の一手を放とうとした師弟。だが、その前に不条理が立ちはだかる。その不条理の名は人形兵団。拘束より解き放たれた化外であった。
「な――っ! 人形兵団が壁にっ!」
「く、諸共にやるしかないが、壊し切れるかっ!?」
まるで組体操でもしているかのように、折り重なって道を阻んで来るトランプ兵達。諸共に隕石で潰されるだろう位置取りで、しかし彼らに恐怖や懊悩などはない。
己達の体を肉壁に、隕石衝突の瞬間まで妨害する。そんな彼らの動きを前に、しかし今更に対応を変えることなど出来よう筈もない。焦り歯噛みし、それでもと一歩を前に踏み込む
物理的に邪魔をする人形兵団によって、クリスの斬撃威力は大きく落ち込むことだろう。当初の予定よりも近付けていない位置から放つ一撃は、肉の壁で軽減されてしまうのだから。
隕石を砕くだけの威力が残るかも怪しく、その状態で広範囲を薙ぎ払ったとして何の意味があるのか。面を点で貫かれて、消し飛ばされるだけではないか。そうは思えど、もうそれしか出来ぬのだ。
故にそう、間もなく終わる。そう、雷の師弟が覚悟した。その瞬間の事だった。
「聖典顕彰――無価値なる罪人の裁定」
世界が白く染まる。病的なまでに浄められた白き異界で、起きる以上はまるでテープの逆再生。
人形兵団は最後に増えた順から数を減らしていき、数秒もせぬ内に最初の四人も姿を消した。
空に浮かんでいた隕石も同じく、まるで重力を逆さにされたかのように落ちて来た時と同じ速度で戻っていく。
大気圏の外へと飛び出した隕石は、そのまま最初から存在しなかったかのように消失した。
「なっ、力が、抜けて」
「お、っとと。慣れないね、この感覚。だけど、助かったよ。デュラン君」
構えた姿勢のまま、力だけが消える感覚にシャルロットは戸惑う。隕石に向けて跳躍していたクリスは、大地に着地すると同時に安堵の息を吐いている。
異能を無効化された空間で、超常的な身体能力など発揮出来ない。故に落下したのはクリスだけではなく、高い位置を浮遊していた大魔女もまた同じくだ。
「あらららら?」
高い場所から地に墜ちて、お尻を打ち付け座り込む。痛みを感じている素振りはないが、酷く混乱してはいるのか。小首を左右に行ったり来たり、傾げて傾げて戸惑う童女。
その背後に、既に男は立っていた。
「隙だらけだな。その首、余程要らぬと見えた」
銀の刃が振るわれる。男の振るったナイトリーソードは狙いを寸分たりとも違えることはなく、アリス・キテラの首は断たれた。
放物線を描いて、断ち切られた首が舞う。頭を失くした体は自重を支えることも出来ずに前へと倒れて、切り飛ばされた頭部は数度跳ねた後に地面を転がった。
いっそ見事なまでの首切り。慣れた所作で行われた断頭は、芸術的なまでに美しく。
だからこそ、その処刑人は眉を顰めた。手に慣れた感覚と異なり、視界に映る光景は全くの異常であったから。
「取れちゃった? 取れちゃった♪ 取れ採れ獲れ盗れ首摂れた? 首撮れた? 首頸頚久比九尾ってなぁに? アリスは何にも分かりません♪ キテラは何にも知らないの♪」
「……首が取れても死なない、か」
血が出ていない。首だけなのに騒いでいる。一体どういう理屈であるのか、それさえも分からないのに生きている。デュランをして、このような事象は初めての体験だった。
十三聖典の影響化であれば、不死の怪物であろうと首を断てば死ぬ。事実、今の大魔女は十三聖典の影響化にある。その権能は、封じられているのだ。なのに死なないのは、どういうことかと。
「いや、他にも例外はあったな。成程、俺に理解出来ない要素があるからか」
「Here comes a candle to light you to bed, Here comes a chopper to chop off your head」
(だが、この聖典がある限り、その首が繋がることはない。無力化には十分だ)
僅か疑問を抱いて、しかし今に考えるべきことではないと切り替える。
炎王が見せた無色の闘気と同じく、これも例外事象の一つだとだけ認識しておけば良い。
結果として、問題などは欠片もないのだ。死なないだけで治る気配も見せない大魔女は、これで無力化されたのだから。首だけの童女に出来ることなど、何一つとしてありはしない。
(いや、念には念を入れておくべきか。趣味ではないが、もう少し切り刻んでおくとしよう)
そう判断して、しかしそれでは足りぬかと思考をまた切り替える。
首を断っても死なないが無力化出来ているから問題ないと、そう考えるのは一種の驕りであると。
幼い子どもを切り刻むのは趣味ではないが、動けぬ内に徹底して潰した方が良い。
冷徹にそう考えて、喋る頭に近付くデュラン。息を一つ吐いた後、彼は剣を振り上げた。
そして、振り下ろす直前――それに気付けたのは偶然だった。
「――っ!」
殺気と呼ぶべき感覚。咄嗟に身を翻したデュランの右腕を、熱い何かが抉っていく。
光の速度で貫いていった熱量に、痛みを感じる暇もないまま距離を取ろうと跳躍する。
それさえも、襲撃者は読んでいたと言うのか。いいや、信じていたと言うべきだろう。
この男ならば必ずや、初撃を生きて逃れると。故にその向かう先にも、襲撃者の追撃は迫っていた。
着地した直後、見上げた空から落ちて来るのは無数の弾頭。
地対地ミサイルと称される破壊の兵器が数十発、デュランに向かって飛来し着弾。
轟音と業火を周囲に振り撒きながら、大爆発を繰り返す。
耳を劈く破壊の嵐が数秒続き、煙と爆風が周囲を包み、白い異界が掻き消えていた。
「なっ!? 赤い光線と、爆撃っ!?」
「聖典が消えたっ! デュラン君、無事かい!?」
肉体の強化も出来ない状況で、爆音や爆風を至近に受ければ当然被害は軽くない。
止まない耳鳴りに頭を痛め、周囲を包む爆炎に咳き込みながら、クリスやシャルロットは味方を探す。
着弾点はクレーターのように抉れていて、煙が晴れた後の其処に人の影はない。
周囲に視線を巡らせてみれば、其処で漸く彼を見付けた。
しかし、安堵の色はない。見付けた姿は既に、満身創痍であったのだから。
「く――っ」
右腕、肩の近くが初手の光線で抉り取られている。地面に転がる剣は、傷付いた腕では持ち続けることが出来なかったのだろう。握力さえ残っていない右腕は、実質死んだも同然だ。
続く爆撃の回避も難しく、咄嗟に聖典を閉じて闘気や神聖術での防御に転じるのが限界だったのだろう。全身は熱で焼け爛れ、恐らくは肺も焼かれたか、呼吸は既に安定していない。
天敵の奇襲。最悪のタイミングで行われた襲撃で、処刑人は沈黙する寸前だ。
そんな瀕死の男が見上げる。その先にあるのは、建築用の足場。無骨な鉄骨の上に、嗤う女の姿があった。
「よぉぉぉうっ! ひっさしぶりだなぁ、デュゥゥラァァァン!」
「……貪欲、か。お前も来ていたとはな」
赤熱している右手の義手を空気で冷却しながら、堪えられぬ笑みと共に男の名を呼ぶ女の名はロラ・ブスケ。貪欲のロラと言う異名を有する、邪教の最高幹部が一人である。
左の肩に担いでいた大型のミサイルポッドを放り投げ、己の影に収納すると赤毛の女は足場を飛び降り近付いて来る。
その姿に嘆息してから視線を移すと、小さく呟きデュランは身を翻す。
「すまないが、俺は退く。ここは任せた」
「逃がさねぇよぉっ! 俺の狙いは、お前だけなんだぜぇ。Ma chérie!」
「…………」
「無視かよ、連れねぇなぁっ! そこはお前、Mon chériじゃねぇの? とか突っ込むべき所だろうがよぉっ!」
ロラの言葉に一切反応することはなく、建物の影へと身を躍らせるデュラン。その姿に舌打ちをした後、ロラは右手の掌を前へと向ける。
合金フレームが剥き出しとなった異形の義手。その三本しかない指の中央、埋め込まれた液晶体に電力が集中し加速器が音を立てて駆動する。
数秒、放たれたのは荷電粒子砲。光の速さで熱と破壊を振り撒く巨大なビームが、デュランの隠れた建物ごと周囲を更地に変えていく。逃げ隠れなど、許しはしないと。
「これは、西の兵器か」
「ご名答っ! お前の為に、仕立てたドレスだっ! 切り落とされた腕の代わりの荷電粒子砲も、心臓の代わりに埋め込んだ縮退炉も、眼球に仕込んだ探知機も、頭蓋の中で脳に繋いだ電子計算機も、影に隠した無数の兵器も、ぜ~んぶお前を殺す為だけのものなんだぜぇっ!」
(西北、いや、西南の可能性もあるか? 連中め、表じゃ聖教と協調しながら、裏では邪教とも繋がっていたか)
そうとも、逃がしはしないし許しもしない。ロラ・ブスケはデュラン・カルリエを殺す為だけに、この体に成ったのだ。
嘗て男に切られた腕の代わりに付けた義手だけでは、この男には勝てなかった。その過去があるからこそ、更に体を切り捨てたのである。
だから女は男のことしか見ていない。だと言うのに、ダンスの相手に無視をされては堪ったものではないのである。
「金も随分掛かってるんだ! あいつら、研究費だって、好き勝手言いやがってよぉう! ディアナのババアも金払いは渋いから、俺が態々手間暇掛けて稼がなくちゃいけなかったんだ! これでも苦労してんだぜ。殺して殺して殺して奪って! 漸く用意出来た一張羅だぁ! だから、ちゃんとその目で俺を見ろ! 俺だけと踊ってくれねぇと、俺が困るだろうがよぉっ!」
「――っ」
連続する発光。撒き散らされる破壊。右腕の義手で周囲を更地に変えながら、左手には影より取り出した武器を入れ替え持ち替え使っていく。
ロラが習得している異能は、一部の肉体強化を除けば、この影の収納術のみだ。デュランを殺す為だけに己を改造した女は、聖典に無効化されない力だけを求めたのだから。
「げぇひゃひゃひゃひゃっ! お前の聖典も面倒だよなぁっ! 人の技術の結晶には、な~んの意味もねぇんだからよぉっ!!」
異能を鍛えた所で、それを無効化するデュランの聖典には通じない。故に純粋な科学技術で、己の体を機械駆動のそれに作り変えた。
それでも、聖典を使わなければ互角かやや劣勢。そういう見立てをしていたからこそ、ロラはあの瞬間を待っていた。そして今に、最高のチャンスを掴んだのだ。
「さあ、走れ走れぇ! 直ぐに捕らえて殺して犯してぇ、最後は鍋で茹でて食ってやる! 骨の髄すら残さねぇから、安心して死にくされやぁっ!!」
だから、決して逃がしはしない。歓喜の笑みを浮かべた改造人間は、影に身を隠れて姿を消そうとする男をその瞳で捉えて追い掛ける。
状況を一変二変と変動させた男女はそうして姿を消して、後に残されたのは雷の師弟と首の取れたままの大魔女だけ。状況は確実に悪化していた。
「デュランさん! あの傷ではっ!」
「シャルちゃん! こっちも、気にしている余裕はなさそうだ! アリス・キテラが、また動き出すっ!」
デュランの安否を気遣うシャルロットを、クリスが視線も向けずに叱咤する。
彼の視界の先で楽し気に転がっていた生首は、そのままゆっくりと浮遊し始めた。
「お首がゴロゴロ転がって♪ お池に嵌らずさあ大変♪ ぼっちゃん、一緒に困りましょう♪ 泣いてるドジョウで遊びましょう♪」
同じく浮遊し動き始めた首のない体に、浮遊する生首が近付いていく。
断面を合わせて元に戻るのかと思えば、しかし何故かそうはならない。
取れたままの首を己の腕で抱き抱え、取り付けもせずにケラケラと笑う。
思考回路のおかしな大魔女は自分で自分の頭を撫でながら、歌うように告げるのだ。
「大きな鐘が鳴りました♪ 首切り役人帰ったぞ♪ お仕事終わった? 終わってないの♪ 終わったならば首だらけ♪ 終わってなくても首だらけ♪ 首頸頚久比可笑しいぞ♪ 頚がなくても可笑しいぞ♪ 首があるから可笑しいぞ♪ 役人来たのに可笑しいぞ♪」
楽し気に、愉し気に、他の死げに。歌い笑う大魔女の言葉は、支離滅裂な物である。
だがしかし、状況と内容から対する彼らにも、今回ばかりは推察出来た。
「だからアリスが手伝うの♪ 良い子でいてねとママが言うから、キテラはとっても良い子なの♪ 首切り役人首を切る♪ アリスも手伝い首を切る♪ 仲良し皆の首を切る♪ 首頸頚久比どこ行った? 頚がなくても楽しいね♪ 首がないから悲しいね♪ 皆でお墓に入りましょう♪ 今日は皆の誕生会♪」
「相変わらず、何を言っているか分からないけど」
「何となく、何がしたいのか、意図が読めなくもないのが嫌な話ですね」
デュラン・カルリエと言う男を首切り役人と認識し、急な用事で仕事が出来なくなった彼の代わりに自分が代わってあげようと。その行動の本質は、唯々純粋で傍迷惑な善意である。
「これから皆で打ち首獄門♪ アリスもキテラも皆で野晒し♪ 刀に剣に斧にギロチン♪ 皆は一体何が好き♪ アリスは一体何が好き♪ あらあらあらあら、分かりません♪ 使ってみないと分かりません♪ 使われたって分かりません♪ だから皆で使いましょう♪ 使った後で感想会♪ 残念無念また来世♪ 土の下では喋れません♪ 首が無ければ喋れません♪ アリスは何にも喋れません♪ キテラはお喋り大好きよ♪」
「やれやれ、良い子は処刑の手伝いなんてしないものだよ。……そんな当たり前のことすら、教えてくれる人が君の傍には居なかったんだろうね」
「親があれだと言う事実には同情しますが、それでもそれは貴女自身が選んだ道の果て。その境遇を憐れみはしても、生み出される被害を許容することは出来ないのです。魔王でありながら立ち向かっている子が居ることを、知っていればこそ猶更にっ!」
役人のお仕事を代わってあげる為に、皆の首を切って晒そう。
最初に切られた己の首も繋げていないのは、終わった後で全部を机に並べる為。
首を切れば人間は生きていられない。そんな当たり前のことすらも、童女は理解していないのだろう。
誰も教えていないのだから、それも当たり前のこと。
「その悪い夢を終わらせてあげることは、今の僕らには出来ないけどさ。僕らは死なない。この場では、これ以上の罪は重ねさせないよ。大魔女アリス・キテラ!」
純粋無垢なその在り方に僅か憐憫の情を抱きながらも、その強大な力を前に加減など出来よう筈もない。
まだ死ぬ訳には行かぬのだから、雷の師弟は刀剣を構える。大魔女は笑みを深くして、その力を振るうのであった。
貪欲のロラは第十三聖典を使わないデュランには、善戦するけど順当に負けるくらいの実力しかありません。
けれど対十三聖典に特化しているので、聖典発動中のデュランはほぼ一方的にやられる。そんな十三聖典の数少ない天敵の一人です。
他の天敵は、現在登場している中だと武鋼が該当します。新たな分身を生み出す能力を封じることは出来ても、既に生命として確立している分身は十三聖典じゃ消せないので。素の技量でも負けてる上に数の暴力で来られる訳で、100回戦って100回負けるくらいに勝ち目が全くありません。
因みにアリスちゃんはバグ枠。異能は消せるけど生命活動自体は止められないので、今回みたいに何だか良く分からない挙動をします。無力化は出来るので、相性は良い方かも?




