第74話
戦闘前会話①
他の面子も纏めて一話にしようか悩んだけど、思った以上に長くなったので分割してます。
時刻は夕日が沈むよりも前、透き通った青い空が見えていた筈の景色は既に一変している。魔だ。魔物が、空を覆う程に、雲と誤解してしまう程に増えている。
虫が、鳥が、空に舞う類の魔物が無数に。大小様々なその数は、千や万では足りぬ程であろう。空が魔物の雲で埋まったならば、当然大地も既に埋まっている。
大地を砕き毒で汚染しながら進軍するは、巨大な牡牛や黒い甲殻を持つ蠍の群れ。山よりも大きな芋虫や爪先よりも小さな羽虫が、森の木々を恐ろしい速度で蚕食しながら増殖する。
既にシャーテリエの森は、葉の一枚も見当たらない荒野と化した。大地は毒と呪詛で黒く染まっているが、それよりも多い魔物の数に隠れて見えない。そんな景色が、其処にはあった。
「アカ・マナフ」
原初の魔王。魔物の統率者にして生産者。それが目覚めたのだから、この光景も当然の結果。そうは思えど、しかし余りに早過ぎる。
魔王が目覚めて、まだ一分だって経過してはいない。数十秒か其処らの時間で、北方大陸の北半分が魔物に喰い尽くされている。こんなものを放置しておけば、人は明日を迎えられない。
「邪魔だぁっ!」
そうと思ったからこそヒビキは、右手を鱗で覆い広げて振るう。黒き瘴気が津波となって、少年の視界に入る全てを覆い尽くして消し飛ばす。
拳の一振り。それだけで、万を超える魔を払う。後に残った荒野に向けて、小さく口の中で一言呪文を。巻き戻しの魔術によって、喰われ穢された自然が元に戻っていった。
奇跡を思わせる光景に目を向けることもせず、ヒビキは真っ直ぐに其処へと向かう。目的とするべき場所は、今も感じる魔王同士の共振が教えてくれる。だから迷うことなく、その場所へと。
よりにもよって此処なのかと、ヒビキは眉を顰めて舌打ちする。少年の眼前には、煮え滾るように沸き立つ毒々しい色合いの沼が存在していた。
沼地の中央に、隆起し出現した小島。枯草一つ生えないその島の、丁度中心部分にあるのは石で出来た玉座。
飾り気のないそれは周囲の景色と相まって、侘しさと同時に言い知れぬ不吉さを醸し出していた。
「正直、私も迷ったのだよ。穢したカシェテーレや呼び出した城で君を待つのも見栄えはするが、我々の因縁・因果を想うならば此処にするべきかとね」
沼地の中央に立つ玉座に座しているのは、同じく不吉な気配を纏った美しい青年だ。その肩口で切り揃えた髪も、空に浮かぶ少年を見上げる双眸も、夜に等しき曇り空の下で怪しく輝く黄金の色している。
玉座の上で膝を組み、気だるげに頬杖を付いて見上げている。そんな男の眼前に降り立ったヒビキにとっても、この場所には思い入れがある。特別な場所だと確かに彼は思っていたから、これは挑発として十分に機能する。
「終焉の地、ソヴァーラ」
「そう。勇者キョウと私の影が戦いを終えた場所。卵から産まれたばかりの君が聖なる剣を手にした場所。君が土の系譜に連なる亜人の少女と出会った場所。そして消滅を受け入れた龍宮響希によって、今の君が――アジ・ダハーカが産まれた場所だ。私と君が雌雄を決する舞台として、これ以上の場などあるまい」
嘗て、勇者と魔王の戦いが終わった場所。その衝撃で発生したクレーターに、勇者キョウは聖なる剣を突き刺した。後には聖なる力を宿した水が生じて、泉になったとされる場所。
監禁されていた洞窟を卵と見做し、其処から解放されたことを産まれたと例える。その前提で語るならば確かに、産まれたばかりのヒビキは此処に来た。恭介の残留思念に導かれて、此処で聖剣を手に入れたのだ。
その際に泉の聖水は飲み干し枯れてしまったけれど、それでも此処はこれ程の不浄に満ちた場所ではなかった。命を穢す瘴気に満ちた泥なんて此処にはなかった筈なのだ。
これを用意したのがアカ・マナフならば、果たして意図は当て付けだろうか。嘗ての精神世界で悪竜王が存在していた汚泥の地に、今の此処は余りに似通い過ぎていたのだから。
ソヴァーラの中央付近に隆起して出来た大地。四方を悪意の泥に包まれ孤立したこの場所で、忌々しいとヒビキは敵を睨み付ける。アカ・マナフは姿勢を正すと肩を竦めて、苦笑と共に言葉を返した。
「ああ、清浄な泉を毒の沼に変えたのは不服かね? それとも地形を変えたのが不服かい? だが、背景が枯れた泉と言うのも風情がないし、争うにしても足場の一つ程度はあった方が便利だろう。君の想い出を穢したことには謝罪するがね」
「ふん。思ってもないことを」
「いいや、違うよ。私は心底から、君に申し訳がないと思っている。私は君が、君達が好きなのだ。だが、それでも私は魔王である」
椅子に腰掛けたまま語る余りに軽い謝罪の言葉に、更なる怒りを感じながらもヒビキは抑える。激発させるべき時を、睨みながらに探っているのだ。
何せ相性が悪い。ミュシャに言われるまでもなく、その事実は理解出来ている。原初の魔王アカ・マナフはあらゆる魔性の上位に立つ存在なのだから。
警戒を崩さぬ少年の姿に、対するアカ・マナフは何処までも不敵だ。微笑し椅子に背を預けると慢心し切った態度で告げる。その黄金の瞳は、正面で構える少年の奥底までも見抜いていた。
「敬意を抱くが故に試し、好意を抱くが故に穢し、愛するが故に殺す。君も私も、そういう生き物として産まれて来たのだ」
「一緒にするなよ。お前なんかと」
「いいや、同じさ。君も私も」
魔に属する者は皆、産まれる前からその性質を設計図に組み込まれている。狂って壊れ果てたとしても、周囲に災厄を振り撒いてしまうのはその性が故。
本質的には機械のような物であり、或いは嵐や洪水と言った自然現象的な物である原初の魔王は比較的マシとさえ言える。そういう性質故に、人は彼らを魔性と呼ぶのだ。他を害するからこそ、魔であった。
「否定は出来まい。それは君が、一番良く知っている筈だ」
慈愛に満ちた微笑を浮かべたまま、瞳の色だけが愉悦に染まる。そんなチグハグな表情で、アカ・マナフは睨み付けて来る少年の深層を暴き晒してしまう。
認めたくはないと感じている衝動。隠したい、否定したい、そう考えてしまう自身の性根。されどもう逃げないと決めたから、受け入れようとしている獣性。それが此処に、問いと言う形で告げられる。
「一度でも、リアム・ファミーユを試してみたいと思ったことはないのかい?」
ヒビキがリアムと言う男に対し、抱いた感情は敬意と言う物が一番近いか。それだけで言い表せる程に単純ではないが、複雑な感情に名を付けるならその言葉が最も相応しい。
だからこそ、彼の挑戦を受け入れたのではないか。あの宣誓を受け止めた理由の中に、敬意を抱いた相手が何処まで出来るか試したいと言う傲慢は存在しなかったのか。そうして試練を乗り越えられず、失意に沈む姿を嘲笑したいと思っていないか。そう問われれば、きっと否とは返せない。
「一度でも、ミュシャ・ルシャを穢してしまいたいと思ったことはないのかい?」
ヒビキがミュシャと言う少女に対し、抱いた感情は親愛にも似た好意と言う表現こそが最も近い。やはりこちらも複雑な情ではあるが、小さな子が家族に向ける情にも似た感情が一番大きい。
だからこそ、犯して穢してしまえばどんな表情をしてくれるのか。気にならないと言えば嘘になる。想像するだけで腹を抱えて嗤い出したくなる程に、そんな自分が度し難い程に気色悪い。実行には移していなくとも、自己への嫌悪は避けられない。
「一度でも、アンジュビュルジュ・レーヌ・ルゥセーブル・ロスを殺したいと思ったことはないのかい?」
ヒビキがアンジュと言う少女に対し、抱いた感情は恋慕に似ている愛情だ。こんな己を好きだと言葉や態度で示してくれる少女に対し、同じ感情を抱かぬ程に朴念仁と言う訳ではない。
それでも応えられない理由は、きっと歯止めが効かなくなるから。それに己の感情を判別し切れていないから。下劣な欲望や醜悪な執着心も多分に混じっていて、純粋な恋慕と自分自身が認められない。そんな泥のような想いが、ヒビキの中には確かにあった。
「いいや、そうではない筈だ。だから君は、憧れていたあの王を、望んで死なせてしまったんだろう?」
だからそうとも、ヒビキはきっと心の何処かであの結果を望んでいた。こんな風になんてなるとは思わなかったと、そう嘆く姿の裏に確かな悪意はあったのだ。
アカ・マナフはそう嗤う。全ての人間と繋がる彼は、全ての魔物と繋がる彼は、本人ですら認めたくはない心の闇の全てを知るから。お前はこうだと、暴いて晒して吊し上げる。それが、彼なりの愛情表現なのである。
これが魔物だ。これが化け物だ。見るも悍ましく、語るも醜悪で、この世に在ってはならない命。それこそが、魔物の王たる五大魔王。
「そうだとしても、僕はお前とは違う」
「おや」
「そういう風に産まれたからって、そういう風にしか生きられない訳じゃない。僕は、望んだように生きると決めた」
それを、先ずは認める。否定したいし受け入れ難いし目を逸らしたいし認めたくもない。それでも、それは逃避である。だから、先ずは認めて、それからだ。
己の嫌いな部分や悪い部分と向き合って、それが気に入らないなら何としてでも変えてみせる。きっと真っ直ぐに生きるとはそういうこと。憧れた人が、やっていたのはそういう生き方。
夢を見たのだ。それは粟が煮え滾る前に冷めてしまうような儚い夢であったとしても、それでも確かに綺麗だとは思えたのだ。だから、そう生きる為の一歩を進む。
「だから、いい加減に黙れよ。アカ・マナフっ!」
大地を強く踏み締めて、溜まった怒りを拳に込める。瘴気は込めず、闘気のみでの強化。強化の幅は微弱であれど、元の身体能力が規格の外だ。放たれた一撃は、爆撃なんかの比ではない。
「ふむ。ああ、済まない。それは叶えてやれないな」
しかし、砕けたのは玉座だけ。殴り飛ばされたアカ・マナフはしかし平然と、くるりとバク宙をして僅か後方へと着地する。一切傷が付いていないその姿は、業腹なれど想定内の事象であった。
「私は君が好きなのだよ。好きな相手と、長く対話を行いたい。それは知性を有する生き物として、当然有する欲求だろう?」
微笑を浮かべて飄々と語る、アカ・マナフの本質は人型をした瘴気の塊だ。故に物理的な干渉など、その一切が通用しない。どれ程膂力があろうとも、その全てが擦り抜ける。
今回殴り飛ばせたのは、拳に闘気を込めていたからだ。そうした異能ならば、アカ・マナフにも通用する。そうした異能だけが、アカ・マナフには通る。故に込めた闘気の分しか、彼には被害が出ていない。
「詰まりはあれだ。黙らせてみたまえ、君の手でね」
「ち――っ!」
此度の問題点は単純で、どうしようもない火力の不足。圧倒的な身体能力が一切活かせないのなら、闘気の量で解決するより他に術はない。
だが、ヒビキの有する純粋な生命力は少ない。見た目相応の量しかないのだ。当然、其処から生み出す闘気の量も非常に少ない。真面にやれば、直ぐに底を尽きてしまう。
闘気による肉体強化だけでは、全てを注ぎ込んでも火力不足だ。真面に通る札は、数が非常に少ないのだ。確実に通ると言える闘気を使った技は、王より学んだ央座の羽搏きくらいであろう。
(分かってはいたけど、相性が悪い。単純な物理攻撃は、全部擦り抜ける。闘気は量が足りなくて、玉雀以外は直接当てても意味がない。魔術や瘴気による強化も駄目だ。あいつは瘴気の塊だから、瘴気を原動力とした力は全部吸収される)
相性最悪と言うのは伊達ではない。魔王としての力は一切、原初の魔王には通らないのだ。アカ・マナフを前にする限り、ヒビキは唯の人間と然して変わらぬ力しか発揮出来なくなってしまう。
(時間を掛けるのも不味い。対峙して確信した。アカ・マナフは魔の統率者。その統率対象には、当然他の魔王も入っている。アイツは僕らに対する、絶対的な命令権を持っているんだ。それに逆らおうとするだけでも、僕ら魔物は消耗してしまう。今は逆らっていられるけど、結局は時間の問題だ。次の朝が始まる前にアイツを倒せなければ、洗脳されて支配されるか、瘴気の供給を切断されて飢え死にするか、二つに一つの破滅以外に道はない!)
更に言えば、時間制限も存在していた。こうして居る間にも感じているのだ。己の内にある瘴気。魔物としての命を保つ為に必要な力が、見る見る減少していると。
それは統率者の命に逆らっているから。供給は既に塞がれているし、逆らう度に機能停止しそうになる肉体を復旧する為に力を消費してしまう。時間は敵の味方であった。
現在の減少量から見るに、事前に貯め込んでいた分ですら明日の朝日を迎える頃には尽きてしまう。故に通用しないと言う事実がなくとも、瘴気の使用なんて軽々しくは出来なかった。
「分かっている筈だ。私は悪思。人類にとっては克服すべき、魔性にとっては克服出来ぬ、最大級の試練であると」
そう、アカ・マナフは人の試練だ。人間の為に用意された、最も試練と呼ぶに相応しい魔王だ。いいや、敢えてこう言おう。神が人の為に用意した試練は、彼だけなのだと。
他の四大魔王は異なる目的で作られているが故に、人でなくとも倒し得る道筋と言う物が存在している。だが真実、人の為だけに作られたこの魔王は人間にしか倒せない。人の悪意を超え得るのは、人の意志だけなのだ。
――内功実行・以って我は心威を示す――
「成程、それが君の答えか」
邯鄲の夢を見た。淡く消え去る泡の中に、その理想を垣間見た。彼の雄々しき王こそが、人類全てに課せられたこの試練に対する解答だった。
炎王ならば、原初の魔王アカ・マナフを滅ぼせる。その事実が示している。人の可能性。彼らが伝えて来た神威法こそが、この魔王に対する解なのだと。
――pater. heliodromus. perses. leo. miles. nymphus. corax. Sacerdos, jurare mithras――
「しかし理解しているかね。それは確かに次善ではあるが、同時に悪手でもあると」
瞳を閉じて、詠唱を始めるヒビキ。明らかなその隙を前に、しかし妨害しようと言う気配はない。そのような決着など、アカ・マナフも望んではいない。故に彼は、こう動く。
闇の魔王は敵を見据えたまま、ゆっくりと宙に浮かんで後方へと移動する。黒いローブが、生温くも怖気が誘う冷たさを孕んだ風に揺れた。まるで夏場に怪談噺でもしているような、そんな嫌な予感がヒビキの脳裏にこびり付く。
――日の出前に現れて、夜が来ても尚地上を照らすもの。四の白馬に引かれし戦車に乗りて、天空を踏破する光の精よ――
「神威法で彼が私を倒せるのは、彼が特別であったからだと。そして人としての君は、決して特別な存在ではないのだと」
嫌な予感を感じながらも、詠唱は止めない。そんなヒビキが戦いの準備を整えているように、中空に浮かんだ魔王もまた戦いの準備を整え始める。
彼の影が広がって、空を闇が包み込んだ。星を丸ごと包み込んだのではないかとすら思える程、見渡す限りの全てが闇に閉ざされ飲まれていく。
――その在り様に我は背く。常に目覚め、常に見守るものよ。どうか汝に慈悲があるなら、瞬く一時、この傲慢を許し給え――
「人に呪われし神籬よ。終ぞ、その呪いを乗り越えられなかった残骸よ。今の君が果たして、嘗ての君を呪った悪意そのものとも言うべき私に届くと言うのか」
そして、影と成った空から伸びて来る。それは手だ。冷たい指。血の通わぬ手。腐った腕。それが幾つも幾つも数え切れない程に、無数に影から這い出て来る。
腕の持ち主は死者だ。魔王に抗い、魔王に敗れた無数の命。怪異に変じて尚、今も戦い続けている戦士達。三十万年以上も前から、死すらも冒涜され続けていた死者の軍勢。
空から這い出し地に落ちて、起き上がって来る躯の兵団。それを見下ろす闇の魔王は、まるで指揮者のように両腕を広げて高らかに笑う。
――我は光に選ばれず、されど栄光に焦がれる者。愚かな我は穢れを偽り、無始光天へと連なる希望を此処に振るおう――
「確かめてみるとしよう。さぁ、見たまえ。これが魔王の試練であるっ!」
彼の指揮する軍勢は、それだけではない。億を超える死者の軍勢に、背後より迫るは暴走している魔物の軍勢。互いに喰い合い踏み潰しながら、盲目に進撃する化外達。
何もしなくても減っていく。それでもしかし増えている。無限にして無尽蔵。限りなどなく増殖し続ける死者と魔物の混成軍。そして彼が呼び出したのは、やはりそれだけでは済まなかった。
「ジズ!」
何処からともなく、その翼が舞い降りる。暗闇に飲まれた空を覆い隠さん程に巨大な翼を持つ怪物を、ヒビキは確かに知っている。先には命を救われた、焼き尽くされた筈の大魔獣。
無限にして無尽蔵と言う理屈がこれだ。闇の魔王が生み出す魔物は、アカ・マナフが健在な限り幾らでも再生産が可能なのだ。普段は単に、人間への敬意が故に敢えて蘇らせはしないだけ。
しかし、此度の相手は五大魔王で最強の力を有する悪竜王。圧倒的な相性有利があると言っても、彼に対し加減をするのは油断と侮辱に他ならぬであろう。故に、アカ・マナフも全力なのだ。
「そして、ベヒーモス!」
ならば当然、現れるのは大空の大魔獣だけではない。大地が震え、隆起する。地の底より地形を変えながら現れたのは、牛のような角を持つ余りに巨大過ぎる河馬。
顔だけでも山よりも大きなその体には、北方大陸と言う巨大な領土ですらも狭い。下半身を海に沈めたまま、身を乗り出している大地の大魔獣には機動力など欠片もありはしない。
しかし、大きいと言うのはそれだけで脅威だ。その巨体から放たれる剛腕はヒビキをして無視出来るものではなく、その耐久力は彼の渾身の一撃を受けても数度は耐え切ってしまうだろう。
「更に大盤振る舞いだ! 君も来たまえ、リヴァイアサン!」
そして最後に、大海の大魔獣も現れる。だがその存在が現れたのは、その異名とは異なり海の中からではなかった。空を覆い尽くした影が揺らめいて、波紋を立てて其処から現れたのだ。
影を海面と見立てて現れたのは、魚や蛇を思わせる形状の骨。屍のまま連れて来られた大魔獣は、外気に触れた途端にアカ・マナフの力で再生していく。骨に肉が付き、その身が鱗で覆われた。
再誕に、海の魔獣は歓喜の声を上げる。空を海と見立てて泳ぐ海蛇は、闇の海面に顔を出す度にその大きさを変動させている。
巨大であり、極小である。あらゆる液体やあらゆる面に出現することが可能な大魔獣は、数百年振りとなる食事を前に荒ぶっていた。
――心威・解放――
「千耳万眼塞ぎて許せ――契約神の福音」
アカ・マナフの指揮する万魔の軍勢が勢揃いした所で、ヒビキの詠唱も完了する。瞳を開いて強く前を見据えた少年の姿に、魔王は歓喜の笑みを浮かべて手招きする。
「来るが良い、ヒビキ! 人の有する無限の悪意を前に、その小さな闘気と微かな希望の光を以って、死力を尽くし抗ってみたまえ!」
「聖剣、抜刀。さっきも言ったろ、もう黙れって」
無限の軍勢。最悪の相手。それを前にしても揺るがぬ少年は、その手に一振りの剣を握り締める。小さな彼の体には不釣り合いな、金で細工されたトゥーハンデッドソードを。
両手で握るその刀身に、空色の輝きが宿る。心威による前提条件の無視によって、資格がなくとも振るわれる刃には悪しき力が注がれている。瘴気を強引に星の力に書き換えて、火力不足を補おうと言うのである。
「僕はお前を倒す。自分で断じて、そう決めた。だから、お前の御託なんてどうでも良い! 此処で終われ、人類悪っ!!」
覚悟と共に、少年は敢えて強く言う。強い言葉を口にするのは、必ず為すと己に対して誓う為。決して負けぬと揺るがぬ想いを胸に、天を覆う軍勢を前に立つ。
その挑戦者の姿に、我が意を得たりと言わんばかりにアカ・マナフは笑みを深くする。試練とは、挑まれなければ意味がない。故にそう、彼にとっては今こそが我が世の春である。
一瞬の緊張。一瞬の沈黙。そして、少年がした瞬きを合図にその場の全てが動き出す。津波のように襲い来る魔を前に、光の剣を手にしたヒビキは一人立ち向かうのであった。
まなふ様「一回死亡で出禁だと鳥も出禁になるから、今回は出禁解除してあげても良いよ」
魚くん「やったー」
アカ・マナフは物理攻撃完全無効、魔物からの攻撃は全て吸収して回復、更には全ての魔物を強制命令権で無理矢理に従えることが可能、命令権に抗うと本来は即死、と言う魔物視点で見ると糞ゲーな魔王です。
まあ人間目線で見ても、逆らったら即死な絶対命令権がなくなる代わりに、異能で防御しないと触れただけで魔物にされると言う即死効果が付くので結局糞ゲーなんですけどね。
存在を認知されてると距離を問わずに飛んでくる絶対命令権に比べ、魔物化タッチは接近戦でしか使えないんで人間が挑んだ方がまだマシかなって感じはします。




